第125話ルップの街・番外編2

(それは、結界を警戒しているってことですわね? 結局、あの結界を抜ける手段はありますの?)

それまで話に入ってくるものの、基本的に何かを見ていた泉華せんかが、本格的に会話に参加していた。


たぶん、地竜の所を見ていたのだろう。その話を切り出さないということは、フラウの様子が予想通りだという事か……。


――まあ、それは振れないでおこう。地竜には悪いけど、すべてをダビドに任せよう。


(結界の方は、メナアスティが『方法はある。後は任せておくが良い』と言ってたけど、詳しくは聞いてないよ。ただ、今回は直接戦闘をする気はないし、出来る限り関わらない方がいいかな?)


そう、これ以上神たちの妨害があっても困る。

あの時、あっけないほど簡単に、獲得した能力を封じ込められた。あの時はそれで済んだけど、今ある能力までも封じられる可能性だってある。


私には、守る力が必要なんだ。

でも、それはこの国にいる人達全てに向けるわけじゃない。少なくとも今は、店長とダビドとフラウされ守れればいい。


(それでいいと思うよ。ヴェルド君が決めたことだからね。それより、今は店長の話じゃなかった? でも、店長と会って何か問題でもあるのかな?)

復活した優育ひなりが、話を元に戻してきた。そして、優育ひなりの最初の言葉に、精霊たちは皆、頷いていた。


――ありがとう、みんな。


でも、『出会って問題があるか?』か……。

ルキとエトリス、ネトリスとリナアスティはどうだろう?


いや、あの四人は出会ったところで問題になるわけがない。むしろあの最強の四人組が、店長を顎で使うに違いない。


でも……。どう考えても、ガドラと店長だけは会わない方がいいと思う……。


再び黄昏の間に赴くかと思った刹那、美雷みらいの大声が私を現実に引き戻してくれていた。


さっきまで話題の端にいて、チラシを十分見ていなかった美雷みらい。いつの間にか近くにやってきて、まじまじとチラシを見つめている。


――でも、一体何がきっかけだ? でも、ようやく見てくれた。待ったかいがあったもんだ。

見せたかったその文字は、美雷みらいをつかんで離さなかった。


(これや! これ! ウチは、これや。『パリッシュで見る、流れ星』って、まさか本当に降るんやろうか? 見たい! これ! 見たいって!)

予想通りの興奮状態。美雷みらいのこんな姿は、めったにお目にかかれない。

それだけに、全員が温かい目で見守っている。


――でも、改めて考えると確かに興味深い。降るのか? 降らせるのか? ここで大きく変わってくる。

降るとすれば、是非その情報源を聞いておきたい。美雷みらいがこれだけ星が好きなんだ。その知識も習得しておくべきだろう。


でも、降らすとすると? いや、まて。いったい誰が降らすんだ?

もしかして、エトリスとネトリスが当てにされてる?

いや、いや、二人の事は知らないはずだ。じゃあ、メナアスティか?


いずれにしても、並みの冒険者に出来る魔法じゃない。いや、私が知らないだけかもしれない。実はパリッシュには、すごい賢者が隠れているとか?


(いや、それを言うならこっちだろ!)

答えの見えない思考の渦から、鈴音すずねの声がすくい上げてくれていた。


ただ、すでにさっきまでの雰囲気は壊れている。

いつの間にか頭の上から飛び立ち、再びチラシを見つめる優育ひなり氷華ひょうか

微笑ましそうに見つめるその姿を見ていると、二人共私の視線に気づいたのか、私を見て肩をすくめて笑っていた。


――まあ、そうだね。なるようにしかならないな。それに、そろそろ時間だろう。


(これもすごいな! 『パリッシュ住宅フェア。おいでやす新区画。これから一家族に一つの家』だそうだ。先着二千名に新区画優先居住権がもらえるぞ!)

鈴音すずねが感嘆の声をあげている。私もそれに同意見だ。


――でも、住宅フェアって……。確かに今、エトリスとネトリスのゴーレムを総動員して、郊外に新区画と家をつくってるけどね。まさか、そうすることすら予期してたのか?


(これは、あの者か? 『パリッシュで一角獣ユニコーン観賞券』じゃぞ。先着二千家族と書いてあるが、何を見せるのじゃ? これはもう、あとで苦言がきそうじゃな)

珍しく、咲夜さくやが楽しそうに笑っていた。


――そう言えば、昔保護した協力的なものたちの中に、一角獣ユニコーンも混じってた……。ていうか、しっかり説明しているよな、店長? あの一角獣ユニコーン、結構難しい性格してたよ。


(どちらにしても、先着ということは、地竜トロッコ以外の移動手段で先に行ける人は行けってことだね。そうでない人たちを地竜トロッコにのせるんだ。でも、これではっきりしたね。だから街にいる人の気配がここ数日、少しずつ減っていったんだね)

優育ひなりの納得した声は、頭の中で見落としていた場所を教えてくれているようだった。


先着というのは、急ぐように人間心理に訴えている。

そして、避難という形ではなく、店長は間違いなく街の人たちを動かしている。


おそらく、配っている人の中には、真実を知る人がいるのだろう。そんな人たちが協力しているんだ。うまく誘導できているに違いない。


あとは私ものせられよう。いい具合に、ここに集まってくる人の気配が増えてきた。


(そろそろよい頃合いだね。じゃあ、そろそろ私の役割を演じようかな?)

(そうだね、ヴェルド君。お役目ご苦労様です。これからとっても暑くなるね)

優育ひなりの理解の速さは驚きだが、氷華ひょうかも黙って頭の上に乗っていた。

ひんやりとした冷気が私を包んでくれている。


(え? なに? どういうこと?)

春陽はるひが目を白黒させて尋ねてくる。それはその他の精霊たちも同様だった。


「さあ、チラシを配って逃げまくるとしますか! さて、どれだけの手下たちをこっちに引き付けれるか! みんなの力をあてにしてるよ。店長の予想通り……。いや、期待に応えようかな!」

チラシのことは、多分もう耳に入っている。しかも、それは私が扇動していることになっているだろう。

そして、この区画でそれをすることによって、私のことを標的として確定してくれるに違いない。


それが店長のシナリオだ。スーパー丸投げとはよく言った。


ルップ伯爵が裏切った場合のこともちゃんと用意していた。というよりも、そちらの準備に余念がなかった。


確かに、素直に避難に応じてくれても、地竜トロッコ列車は役に立つ。

あの時の表情も含めて、全て店長の掌で踊っているかのようだ。


さっきの優育ひなりの感想が、他にもある気がしてきてならない。

だが、恐ろしいけどこの際だ。今見えているこのシナリオに乗ってみよう。


――私は一介の冒険者。もともと、全ての人を救うなんて事はできない。目に入る人の笑顔を守れれば、それでいい。


少なくとも店長の思惑は、避難を誘導することにある。元々私は、店長たちに避難を呼びかけるためにこの地に来た。

でも、店長が一人で逃げないのは分かっている。


だからこそ、その手伝いが必要なんだ。

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