第十二章
もっと素直になりなさい
あたしたち人類と護衛の一行が『エデン』を訪問し、安全は保たれたまま、コークス・コーポのディアモンデおじさんとの再会も果たし、前と大して変わらない人間大好きエピソードを聞かされ、ようやく解放された後のことだ。
「また結構長話になっちゃったね。ええと、これからどうするんだっけ?」
「当初の目的は物資の調達だ。ある程度の修繕や保全はできても、消耗品ばかりはどうしようもないからな」
ああ、そういえばそういう話だった。
正直、何のために『エデン』まできたのかさえもあまり理解できてなかった。
「とはいっても、交渉するだけでオッケーッスよ。話がつければ物資は転送してもらえるッスからね」
それはなかなか便利な話だ。
調達の規模がどう考えても買い物袋に収まるようなものとは思えなかったし、まさかそれを担いで『ノア』まで持ち帰るなんてことはさすがになかったか。
「申し訳ありませんが、
「うちもちょっとばかし違う用事があるからしばしのお別れや」
「プニカは条約更新の手続きで、キャナは生物研究所に立ち寄るんだったか」
どうにも人類は絶滅危惧種に登録されました、はい終了。というふうにはなっていないらしく、あれやこれや譲歩したりされたりの面倒くさい手続きをしなければならないらしい。
何せ、人類を保護する法案なんてものはこれまでの長い歴史の中でなかったも同然なわけだから、これから改めて作らなきゃならないとか。
あたかも軽く言っているように思えるが、プニーは責任重大な任務を負っている。かといって、あたしたちが手出しできるような問題でも無い。
お姉様の方に至っては、今後の人類繁栄に向けての環境保全がどうとかっていうやっぱりあたしにはどうにも理解できない分野に首を突っ込んでいくらしい。
別に『ノア』は人類が生きていくには十分な施設が揃っているんだからそれでいいんじゃないの?なんて思ってしまうのは素人考えか。
いずれにせよ、物凄く難しい、いっそ難しすぎる問題に直面している。
そもそもが遊びに来たわけじゃないんだ。
のほほんと遠足気分になっているのはあたしだけ。まぁだ頭では理解しきれていないのかもしれない。人類は絶滅の危機に瀕しているというこの状況を。
「それではプニカ様。我が輩が護衛として同行するであります」
「はい、よろしくお願いします」
「拙者はキャナ殿の命を預からせていただくでござる」
「あ、ああ、よろしゅう、な……」
プニーの方はともかく、お姉様は相変わらずぎこちない。
やっぱりマシーナリーをそこまで信用しているというわけでもないようだ。
エメラちゃんは初対面から割と普通に馴染んでいたと思うんだけど。
「というわけで、ゼクラさんとナモミさんの護衛はボクらに任せてくださいッス」
威勢よく、エメラちゃんが腰に両手を当てドンとない胸を張る。
一時解散したとはいえ、護衛の数はまだまだ多い。
この場から見えてはいないところ、四方八方、上空に至っても護衛がしっかりと見守ってくれている。
「よろしくね、みんな」
エメラちゃんを含む護衛の皆さんがそれぞれビシっと敬礼のようなものを返してくれる。なんとも頼もしい限りだ。
※ ※ ※
「ここがコークス・コーポ系列のマーケットッスよ」
それは先ほどまで通ってきた高層ビル群とはまた違う光景。
まるでドームのような球体の形を成すように、広大な敷地に無数の水晶型の建物が幾重もの階層になって、ぐるりと取り囲んで並んでいた。
あきらかに浮いているようにしか見えないんだけど何処がどうなってこうなっているのやら。眺めているだけでも縦と横も分からなくなってくる。
おそらくはここは市場や商店街のようなものなのだろうけれど、店舗がまるで金魚鉢の中をぐるぐると泳ぐ金魚のよう。むしろこれは観覧車かメリーゴーランド?
まず、空を飛んでぐるぐる回ってる商店街なんて見たことないから。
移動はリフト式らしいけれど、このリフトも宙に浮かんでいる。一見すると平べったい円状をしているが、イメージ的には空飛ぶ絨毯みたいだ。
二、三十人は軽く乗れるだろうスペースはあるのに、手すりのようなものが見当たらないんだけど、安全面は大丈夫なのだろうか。
高所恐怖症だとヤバいでしょ、この構造。
「大丈夫ッスよ。落ちないようになってるッスから」
どうやら見えない壁のようなものがあるらしい。いや、それでも大分怖いけど。
移動先を決めるにはリフト中央にぶっ刺さってる丸テーブルのようなものにあるパネルを操作するようだ。見た目は全然違うが、中身はエレベーターと同じなのか。
テーブルからはコマーシャルのような立体映像が浮き上がって流れている。見た感じ商品の紹介をしているみたい。うちの店に是非お立ち寄りください感がヒシヒシと伝わってくるようだ。
「とりあえず何処を回るッスか?」
「そうだな……取りそろえたい部品がある。オメガチタニウム鉱の加工パーツと圧縮原子機構のプレートカートリッジを調達したいな」
いや、待って、ゼク何言ってるの? 突然奇怪な言葉が出てきたんだけど。
「粒子エンジンでも造るんスか? 第四科指定金属は化合許可申請しないと取引してくれないッスよ」
そして何で話が通じてるっぽいの? さらに何を言っているのか分からない。異次元なんだけど。ものっそい異次元に放り込まれちゃったんだけど。
「ここの可変合金ブースで申請承ってたッスかねぇ」
ひょっとしてあたしはこの場についてくるべきではなかったのでは。
むしろいっそ『ノア』で大人しくお留守番していた方が利口だった気もしてきた。
急激に脳内にいやな汁が滲み、溢れ出てくるような、そんな感覚だった。
あれだ、数学の公式とか理科の化学式とかを学ぼうとしたときのあの途方もない言葉に拒絶されてくる、あの感覚。言葉を言葉として認識できなくなる現象。
文字の羅列が解読不能な象形文字にしか見えなくなるアレだ。
「ん? ナモミ、大丈夫か? 具合が悪そうだが」
「おほほほ……大丈夫ですわよ……」
ここは笑って誤魔化すほかあるまい。
あたしにはオーバーテクノロジーの世界なんだ。
理解しようとする方が間違っている。
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