第十一章

好きだよ

 その巨大なモニター越しに、見える。

 鏤められた宝石が行き先を照らしているかのような、煌びやかなトンネルを、潜り抜けるように進行していく。

 前にここを通ったときはあまりにも気が張っていて眺める余裕なんてなかった。

 今こうして改めてみると、あまりにも幻想的で、異世界に転生してしまったんじゃないかと思えてくるくらいだ。

「引力制御フィールドに入るッスよ。あんま外眺めてると酔うかもしれないッスから気をつけた方がいいかもッス」

 巨大なモニターを前にしてエメラちゃんが言う。

 船内は揺れを感じたりはしないけれど、この大迫力のパノラマで超旋回する光景を眺めていたら軽くジェットコースター気分だ。

 この早さも揺れも体感できない中、外はかなり大げさに動き、スムーズかつスピーディに船は再び『エデン』の港へと着陸した。まさか再びここを訪れることになるとは思ってもみなかった。

「は~い、ご乗船ありがとうございましたッス。さぁて忘れ物はないッスか?」

「ああ、大丈夫だ」

「ふひゅぅ……ここに来るってだけでなんだか心臓止まりそうやわぁ……」

 よくは知らないし、教えてもくれなかったけれど、どうやらお姉様はマシーナリーが苦手らしい。

 前回来たときとあまり変わらず、お姉様は何処か怯えるように、ゼクの腕にしがみついていた。前の時は天井まで飛び上がって逃げるほどだったからこれはこれで少しは成長したとは言える、のだろうか。

「それではまいりましょうか」

 と、そう言いながらゼクのもう片方の腕にしがみついているのはプニーだった。

 こちらは怯えているというわけではなく、お姉様に対抗してのスキンシップのようなものに違いない。なんだか抜け駆けされた気分だ。

 どうせならあたしも背中から抱きついていきたいところだが、それはあまりにも間抜けすぎる光景なので自重しておこう。

 さて、どういう経緯があって、あたしたちはまたこの機械都市『エデン』を訪れることになったのか。

 かいつまんでいうのであれば、物資の調達だ。

 正直あたし自身もあまり難しい話は頭に入っていないし、理解できているのはこの程度だ。

 前回の時は交渉が目的だった。

 コロニー『ノア』の現状を見て、そしてあたしたち人類の置かれた立場を改めて考え直した結果に出した答えだ。

 そのときもあたしはその現状をよく理解していなかったが、後々の話を聞いて、想像していたよりもゼクがとんでもないことを決意したということ、そして思っていたよりも『ノア』の状況のことを考えていたということを遅れて理解した。

 発案者は一応あたしなわけだけれども、事の重大さをあまりにも軽く見ていたんだなと思い知らされた。

 エメラちゃんからも聞いた話だが、『ノア』はあたしたち人類が管理していくには手に余る。人類のその先へと進化を果たした新人類、ええと、機械人形オートマタとかいうなんかすんごい存在が造ったものだからそもそもが無理なんだと。

 あたしは本当に安易にマシーナリーというのかロボットというのか、とにかく力を借りられたらいいななんて思っていたけれど、常識外れも甚だしい。

 正直なところ、例えるなら家が火事で消失したから不動産屋に行く程度のスケールでしか考えてなかった。

 現実は国が壊滅状態に陥り、同盟すら組んでいない、むしろ敵対国に助けを乞うような、そんなレベルだ。

 つくづく思う。まだあたしは今自分が置かれている立場というものを理解していないんだなって。

「どうした? ナモミ。まだ、怖いのか? 他のみんなはもう出たぞ」

 顔を持ち上げるとゼクが立っていた。

 初めてこの顔を見たときは、苛立ちしかなかった。だってそうでしょ。今からこの男の子供を産まなければならないなんて言われたんだし。

 なんでそんなことをあたしの意思を無視して勝手に決めつけられなきゃならないのよって、思ってた。

 でもどうだ。この顔。少しでも頼りないなんて思ったことを後悔してるくらいだ。

 むすーっとしてて、いつも何考えてるんだ、ってくらい堅っ苦しい。

「ごめん、ゼク。ちょっと考え事してただけだから、大丈夫、大丈夫」

「そうか? ならいいが、ここはあまり慣れた土地じゃない。不安になったなら無理はするな。すぐ言ってくれ」

 そうやって、いつも心配してくれている。

 生真面目。クソ真面目。事務的で義務的で、本心は仕方なくやってるんだと思っていたところはあった。

 感情を持たない機械みたいだなんて思っていたりもした。

 そうじゃない、って気付いたのはいつぐらいからだっただろう。もう大分前のことだったように思う。

 少なくとも、この『エデン』で危うく殺され掛けたときに身を挺して守られたあのときよりもずっと前。さぁて、分からないぞ。いつだったかな。

「ねえ、ゼク。こないだみたいにまた危険な目に遭ったら助けてくれるの?」

「そりゃまあな」

「……でも、こないだみたいなのは絶対やめてよね」

 釘を刺しておく。

「肝に銘じておく。だが、今回は大丈夫だろう。今や俺たちは守られる立場になっている。危険が降りかかることも早々あるまい」

「ボクもいるッスからね!」

 出口の方から絶滅危惧種保護観察員こと、エメラちゃんがひょっこり会話に参戦する。確かに前のときよりかは状況はガラリと違っている。

 あのときは人類のいないこの都市は未知数の危険でいっぱいだった。

 いつ、何処で、どんなことをされるのかも分からなかった。

 だけど片手で数える程度しかいないあたしたち人類は、前回の交渉の結果、絶滅危惧種という扱いになり、安全が保障されている。

「じゃ、いこっか。待たせちゃってごめんね」

 ブレスレットに手を触れる。

 端末が起動し、次の瞬間にはあたしの顔はバイクのヘルメットを簡略化したかのようなマスクに覆われる。変身ヒーローにでもなった気分だ。

 ゼクも同じように、フルフェイスのマスクを身につける。

 前もそうだったが、この出入り口は酸素がないらしい。だからこういうものが必要になってくる。

 これを身につけていれば、酸素の供給もできるし、このマスクを通してある程度の情報も得られる。滅茶苦茶便利すぎるグッズだ。

 今、あたしはこのまま宇宙空間に飛び出していくことも可能なわけだ。

 いや、今は行かないけど。

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