第二章 Another

人類繁栄しちゃうじゃない! (前編)

 ゼクとプニーの二人は今ごろ、何をしているのだろう。

 自分から早々に部屋から立ち去っておきながら思うのも何だけど。

 ベッドの上に寝転がりながら、天井でも眺めてみる。

 ここに来てからというもの、何かと慣れないことと分からないことが押し寄せてきて、ささいなことでなんだか疲れてしまう。

 でも、なんだかんだ、ゼクは優しいし、難しくてよく分からないようなことを丁寧に教えてくれる。それでも分からないことはまだまだたくさんあるからこれからもまた迷惑かけちゃうのかな。

 プニーだって、あれでいてあたしのために色々してくれている。

 例えば、この部屋の内装。ちょっと前まではベッドしかないような寂しい空間だったけど、プニーはあたしのわがままを聞いて、家具を作ってくれた。しかもあたしの時代に合わせた家具だ。

 タンスも、机も、本棚や絨毯だって。なんなの、プニーって魔法使いなの?

 おかげですっかり見覚えのある、あたしだけの場所ができた。

 二人には感謝している。

 とても感謝している。

 感謝しているけど。

 正直な話、今のこの状況を受け入れていいのか、まだ頭の中はモヤモヤーっとしたものがいっぱいで定まっていない。

 今、あたしがこうして生きているのは、人類繁栄のためらしい。

 ということは、あたしは子供を生まなければならないらしい。

 あたしが生きていた時代から何十億年も未来の世界だというのに、未だに人類ときたらスイッチ一つでポンと生まれてこないなんて不思議なもんだ。

 いや、まあ、プニーの話を聞く限りではやろうと思えばできそうなニュアンスで、でもやりたくないからやってないだけー、みたいな感じもするのだけど。

 で、だから、じゃあ、子供を作ろうなんて話、二つ返事で承諾できるか。

 昔の人――と、あたしがいうと本当に昔の人になってしまうけど――それこそお殿様がいたような時代には、世継ぎのために女性が好きでもない男性と、なんというか、まあ、アレするようなこともあったらしいけれど。

 そういうアレはあたしの時代にはなかったようなものだし、せいぜい政府が子作りを推進するくらいもので、強要されたことはなかったはず。

 子供を生まなければ人類滅亡。

 まるでマンガや小説の世界。酷い冗談だよ。

 そもそも、今が七十億年もの先の未来だというのも意味が分からない。

 これって何? いわゆる異世界転生ってヤツ?

 あたしが世界を救う物語なの? シャレになってないって。

 肩書きとしては、「最後の地球人」?

 特殊能力は無し。覚醒するような要素もなさそうだし、手ぶらで宇宙空間よ。

 まあ、食べるのにも寝るのにも苦労していない辺りはチートっぽいけど。

 元の世界に戻るとかそういうすべもないし、完全にこの時代に骨を埋めることが前提になっているのが何とも現実味がなくてあたしの頭を悩ませる。

 というか、仮にタイムマシーンとかそういうのがあったとしても、自分のいた時代に戻る意味もないよね。

 何だったら何十億年遡って何人か連れてくる? 人類の滅亡の危機から救えるかもしれない。

 いやいや、まあそれはそれでタイムパラドックス的なややこしいことが……。


 てか、あれ? そもそもなんであたしコールドスリープされてたんだっけかな。

 プニー曰く遺体扱いだったとかそんなことを言われていたような気もする。

 何かがあったはずなんだけど、あまりよく思い出せないなぁ。

 何せ七十億年も前のことだし、仕方ないといえば仕方ない?

 ええと、ああと、確か、そう。

 あれはある晴れた日のこと、いつものように学校に行く途中で、んでもって、青信号になったから横断歩道を渡ろうとしたら――信号無視したトラックが――。


 あり? なんでこんな記憶が。

 ちょ、ちょ、ちょっと待った待った。

 よぉぉく思い出そう。

 病院に運ばれて、なんかすんごく苦しくて、全身包帯ぐるぐるで、身動き取れそうにないようなヤバい状態になっちゃってて――ああと、お医者さんが不穏なことばっか言ってたような。

 なんて言ってたっけ? あのお医者さん。

『今の医療技術ではお嬢さんを完全に治療することは難しいでしょう』

 何言ってんだこの医者は。

 ああ~、んん~? でもハッキリ覚えてる。

 何かのマンガやアニメや映画とごっちゃになってるってわけじゃない。これは本当にあった現実のお話だ。

 物凄く辛くて苦しいのが長くて、今にも死んじゃいそうで、時間の問題だとか何とか言われて――『タイムカプセル』?

 今の状態のまま肉体を保存して未来の技術に任せるとか、で、親が承諾して、動けないあたしはそのままカプセルの中に入れられて、そこから先、全く記憶がない。

 てか、プニーの顔が真っ先に思い浮かんだ。

 あの時、治療してくれるお医者さんが見つかったのかな、って思ったんだっけ。

 そしたらなんやらかんやら言われて……。

 ということは何だ。あたし、本気の本気で死んでたのか。

 交通事故でトラックにバコーンってされて、ヤバい手術しなきゃならないってのに残された時間も少なくて、仕方無しに医療技術が進歩するまで丸ごと冷凍保存?

 そしたら結局何があったか知らないけど忘れ去られて、いつの間にか宇宙に埋葬されて、んで何十億年も彷徨ってたってこと?

 うわぁー……、思い出すんじゃなかったぁ……。

 知りたくなかった事実のオンパレードだよぉ……。

 今、明かされるあたしの知られざる過去。

 実は七十億年前に死んでました、ってか。

 なんか物凄いチート級の魔法とかあったとして、それを使って元の時代に戻ってもあたし社会的に死んでるじゃん。

 どう考えても帰る家もないからホームレス確定だし、そりゃちょっと勘弁だなぁ。


「ん……っ」

 ちょっと腕を動かしてみる。

 足もくいくい閉じたり、開いたり。

 全然痛くないな、これ。

 めちゃ健康。

 交通事故で体中がめちゃくちゃになっていたのは紛れもない現実のはず。

 あの全身がバラバラになりそうなほど辛くて苦しい記憶はしっかりを覚えている。

 それがこんな風に何事もなかったかのようにピンピンしているってことは、何処かで治療されてたってことになるのかな。

 未来の技術やべぇ。

 こんなのほとんど死者の蘇生じゃん。実はゾンビなんじゃないの、あたし。

 それで生き返った理由が人類滅亡の危機を救うため、か。

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