第19話対戦!勇者マリウス2
「うん、うん、いいね! ヴェルド君。君、たまらないね! 召喚したその日に、これだけ体を馴染ませてくるなんて、すごいじゃないか!」
上機嫌のマリウスは、口調とは裏腹に、私の体にダメージを与え続けていた。
全く本気じゃないのは分かっている。
でも、何度も死ぬかもしれないという攻撃を放ってきていた。
致命傷になる可能性のあるものが来たかと思うと、明らかに隙を見せて攻撃を誘ってくる。その誘いに乗ると、すかさず反撃がやってきた。それらを巧みに織り交ぜて攻撃してくる様は、まさに打ち寄せる荒波を思わせた。
いや、違うか。
私が攻撃できたのは数えるほどしかない。攻撃した分、防御がおろそかになり、手痛いダメージをこうむってきた。だから無意識に攻撃の手が止まってしまう。
すでに剣は攻撃を忘れ、受け流すものとなっている。
私の回避や防御が成功し続けると、ますます怒涛のごとく攻めたててくる。
そうすると、またしのぐことで精一杯になる。
悪循環のただなかで、私は必死にその出口を探している。
よく耐えているものだと、我ながら感心する。この体だから、耐える事が出来ているのだと思う。
なおも続くマリウスの攻撃。
右から、左からとバランスよく放たれる拳。しなやかな鞭のように、手元で大きく変化するものがあると思えば、そのまままっすぐ伸びてくるものもある。
軽い一撃から、重い一撃まで、千変万化の拳がやってくる。
しかも、それだけじゃない。
拳だけを追っていると、足元をすくわれる。
足は、より一層注意が必要だった。
蹴りだけではない。
前にいたかと思えば、一瞬にして横や後ろに移動している。
しかも、前後左右だけじゃない、頭の上からも攻撃が降ってくる。
その機動力が、その足から生まれていた。
まったく手も足も出ない。
マリウスという檻の中で、ただひたすら亀のごとく縮こもっている私がいた。
その動きはまさに嵐のように激しかった。さながら
暴れ狂う風と雨。とても、よけきれるものじゃない。
盾があって本当によかった。剣だけでは、防ぎ切れたかどうか……。
赤く染まったイメージは、染まっているだけで赤くはない。それは楽しそうにしているマリウスが、全く本気でない証だった。
まったくいいように遊ばれている。
だけど、だんだん動きは予測できるようになってきた。
「でも、守ってばかりじゃ、あたいを倒せないよ! ほらほら!」
そんなことは言われなくても分かっている。でも、攻撃に転じようにも糸口が見えない。下手な攻撃は、カウンターの餌食になるだろう。
しかし、私の攻撃って、こんなにも切れがなかったのだろうか?
公式に試合をしたことがないから、本気の相手との中で動く、自分の技の切れがわからない。
素振りは欠かさずしていたけど、道場に通わなくなった時から、他人と比較する事が出来ていない。
でも、そうか……。家でしてたのは、ただの素振りだった。
何となく言われたから、してただけだった。
何かを得るために、目的をもって、してたわけじゃなかったんだ……。
だけど、いまさらそれを後悔しても仕方がない。
防御を捨てれば何とかなるかもしれないけど、今、盾を手放すことなんて考えられない。
致命傷を、何とかそれで防いでいるのだから……。
でも、マリウスの言うように、攻撃しなければ、この状況は終わらないだろう。
ただ、守勢に回っている分、イメージ通りの反撃も出来ないでいる。
しかも、瞬時に前に出る事が出来ない。
当たり前か……。守りを主体にしているのだから……。
でも正直、剣道では経験がないとはいえ、喧嘩や母さんに、これだけもてあそばれた記憶はない。
手も足もでなかった分、悔しさだけがこみ上げてきた。
何とか、一矢報いたい。
そう思った時、またマリウスの左肘が、やや上に上がっていた。
この動きは、今まで観察し続けた中で、いくつか発見したマリウスの癖だ。
この後、左の正拳突きがやってくる。
やってきた拳を剣の腹で受け流しつつ、右足の蹴りを盾で防ぐ。
恐らく本人は意識してないに違いない。
一連の攻撃の中で、この流れが一番予測しやすかった。
右足の蹴りは左の突きが流された力を利用して蹴りあがってくる。
素早さを上げるために、体にパターン化された流れがしみついているのだろう。
そして、このパターンは結構な頻度でやってくる。
これだ! これで、一矢報いよう。
正直に言って、マリウスの左から来る攻撃はかわしづらい。でも、その発動は予見できる。ならば、突きそのものに、攻撃を当てればいい。
左手の突き狙い。
剣道の常道からは外れるけど、そもそも盾を持っている時点でその動きはしていない。染みついた体の動きがない分、頭で意識して体を動かさねばならない。それでも、今まで何とかなっている。
ならば、できるはずだ。
猛然と攻撃が繰り返されるなか、軽い興奮を覚えつつ、じっとその機会を狙っていた。
大ぶりの回し蹴りをギリギリでかわしたその瞬間、マリウスの左肘がやや上がっていた。
くる!
「頭!」
その刹那、頭の中に
その意味を考える暇はない。
後ろに流れた左の盾を、無理やり頭まで持ち上げた。
その瞬間、鈍い音と共に視界が消え、気が付くと、私は地面をなめていた。
なんだ?
頭がくらくらする。その瞬間、何も入ってない胃袋が締め付けられる感覚と共に、盛大な吐き気に襲われていた。ただ、何も胃に入ってなかったから、それも無駄に思ったのかもしれない。
それ以上、吐き気には襲われなかった。
一体何が起きた?
徐々に回復する意識が、あの瞬間をフル回転で再生しだした。
あの時、突きが来るのに合わせて、退きながら、その位置に剣を振るっていた。
飛びのきざまの一撃の為、威力を上げるためには、上半身の力で振り下ろす必要があった。
振り切った右腕につられ、私の上半身は沈む不完全な体勢。そんな体勢の中、無理やり左腕を引き戻したからバランスが無茶苦茶になったのか……。
そして、何故か後頭部に攻撃を受けたという事か……。
でも、一体どうやって……? あの瞬間まで、マリウスは前にいたはずだ。
「うーん、だめだよ、ヴェルド君。あんな初歩的なフェイントに引っ掛かっちゃ。君、あたいの動きに癖を見つけたよね? あれ、演技だから。当たり前でしょ? 君みたいに頭であれこれ考えるタイプは、理解しやすいように動いてあげると、勝手に自分の理解が正しいんだと思うんだよね! ある意味、とっても戦いやすいんだ!」
にこやかに笑うマリウスが、目の前にいた。
「それと、あたいがクズの掃除に出かける前にさ、君の右側に回ったよね。右利きなのは、服を奪い取った時に確認しているから、そうしたんだけどね。あの時、君の右足は前に出していた。それでピンときたよ。たぶん君は日本で剣道をやっていた。でも、丸腰でも物怖じしなかったから、ちょっと自信はなかったけどね。少なくとも、何らかの武道をやってた事はわかったよ。まあ、あたいは素人だから、そのあたり詳しくないけど。クズの中に、たまにそんなのがいたからさ。でもさ、剣を構えた時に確信したよ。君は剣道の経験がある。ただ、この世界で剣と盾を装備したら、右足は後ろじゃないと動きづらいでしょ。まだ、頭と体がうまく連動してない時に、そんなことしたら、変になっちゃうよ? あと、さっきの攻撃は、少しだけ速度を上げて、右で君の後頭部を蹴った。とっさにガードしたみたいだから、ダメージは軽減されてるよね。まあ、あの動きが見られただけ、あたいは満足だよ。まあ、合格かな? 立てるかい?」
マリウスの差し出すその手をつかむ。立ち上がりはできたけど、気分は地面を這いつくばったままだ。
いいように、あしらわれていたのか?
しかも、たったあれだけのことで、私の経験を見破っている?
そして、それを教えるために、これを計画したのか?
いやいや、それは考えすぎだろう。
この装備を見た時、怒ってたじゃないか。
いや、でも……。
相変わらずマリウスの表情は満足感で満たされている。
言われてみれば、右手に剣、左手に盾をもって構えた時に違和感があった。
妙に力が入らない。鋭くつけない。振り下ろせない。
それもそうだ。
右足が前に出て、右手で剣を振り下ろすのは、右手の力だけしか剣にのらない。
その動きは精細さを欠き、技に切れを無くしてしまう。
何よりも体のバランスが保てずに、連続した動きが出来にくい。
緊張した小学生の入場行進みたいなものだ……。
そして剣は、本来両手で構えるものだと頭で考えてしまっていた。
起点は左足、前に出るのは右足。だから、力が入るのは当然左手だ。
その左手を防御にまわしているから、攻撃できないんだ……。
頭と体が別のことをしてしまえば、体が混乱するのは当たり前だった。
悔しいな……。
「ヴェルド、どうするの」
「そうだね……。まあ、これは新しい私のわがままだよ」
這いつくばっている気分を無理やり蹴り起こす。精霊たちの力を借りるのは簡単かもしれない。ひょっとすると、いい勝負が出来るかもしれない。
でも、これはそれ以前の問題。
君たちの力が必要なのは、たぶん今じゃない気がする。
心の中で思ったことが、そのまま精霊たちに伝わっていた。
「もう、頑固だね」
「あきれて物も言えぬ」
「汝のおもうままに」
「ちゃんと記録だね」
「危なくなったら、俺を使え」
「ヴェルド君がいいなら」
「ん……」
「泣いたって、助けへんわ」
言いたいように言ってくれる。でも、みんな、私の意地を認めてくれていた。
それだけに救われた気分だった。
「ならば、盾を捨てるまで!」
盾を捨てて、剣を両手に持ち直す。
剣を正眼に構え、心を落ち着ける。
本来の構えにかえった瞬間、次第に心は落ち着いてきた。
「おっ、いいね! その根性、気に入ったよ! じゃあ、とびっきりきっついの、お見舞いしてあげる!」
マリウスがさらに赤く染まっていく。じりじりと焼き尽くすような圧力が迫ってくる。
でも、私の心は落ち着いていた。
静かだ……。
イメージは、この場所と一体になること。
自分の呼吸、マリウスの呼吸。大地の息吹、空の息吹を体に感じる事が出来ていた。
その瞬間、私の周りから一切の余分なものが消えていた。
澄み渡る湖の水面のように、心は静かに落ち着いていた。
真っ黒な世界の中、マリウスの燃えるような赤が、きわめて不気味に見えていた。
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