第七章

絶滅危惧種保護観察員

「こんにちはッス! 人類の皆さん!」

 唐突にミーティングルームへと招集が掛かったかと思えば、プニカの横に見知らぬ人物がいた。

 緑色の髪をしたサイドポニーの女の子だった。瞳の色も宝石のように、というかもはや電子回路のように緑にピカピカと輝き、いかにも人間ではない。

「こちらが『エデン』より派遣された観察員の方です」

 シュッとしたぴっちりの銀色なフォーマルスーツを着ているところを見ると、この雰囲気的に公務員のイメージがある。

「ボクは絶滅危惧種保護観察員のエメラッス。人類の皆さん、これからどうぞよろしくッス!」

「あ、ああ、よろしくエメラ」

 随分とまたハキハキとした性格の子のようだ。

 無駄に声が大きくて怯んでしまいそうだ。

「いやぁ、まじビックリしたッス。世間じゃ人間は絶滅したんじゃないかっていう感じで噂されてたもんで、本物の人間なんてボクもうお目に掛かれないなぁ~って思ってたんスよ。それがまさか、絶滅危惧種に登録されたーっ! っていうか、自分から登録申請にきちゃったーっ! てなもんでダブルビックリしたッス」

 俺はそれよりもその大音量にビックリしたよ。早口でよく回ることだ。マキ……マシーナリーゆえか?

「えっと今日から皆さんの身の回りの世話とか、そういうのもゼーンブやっちゃうんで、このエメラにおまかせあれッス! 気軽に言ってくれて構わないッスからね!」

 元気なのは大変よろしいことだ。だが、さっそく耳がキンキンしてきた。

「当然ッスけど、絶滅危惧種ってことなんで赤ちゃん作りまくってもらうッス。繁殖についてはガンガン頼むッスよ、そりゃもう性行為セックス三昧の日々で」

 恥じらいってもんがないのか、この子は。

 ある意味ではプニカに似ているところはあるかもしれない。

「ところで、皆さんはこれで全員なんスか?」

 当然のことを訪ねられる。この場にいるのは俺を含めてナモミ、プニカ、キャナの四人だけだからな。

「生存している人類はわたくしたちで全員です」

「なるほど! たった四人ッスか! やっぱ相当困ってるんスね! もうこれからは安心していいッスからね! このボクが何でもお手伝いしちゃうッスから!」

 そろそろ耳を塞いだ方がいいだろうか。

「ところでエメラ、ちゃん? って、年いくつくらいなの?」

 ナモミよ、その質問は今必要だったのだろうか。だが、まあ公務員らしい割にどうにもこの落ち着きのなさは年齢が気に掛かるところだ。

 実は見た目の通りに子供なのではないだろうか。

「一歳ッス!」

「え、い、一歳?」

「そッス! ボク、できたてほやほや、新品のピンピン、超絶期待の新人ッス!」

 意外といえば意外だが、考えてもみれば案外不思議ではない、のか?

 人間なら成長やら教育が必要なところだが、機械であれば最初からそのようにボディを作ればいい。知識なんかもデータとしてインプットすれば問題ない。

 生身の人間と違うのだからそういうところは便利で、ある意味羨ましい。

「しかし、一歳で絶滅危惧種の保護観察員か……」

「キャリアについてならご心配無用ッスよ。ちゃあんと資格も取得してるし、それにこう見えてボク、なんでもできちゃうッスから!」

 何が心配無用なのか説明が省かれてしまっているのだが。

「人類の皆さん、今後ともどうぞよろしくッス!」

 これ以上ないってくらいに目を輝かせて、エメラが直角に深々とお辞儀をしてきた。明朗活発なだけでなく、誠意もあるようだ。


 ※ ※ ※


 エメラが保護観察員として『ノア』に居住するようになって、俺たちの共同生活はこれまでとは大分変わったといえるだろう。

 なんだってできると自称していたように、技術面においてはかなり優秀だった。

 これは前々から薄々と気付いていたことなのだが、『ノア』はコロニーとしてはかなりの旧型のようで、思っていたよりもガタついてきていた。

 何百年前から蘇生させられたキャナが旧型といっていたくらいだ。

 一体何千年前のものだったというのか。

 何十億年も眠っていた俺が言うのもなんだが。

 それに、何百年もの間、マザーノアの指示のもと、プニカだけで管理を行っていた経緯もあって、状態としてはよろしくなかったらしい。

 そこでエメラだ。

「ボクが来たからにはもう安心ッスよ!」

 という言葉の通り、俺たち四人だけではたった一つ整備するだけで手一杯だったメンテナンスもあろうことか、エメラたった一人でその十倍以上の作業量をこなしてしまった。

 それどころか、『エデン』から新しい技術も持ち込まれ、あと数千年はメンテナンスせずとも平気なくらい一新されていった。

 これにはマザーノアも大喜びだ。

 調べてもらったところ、この『ノア』自体も何千年以上も昔の人間以外の技術によって創られたものだったらしい。

 そりゃまあ、そうともなれば人間の手でメンテナンスし辛いのも当然だろう。

 どうりで物理的に腕を伸ばせたり、目がいくつかついてたりしないと無理そうな機構ばかりなはずだ。

 エメラがメンテナンスしている姿を横から見ていたが、腕から整備用の工具や器具が飛び出してきたり、全方位を把握できるカメラを飛ばしたり、人間ならざる作業風景で、よくもまあプニカはこれを人間の手でやろうしたものだと思った。

 あのような作業が前提ともなれば、いつかメンテナンスだけで心が挫かれていたことだろう。そのときのものはたまたまできたからよかったものの、中にはそれよりもずっと複雑な機構もあったらしいし、尚のこと無茶だった。

 エメラがいなかったらと思うとゾッとする。

 本来、エメラは肩書きにしても絶滅危惧種の保護観察員のはずだが、技術プログラムのインストール一つで幾らでも技術は得られるし、その権限を持ってすれば好きなだけ道具も『エデン』から取り寄せられるらしい。……万能すぎるな。

「でもフツーは誰でもこんなに何でもできるわけじゃないッスよ。インストールなんてプロテクト掛かってる場合も多いッスからね。面倒くさ~い申請送って、承認待って、そんでもって特別なメモリーとか増設して~、って手間がいっぱいあるんスよ!」

 などとエメラは自慢げに話していた。

 話の半分も耳に入ってはこなかったが要約すると、

「つまりボクが特別に優秀ってことッス!」

 ということらしい。

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