分かんないわよ (2)

 ※ ※ ※


 天井が見えないくらいの吹き抜けのキャニオン。都会の高層ビル群並みに幾重も重なっている階層のそれぞれに並ぶのは巨大な柱と、それを円状に取り囲うテーブルつきソファ。

 この柱とソファのセットがずらりずらりと目に収まらないくらいに沢山あるここは一体どういう施設なのだろうか。

 そんなクイズを出したらきっとあたしの時代だったら答えられないだろう。

 正解は、図書館だ。イメージがかなり違う。

 まず、書籍というか、本棚そのものがないことが根本的に違う。

 何本も立っているあの柱は膨大なデータを持っているサーバーであり、そこへアクセスを掛けることで様々な情報を提供してもらえるらしい。

 これがあたしの知っている図書館だったならこれだけ広いと読みたい本を探すのにくたびれているところだ。

 何処のサーバーからでも好きな情報にアクセスできるなんて便利だなぁ。

 なんというか、もう図書館じゃなくてインターネットカフェみたいだ。そっちのイメージの方がしっくりくる。

 備え付けの端末の簡単な使い方をプニーやエメラちゃんから教えてもらったけど、あたしの時代でいうスマホやタブレットとそう変わりなかった。

 ローディング時間もめちゃくちゃ短いというか、ほぼないに等しいし、本のページをめくるくらいに気安く様々な情報を閲覧できてしまう。未来って凄いなぁ。本当、今さらながらなんだけど。

「よいしょ、っと」

 すぐ近くのソファに座ってみる。この座り心地もいい。長時間でも苦なくゆったりとくつろげそうだ。

 座ったことで何か認識されたのか、ふわんと青いスクリーンが目の前に投影されてきた。これが端末だ。向こうが透けて見えるディスプレイ。これにタップするだけでいい。

 ポン、と。

 ピロピロ、チカチカと、目まぐるしいくらいの情報が目の前で交錯してくる。いわゆる起動画面というヤツだろうか。あたしには読める文字列が見当たらないからどうとも言えないのだけど、おそらくは「ようこそ、何をお探しですか?」「何かお困りですか?」とかそういうことが書いてあるに違いない。

 もうここだけでもかなり面を喰らってしまうが、すかさずポケットからカードを取り出し、ディスプレイに向けて提示する。見た目は手のひらサイズのプラの下敷きだけど、白く半透明なこのカードはプニーに作ってもらった認証キーだ。

 これを使うことで、端末に個人を認証させることができ、その個人に対応させた環境に変えることができるらしい。細かいところはよく分からないけど。

 少なくとも、ここ『ノア』ではあたしの知っている言語は一般的ではない。日本という国の概念すらとっくの昔になくなっているのだから。

 端末の認証チェックが通ったのか、あたしの顔写真と、あたしでも分かる言語が画面内に表示された。これでこの端末はあたしでも使えるようになったわけだ。

 なんだか未来人になれたみたいでちょっとだけ嬉しい気がしないでもない。

 とにかく今のあたしにはこの時代のことを何も分かっていない。何が常識で何が非常識なのかも分からない。知らないことだらけなんだ。だから少しでも知識を身に付けていかないと。

《――この溶融晶はギアマン性質のクリスタル構造を形成し配列に規則性、不規則性の説が長年論争されていたが――》

 と、思ってみたのだが、あたしにも分かるはずの言語があたしには分からない言語に変貌していた。確か、学生レベルの教本資料にアクセスかけたはずだったのだけど、まるで意味が分からない。

 今の時代の学生はこのレベルの学力だというのか。資料としては非常に分かりやすい部類だと思うんだけど、悲しいくらいに情報量が膨大すぎてついていけない。

 もう少しグレードを下げてみるも、対象年齢からして小学生くらいのレベルの資料でも軽く大学卒論並みの課題が飛んできた。この時代の子供たちは一体どうやって勉強するんだろう。もはや学力のインフレがビッグバンだよ。

 そういえば、いつだったかプニーが情報を直接頭にインストールする方法を薦めてきたような記憶がある。手法もあるということか。

 リスクが大きいだの、そのせいで利用が禁止されてる区域があるだの、やたらと脅されたから断ってみたものの、実際にプニーはそれを活用していたらしいし、最悪の場合そういうのも考えておいた方がいいのかもしれない。

 ともあれ、密やかな勉強タイムは開幕早々頓挫だ。よくゼクはこの時代の知識や技術の取り込みができたものだと思う。

 ゼクでも二十億年くらいのブランクはあるはずなのに。それだけ真剣に、真面目に、人類のことを考えているからなのかも。

 つくづくあたしはこの時代、この世界でできることって少ないんじゃないのかって自己嫌悪に陥るばかりだ。ますます何をすべきなのか分からなくなってきた。

 一転して、原始人にでもなった気分だ。目の前にこんなにも便利なものがあるというのに使い方がまるで分からないなんて。

 仮にも、あたしはこの時代で人類繁栄のために子づくりをしなければならない立場のはずだ。

 将来的に子供を産むだけならまだしも、このままでは教育もままならない。それどころか子供に勉強を教わる立場にすらなりそうだ。あべこべすぎる。

 マリッジブルーとかマタニティブルーって言葉もあるけど、今の心境的にはそれに近いのかも。親になるには覚悟だけじゃどうしようもない。

 色々な課題や不安が山積みになって降りかかってくるのだ。なるようになれなんて楽観的に構えていられない。焦燥感ばかりがどうにも積もる。

 もうこんな悩み事を抱えるような年頃になったんだな、とか老けたことを思ってみたりする。そもそもこの時代での成人って何歳くらいになるのか分からないわけだけど。小学生で大学入試なら初潮きた時点でもう初老なんじゃないか。

 だったらなおさら、こんなしょうもないことで足踏みしている場合なんかじゃないはずだ。もう大人の階段を駆け上がっていかなければならない、そういう状況なのだから。いつまでも子供の気分でいられると思っちゃダメに決まってる。

 ああ、早く大人になりたい。

 そんなふうに、頭でぼやきつつも、目の前に広がる小学生レベルの問題に悩ませるばかりだった。

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