私と性行為してくれませんか? (2)
「ああ、どうも記憶が抜け落ちたような違和感があると思った」
まさか寝て覚めたら未来にいるなんてな。
いや、それ自体は別に普通のことだが。
「ゼクラ様の時代ではどのような呼称だったのか存じ上げませんが、この特殊なスリープ状態を保存していたものはネクロダストと呼ばれるものになります」
ネクロダスト。
俺には意味が理解できる。
何らかの要因で窮地に陥ったとき、その居住区や施設の者が一時的にコールドスリープなり何なり仮死状態で保管されたものだ。
人としての活動が休止されるため、あらゆる安全性が保障される。
生活が不要になるため食糧問題等も丸ごと解決。
カプセル内に守られるため外部からの攻撃にも耐えられる。
生命を繋ぐための最終手段だ。
問題点としては、その状態ではいかなる活動もできないということ。
つまり自ら目覚めるということができない。
状況が窮地を脱したとしても、外部から手を加えられない限りは仮死状態のまま。
いわば宇宙を漂う生ける棺桶だ。
回収されても古い技術によるものだと蘇生が困難だったり、あまりに人口が多かったりするとそのまま放置されてしまうこともある、という話は記憶にある。
気の遠くなるような年月をさまよい続けているものもあるとか。
どうやら俺もその中の一つだったらしい。
「ゼクラ様の回収機体は比較的最近のものでしたが、シングルナンバーということはざっと計算いたしましても、およそ二十億年前の人類になります」
……今、なんて言った? にじゅうおく? 頭で数えるのも馬鹿馬鹿しいような数字が出てきたぞ?
「二十億……? その桁は正しい、のか? それ?」
「はい、間違いありません」
どうやら寝坊も寝坊、とんでもない寝過ごしをしてしまったようだ。
目が覚めたら二十億年も経っていたとは。
ネクロダストというものが何億年も漂い続けるなんてことは一応理論上可能なことは分かっている。だが、現実的でありながら現実離れすぎる。
ようやく回り始めた思考も再び凍結してしまいそうだ。
さすがに言葉が出なくなってきた。
「数値に誤差や誤認の可能性は、ないのか?」
「機体コードは照合されました。製造年号も確認済みです。まさかシングルナンバーとは思いませんでしたが、それを踏まえてもゼクラ様は紛れもなく二十億年ほど昔の人類になります」
なんてこったい。
「……あのさ、いい加減突っ込んでもいいかな」
震えた声で割って入ってきたのは、さっきからずっと黙っていたナモミだった。
まだ顔は青白く、病人のようにフラフラしている。
今にもストレスだけで血を吐いて倒れてしまいそうなくらいに苛立った様子が見てとれる。
「コードとか、ナンバーとか、よく分からないし、超新星? ネクロダスト? どれもこれも何言ってんだかサッパリだし……、一体何なのよもう……」
お、落ち着け。
と言いたいところだったが、見るからに一触即発のナモミを見て、制止できるような言葉が咄嗟に出てこなかった。
あまり下手なことは言えそうな空気ではない。
「ナモミ様の回収機体は幾度のコロニーを転々とした記録がありました。コード付与もされておらず、蘇生技術が伴わず遺体として扱われていたようです」
プニカ、お前よくこの状況で説明を続けられるな。
「しかし幸い、データは記録されておりました。ナモミ様はおよそ七十億年前の人類です」
「ぅおげ……っ」
とうとう我慢の限界を過ぎたのか、目の前でナモミが胃液を嘔吐した。
そしてそのまま床に崩れ落ちて、顔から体中の水分を全部吐き捨てるかのようにあらゆるものを垂れ流していた。
半透明な吐瀉物、涙、鼻水、全部が床の上に溜まっていく。
七十億年か。これまたとんでもない数値が叩き込まれてきたものだ。
今、こうやってベッドの上にいる俺も今すぐに泣き崩れてわんわん叫びたいところだが、ナモミに全てを持っていかれてしまったようで、出てくるものが引っ込んだ。
「すまん、プニカ。説明は一旦止めにしよう」
「はい、申し訳ございません。ナモミ様、立てますか?」
顔を手で覆って首を横に振る。
これはダメそうだ。
俺はすぐさまベッドを降りる。
酷い立ちくらみだ。二十億年ぶりに起き上がったのだから当然だが。
しかし、そんなことを言ってはいられない。
「ちょっと、悪い」
床に這い蹲るナモミを無理やり床から引き剥がすように持ち上げて、ベッドの上にそっと乗せる。
物凄く嫌そうな対応をしてしまったが、今思いついた対処法がこれだったのだから仕方あるまい。どう怒られても受け入れよう。
「ぐぅ……」
ナモミがベッドの上、丸まってしまう。
もっと派手に暴れるのかと思えば、殻に閉じこもるように静かだ。
きっと頭の中では言いたいことが溢れんばかりにパンパンになっているのだろう。せめて全部ぶちまけてくれればいくらでも受けることができるが、ぶちまけたのは床のソレくらいだ。
そうっとしておく他ない。
「ナモミ様、大丈夫ですか? 何か必要なものがございましたら用意しますが」
しかし、どうもプニカはそこまで空気が読めない気がする。
こちらはそうっとしておかない方がよさそうだ。
何か当たり障りのない会話でもできればいいのだが、多分ナモミとプニカが傍にいるとまた今みたいなことになるに違いない。
「プニカ、ここはそっとしておこう。安静にさせるべきだ」
「そう、ですか……」
気配りはできそうな感じはするのだが、何処か機械的だ。
これが二十億年後の人類ということなのか。
ジェネレーションギャップだな。
ベッドに丸く横たわるナモミの背中をぼんやりと眺めていても仕方ない。
プニカの手を引き、そっと静かにこの部屋を抜け出す。
「すみません……、なるべく穏便に済ませたかったのですが」
部屋を出て、シュパッと扉が自動で閉じたところでプニカが呟くように言う。悪気はないのだろう。
「何十億年なんてスケール、すぐには飲み込めないさ」
無論、俺もだが。
「えっと、なんだったっけ。コロニーが壊滅になって、人類が滅亡の危機?」
自分の口から出てもまるで理解のできない状況だ。
「このコロニーにいるのが最後の人類って話だったが、実際のところは何人くらいなんだ? 何千か、何万か、いや……何百?」
「生存が認められるのは三人です」
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