もっとえっち、しよ? (4)

 折角の公園での森林浴を堪能する気力もなく、一呼吸二呼吸と妙に重く感じる息をついて、あたしの足が向かう先は、まるでインプットされたかのように自然と決まっていた。

 深海を通るパイプのような通路を、エスカレーターのように移動する円状のリフトに乗って、その目的の場所まで足を運ぶ。いつも足を伸ばすところと比べると少し距離のある場所だったけど、思いの外、直ぐに辿り着いた。

 これまた広い空間だ。しかし、公園とは違ってただだだ広いだけじゃない。

 そこかしこに器具が設置されており、一見するとアスレチックのようにも見える。これならあたしの時代でも理解できるだろう。ここが一体どういう施設なのか。

 端的に言えば、スポーツジムや体育館といったところか。

 健康を保つため、適度な運動ができる、そういうスペースだ。

 ここに一日でも籠もって、数々のフィットネスマシンを片っ端から触れていけば、間違いなく健全なる肉体を鍛えることは容易だろう。疲れを取るリフレッシュルームや、少し様式が異なるがシャワールームのようなものだってここにある。

 ボディビルダー的な人たちならば、一日と言わず年中いてもいいくらいにかなり充実している施設に違いない。

 ただ、あたしがここに足を運んだのは、別にマッスルボディを得るためではない。ダイエットに関しても心配ご無用な健康管理状態だ。

 会いたい人が、おそらくはここにいると踏んでいた。

『もっとえっち、しよ』

 先ほどのお姉様の言葉が頭の中でリフレインする。その言葉に感化されたといえばその通りなのかもしれないけれど、この胸の内から溢れそうなもやもやをどうにかするにはこれしかない。

 ああ、うん、そうだ。あたしはゼクに会いたくなった。

 どうしても会いたくて仕方なくなった。

 会って何をしようかというのは考えていない。ただ会いたくなっただけだ。

 さて、ゼクは多分このトレーニングルーム的な場所にいるはず。ゼク曰く、日常的に身体のメンテナンスは欠かせないといっていた。鍛えるというよりも維持することが大変なんだとか。

 ゼクはかなり特殊らしい。確か人造人間とか言っていたし、常人ならぬスペックを兼ね備えていた。お姉様とはまた違うベクトルだ。

 ただそれが相当の負荷が掛かるようで、適度なメンテナンスをしていないとすぐにダメになってしまうらしい。

 なんとも自嘲気味に語っていたものだから「ダメになってしまう」のくだりについては、ちょっとシャレにならない話なのかもしれない。何せ、昔はその身体能力で軍人のようなことをしていたとも言っていたし。

 ここに来るのは、プニーに施設の紹介してもらって以来で、一人で来たのは実は初めてだ。いつか世話になるときが来るかもしれない。

 立ち並ぶフィットネスマシーンを横目に、ゼクの姿を探す。ブロックで区分けされるほどあまりにも広いものだから、むしろこちらの方が公園よりもいい散歩になっているような気がする。

 次のブロックに差し掛かってきた辺りで、ガシャコン、カシャコンという何か機械が駆動する音が聞こえてきた。見ると、あれはなんだ。

 ウェイトリフティングらしき器具がまず目に入った。重量挙げのアレだ。ベンチプレスっていうんだっけ。ベッドに仰向けになりながらバーベルのような重いものを持ち上げるヤツだ。ただ、ちょっとスケールが違う。

 あたしのイメージでのバーベルというものは、棒状のものの両サイドにプレート状の重しがついている感じだが、目の前のソレを例えるならば、取っ手のついた電信柱にタイヤほどの大きさのボーリングの玉みたいなものがついている。

 一目見て分かる。アレは間違いなく象より重い。

 驚愕の光景なのは、ソレを持ち上げては下ろすという一連の動作が異様に速いというのと、ソレをやっているのがゼクだったということだろうか。

 上半身脱いだ状態で、ベンチプレスを繰り返していた。

「ふっ……! ふっ……! ふっ……!」

 ゼクってサイボーグだったっけ? いや、人造人間だったはず。

 あんなにも汗を流して、一体いつから続けていたのだろう。細マッチョかなと思っていたイメージが一瞬にして上書きされた。見た目、そんな言うほど太い筋肉には見えないのに、なんであんなゴリラみたいにパワフルなんだろう。

 脱いだ状態はいつもそこまでよく見ていなかったけれども、こう明るいところで改めてみるとしっかりとムキムキしている。滲む汗が光って見えるくらい。

 あ、ヤバい。なんかちょっとキュンときた。少女漫画で見かけるフィクション筆頭の理想詰め合わせイケメン男子をそのまま具現化してきたみたいだ。

 細見なのにムキムキで、ゴリラ並みのパワーとか、こんな人間、現実にいるわけないだろ。目の前にいるけど。

 戦闘用の人造人間として一定の体型を保っているのかもしれない。

 リアルに、百獣の王のライオンとタイマンさせても勝ててしまえそうだ。迸るボディランゲージが、それくらいの説得力を持つ。

 あれ? なんであたし、今、五体満足無事なんだろう?

 などと一瞬、疑問が過ぎってしまったくらいだ。目の前のゼクを見たら、身体の中心から貫かれて引き裂かれる光景を容易に想像できた。あの逞しい肌触りが形を変えて頭の中でリピートされてくる。ひぎぃ。

「ん……? ナモミか。どうしたんだ、こんなところで」

 至極当然のようにゼクに気付かれる。思っていた以上に見惚れてしまっていた。

「ああ、まあ、ちょっとね。寄ってみただけ」

 特に何を言ったわけでもないのに、ゼクの目は何かを察していたような、そんな目をしていた。そして、ふぅ、と一息つき、バーベルと思わしき巨大なソレをガッシャンと置き、上体を起こして手元のタオルで汗をぬぐう。

 自分の意思で、自分の足でここまで来たのに、今になって熱がぶり返す。

 ゼクの小さな仕草に、気持ちが強風のように揺さぶられる。

 ここで沈黙が流れると気まずい。何か言わなきゃ。そう思って言葉を探す。でも思いの外、冷静さを装っているつもりなのに頭の中はオーバーヒート。そうしてそんな頭が弾き出したものは。

「ねぇ、ゼク。えっちしよ」

 こんな言葉くらいだったのだから、沈黙よりもずっと、気まずくなってしまったような気がする。

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