土曜日に来る生徒

 今日は面接であった瀧さん曰く、幽霊という存在に勉強を教える日である。つまり、土曜日である。私には霊感がなかったはずなのだが、果たして私がみた生徒たちは本当に幽霊だったのだろうか。


 教室に着くと、すでに瀧さんは居て、教室の準備を進めていた。私も塾が始まる30分くらい前には到着していたのに瀧さんはもっと早くに教室に来ていたらしい。


「今日は本当に面接で見た彼らが来るのでしょうか。」


 掃除を進めながら、瀧さんに聞いてみた。もしかしたら、初めて彼らを見たときに考えた、本当は普通の生徒たちで彼らはたまたま学芸会などで動物が出てくる劇をやるということでその衣装をそのまま来ていたということも考えられなくもない。

 ここにきて、幽霊なのか、人ではない能力者である生徒に合うことが怖くなってきた。あれほど楽しみにしていたのに情けない。人間、未知なるものとの遭遇は興奮もするが、同時に恐怖も覚えるらしい。


「今日来る生徒ですか。今日は先日と違って普通の生徒ではありません。前にもお話ししたように彼らは幽霊と呼ばれる存在です。ただし、ただの幽霊ではありません。彼らは皆、能力者です。普段は隠している人とは異なる部分が、幽霊になったことで隠す必要がなくなったのでそのままになっているわけです。別に恐ろしい存在ではありません。怖がらずに普通の生徒のように接してあげてください。彼らは私以外の先生を見たことがないので、興味津々で近づいてくると思いますよ。」


「わかりました。瀧さんがそういうということはおそらく、恐ろしい存在ではないのかもしれません。確かに、面接のときに見た彼らは恐ろしいというよりもかわいいという印象が強かったです。」


 彼らを初めて見た時を思い出す。確かに恐ろしい存在だとは思わなかった。むしろ子供にケモミミやや尻尾が生えていてとてもかわいらしかった。そんな彼らが恐ろしい存在だとはやはり思えない。彼らとは普通に塾の先生と生徒という関係を築いていこう。

 もう一つの問題を解決しておこう。彼らが恐ろしい存在ではないとして、幽霊というのは本当だろうか。あんなにはっきりとした実態を持った幽霊なんて聞いたことがない。霊感を持たない私でさえ見えるのは果たして幽霊と呼べるのだろうか。面接のときは瀧さんの説明に理解した気になっていたが、今考えると瀧さんの話が本当かどうかわからない。


「もう一つ質問なのですが、彼らは本当に幽霊なのでしょうか。彼らは幽霊にしてはやけにはっきりと実態を持っているように見えるのですが。」


「私の話を信じていなかったのですね。まあ、一度の説明で理解できるほど簡単な問題でもありませんしね。実際に彼らに聞いてみるとわかりますよ。」


「それってどういうこと………。」


 質問は生徒の声に遮られた。話しているうちに生徒が来る時間になっていたようだ。といってももし彼らが幽霊だとしたら、時間を気にするとは思えないが。それにしても幽霊なのに塾が朝10時から始まるとかやはり幽霊とは思えない。

「こんにちは、瀧先生。今日もよろしくお願いします。」


「おはようございます。今日から塾に通うことになった翼です。よろしくお願いします。」


 二人が教室に入ってきた。教室の扉を開けて、まるで普通の生徒のように靴を脱ぎ、スリッパをはいて机に向かう。


「今日から新しい先生と一緒に勉強できるよ。新しい先生の朔夜蒼紗先生だ。二人とも朔夜先生の言うことをよく聞いて勉強に励むように。」


 瀧さんが私を二人に紹介すると、二人は笑顔で私に近づいてきた。新しい先生に瀧さんの言う通り、興味津々のようだ。


「朔夜蒼紗です。今日からよろしくね。勉強でわからないことがあったらどんどん聞いてくださいね。」


 とりあえず、私からも二人に挨拶した。二人をよく見ると、やはり二人の頭とお尻の付け根のあたりから、普通の人間には生えていない耳と尻尾が生えている。しかし、どう見ても透明ではないし、耳と尻尾が泣ければ普通の小学生にしか見えない。


 翼と名乗った男の子は小学生ではなく、中学1年生のようだ。本人が教えてくれた。ということは中学1年生の時に運悪く死んでしまったのだろうか。


「僕には生きていたころの記憶がないんだ。思い出そうとすると頭が痛くなって気分が悪くなるんだよね。だけど、瀧先生が言っていた。僕は中学1年生の時に交通事故でなくなったと教えてくれた。僕は覚えてないけど、瀧先生が言うことに間違いはないよ。」


 ずいぶん、瀧さんを信用しているみたいだ。それにしても自分の生きていたころのことが思い出せなくて悲しくはないのだろうか。彼にはウサギの耳と尻尾が生えている。彼は生前、能力者だったのだろう。

 私が耳と尻尾を見つめているのに気づいたのだろう。翼君は自分の能力についても教えてくれた。


「僕には特殊能力があったみたい。これも瀧先生が教えてくれたことだけど、僕にはウサギのような聴力と他人が話したことが嘘か本当か判断できる能力があったらしいよ。でも今は耳と尻尾だけで能力はなくなってしまったみたいで、普通の人と同じぐらいにしか音は聞こえないし、嘘か本当か判断できない。」


 こんな姿、塾以外の人に見られたくないよ。翼君は恥ずかしそうに自分の耳と尻尾を触っている。能力はなくなっても耳と尻尾だけが残っているのか。これでは本当にコスプレした少年ではないか。


「そういえば、今日から塾に通うと言っていたけど、翼君は今日初めて塾に来たということかな。」


「そうだよ。僕が目覚めたときには瀧先生がそばにいて、僕はもう死んでいることを教えてくれたんだ。それで新しい人生をやり直すためには勉強しなければならないみたいだから、塾に通うことを進めてくれたんだ。死んでしまったことは仕方がないし、生きていた記憶がないから、早く成仏して新しい人生を送りたいからね。」


「翼君は自分が幽霊だってことを認めているということかな。」


「そうだね、幽霊だと思うよ。だって僕がここまでくる間に誰も僕の耳や尻尾について変だという人がいなかったし、人にぶつかっても通り抜けてしまうし、自分は瀧先生の言う通り死んでしまっていて今は幽霊の状態でこの世にいるのかなって。」


 本当に幽霊だったのか。ではなぜ私には見えているのだろう。その理由について再度考えていると、服を引っ張られた。後ろを振り向くと、もう一人の男の子が私を見つめていた。


「翼とばかり話していないで僕ともお話ししようよ。」


 続いて、もう一人の男の子が声をかけてくる。この男の子は猫耳がついていて、同じく猫の尻尾が生えている。


「僕は虎介。虎に介と書いてこうすけと読むんだよ。僕も翼と同じで自分が生きてきた記憶がないんだけど、瀧先生から小学6年生の時に病気で亡くなったって聞いた。ここにきてもうすぐ半年なんだ。よろしくね、朔夜先生。」


 この子にも生きていた記憶がないのか。自分が死んだことはわかっても自分が今まで生きてきた記憶がないということは寂しいことだろう。想像しかできないが、何だかやりきれない気持ちになる。


「ちなみに僕の能力は耳と尻尾を見てわかるように虎だよ。本物の虎に変身できたらしいよ。翼と同じでやっぱり今は能力が使えないけどね。」


 猫の耳と尻尾だと思っていたが、虎の耳と尻尾だったのか。それにしてもこの子はどこかで見たことがある。面接で見た以外にどこかで見かけたような気がする。


「好きな食べ物はケーキで塾がない日はケーキを見に大学前のケーキ屋によく行くんだ。幽霊になって物は食べることはできないけど、ケーキを見るだけで幸せな気分になるからね。生きていたころはケーキが好きだったのかもしれないな。」


 思い出した。佐藤さんとケーキ屋にケーキを食べに行った日に見かけた男の子だ。彼の方は覚えていないので、私からは特に何も言わないでおこう。男の子なのにケーキが好きなことがばれると、恥ずかしがりそうだ。


 

 その後も幽霊たちは塾に来た。生徒は全部で6人のようだ。みな普通の人とは違った部分を持っていた。特に動物の耳と尻尾を持った生徒が多かった。そのほかには肌の色が異様に白い子や頭から角が生えている生徒もいた。皆口をそろえて、自分が生きていたころの記憶がないと話していた。そして、目覚めたら瀧さんがそばにいて自分がいつどのように死んでしまったのか聞かされたという。


 勉強をするということで、彼らは自分の死んだ当時の学年の勉強をするようだった。中学1年生の時に死んだらしい翼君は中学一年生の勉強を、小学6年生で死んでしまった虎介君は小学6年生の勉強をしていた。先ほど、他人には姿を見えていない、ぶつかっても通り抜けしてしまうといっていた彼らだったが、塾で勉強している姿からは想像できない。私には彼らの姿がはっきりと見えているし、鉛筆やノートを使って普通の生徒のように勉強ができている。物がつかめているということだ。私の服のすそをつかんできてもいる。彼らのことがもともとわかっていなかったが、さらにわからなくなってきた。いったい何者なのだろう。塾に来て、そして塾から出ていくということはどこかに家のような彼らの居場所があるのだろうか。疑問が次々と湧いていく。


 生徒が全員帰って、私と瀧さんも塾で後片付けをしていると、瀧さんが話しかけてきた。そういえば、生徒たちが来てから、瀧さんは事務仕事があるからといって生徒の机から離れて先生用の教務机で仕事をしていた。



「生徒たちとはうまくやって行けそうですか。」


「はい、うまくやっていけると思います。ただ、どの生徒も自分が生きていたころの記憶がないのが心配ですが。」


「そうですね。彼らにとって生前は嫌な記憶だったのでしょうね。人は自分の嫌な記憶や悲しい記憶などを忘れてしまったり、記憶にふたをして意図的に思い出さないようにしたりするものですからね。きっと彼らも何か理由があって思い出したくても思い出せないのでしょう。」


それに思い出したら厄介ですからね。思い出させないようにしないといけません。


瀧さんは最後に何かつぶやいたようだったが、それは私には聞こえなかった。

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