第20話、次代の色
夏休みが終り、2学期が始まった。
沈む夕日に、去り行く夏を感じる9月・・・
あんなにうるさく鳴いていた桜の木の蝉も、いつしかその謳歌の終演を迎え、代わりに、夕暮れが近付く頃、その根元の草むらからは、虫たちの声が聞こえ始めて来た。
生徒たちの制服にも、合服が見られるようになったある日、杏子は、アルトの星川を職員室へ呼んだ。
「 あ、星川さん、お昼休みなのにゴメンなさいね。 こっちに入って 」
杏子は、職員室脇の生徒相談室へ、星川を招き入れた。
「 なあに? 杏子先生。 相談って 」
置かれてある会議用テーブルのパイプイスに腰掛けながら、星川は聞いた。
「 実はね、次期役員の事なの 」
杏子もイスに座ると、星川に言った。
「 役員? 」
「 そう。 今度の本番が終わると、3年生たちは引退でしょ? 新しい部長なんかを決めなくちゃならないの 」
「 そっかあ・・ 引退なんだ、センパイたち・・ 」
「 あたしが新任で来て、あなたたちに出会ってから、もう半年以上が経つのよ。 早いわよねえ・・・! 」
「 もう、9月だもんね。 何か、あっという間だよ。 でも、すごく充実してる。 あたし的にはね 」
杏子は、少し笑うと答えた。
「 ・・いい事ね、充実してるって思えるのは 」
「 それで、役員の相談って・・ 何で、あたしなの? 」
杏子は腕組みをすると、星川に言った。
「 あのね・・ 星川さん、部長やってもらえない? 」
星川は驚いた。
「 ええ~っ? あたしぃ~? 部長やんのォ~っ? 」
「 3年生の3人からも、全会一致でオファー、来てるわよ? 」
「 だって・・ 他にも、千穂とか良美とか・・ 有希子や、優子だっているじゃない~ 」
「 小山さんの名前が出てこないトコが、意味深ね 」
杏子が笑う。
星川は、他の2年生たちを思い浮かべながら言った。
「 ・・確かに、有希子や優子は、ちょっと押しが弱いから置いとくとしても、良美は・・ う~ん、ムリか・・ 品位が・・・ でも、千穂なら・・・ ダメだ、エプロン姿で楽器いじってるトコしか、想像つかん・・! え~っ、でもォ~・・! 」
「 あたしも星川さんなら、って思ってたの。 あまり気負う事ないわ。 この部は、みんなで話し合ってやってる部だから。 企画会議なんかで、議長をやるようなモンだと思えばいいのよ 」
不安気に、星川は言った。
「 う~ん・・ 出来るかなあ・・・! 確かに、問題なくアットホームな部だけど、改めて部長となると・・ 何か、キンチョーするなあ~ 」
「 大丈夫よ・・! お願いね。 襲名披露は、本番後の打ち上げ会で、正式にあたしからみんなに報告するから。 一言、挨拶してもらおうか・・ 何か、考えておいてね 」
「 ひええ~、所信演説ですか~? 1年の子たちに頼られるような、しっかりした先輩にならなきゃ・・! 」
杏子は、備え付けのポットからお茶を注ぎ、星川に出しながら言った。
「 ・・3年間なんて、あっという間ね。 右も左も分からず、ゴタゴタしてたら、いつの間にか、もう3年生・・・ 時間が経つのって、不思議ね 」
星川は、出されたお茶をひと口飲むと、答えた。
「 みんな、いつかは卒業して行っちゃうんだね・・ 何か、寂しいなあ・・・ ずっとこのまま、ここで吹奏楽部員していたいな、あたし 」
杏子が、肘を突いた両手で湯飲みを持ったまま、笑いながら言った。
「 いいね、そんなの。 神田さんが、おばあちゃんになってトロンボーン吹いてるトコ、見てみたいわ。 きっと、スライド鉄砲にも、年季が入ってる事でしょうね 」
「 亜季なんか、その辺のスナックの、ケバいママになってるよ、きっと! 」
星川も笑った。
やがて、真顔に戻った星川が、しみじみと言った。
「 ・・来年、また1年生が入って来て、あたしたちは引退か・・ そのまた来年、1年生が入って来て、美智子たちが引退・・ 部員のあたしたちは、とりあえず自分たちの代が終われば、あとはOGとして現役を離れられるケド・・ 杏子先生は、そんなワケにはいかないんだよね・・・! 上手な吹き手に育っても、いつかは居なくなっちゃうんだから、また、イチから指導のやり直しでしょ? 大変だなあ・・・! 」
湯飲みを置き、それをじっと見つめながら、杏子は答えた。
「 ポジティブに考えなきゃ、って思うの。 春が来て・・ 桜が咲いて、新しい草木が芽吹く頃・・ 新しい仲間が入って来る。 新しい個性が、新しい譜面に音を書いて行くのよ・・・ あたしは、それを指揮棒でまとめていくの。 毎年、毎年・・・! きっと、色んな色の五線譜になるでしょうね。 それはそれで、きっとキレイよ? ハデな色になる年もあれば、落ち着いた色の年もあるかもしれない。 あたしは、それを毎年、見守っていられるんだ・・ ってね 」
星川が聞いた。
「 今年は、何色なの? 」
「 何色かなあ・・・ でも、毎年、部員は入れ替わって新しくなるんだから、若々しい色が毎年、付くんだろうね・・ 若葉のような、薄い緑とか 」
星川が、思い付いたように言った。
「 ね、杏子先生・・! その色、ウチのコーポレートカラーにしようよ! 譜面台の紙カバーとか、プログラムの表紙に使うの。 ありきたりの青とかなんかより、いいんじゃない? 」
「 そうね・・ 若葉のような色か・・・ 若々しくて、いいかもね 」
「 青雲学園なんだから、青が妥当だと思うんだけど・・ それって、何か安易でしょ? 普通っぽいし・・・ どうせ使うなら、ワンポイントで使いたいな。 フォントの色とか。 う~ん、淡いグリーンかあ・・ 安っぽくならないようにデザインしなきゃ! これ、あたしの部長としての課題ね 」
「 星川さん、美大の進学希望だったわね。 打って付けじゃない。 色々、整備してくれる? プログラムのヒナ枠があると、毎年、担当者が悩まなくて済むわ 」
杏子が提案した。
「 そうだね! ・・よしっ、頑張っちゃう! 今年のプログラム担当は、加奈センパイだから、手伝う事にするね! 加奈センパイ、イラストは得意なんだけど、レイアウトが面倒くさいって言ってたし・・! 」
水を得た魚のように、星川は、イキイキと答えた。
「 あれ? 美里センパイ、こんにちは。 あ、杏子先生もいるの? 」
ドアの外を通り過ぎ、後ろに仰け反るように頭だけをドア越しに戻すと、相談室にいる2人に向かって、チューバの鬼頭が挨拶した。
「 あ、鬼頭さん、丁度良かった。 コッチに来て 」
杏子が呼ぶ。
「 プリントの集配? ちょっと時間ある? 」
杏子は、もう1つあったパイプイスを出しながら、鬼頭に聞いた。
「 はい、提出係りだったんで・・ 2人して、ナニ語ってたんですか? お茶なんか飲みつつ・・ 」
「 実はねえ、次期役員について相談してたの 」
杏子は、湯飲みを出すと、鬼頭にもお茶を注ぎながら言った。
「 次期役員? あ、そうか・・ 今度の演奏会で3年のセンパイたちは、引退なんですね。 あ・・ すみません 」
出されたお茶に対し、軽く礼をすると、鬼頭はイスに腰掛けた。
ポットの蓋を取り、中の残量を確認しながら、杏子は鬼頭に言った。
「 鬼頭さん、あなた、副部長やってくれないかしら? 」
ブッ、と飲みかけのお茶を吹きそうになり、鬼頭は湯飲みを慌てて置くと、ゴホゴホとムセ始めた。
「 ・・だ、大丈夫っ? そんな大それた事、言ったかしら? あたし・・! 」
杏子は、慌てて鬼頭の背中を擦った。
「 ご、ごめんなざい・・ ゴホッ、突然だっだもので・・ ゴホッ、ゴホンッ! オエェ~・・!」
「 副部長かあ~、いいね、杏子先生! 組織らしいし・・! 」
星川は、賛成のようだ。
杏子は追伸した。
「 今まで、部員数が少なかったから、役員は、部長1人しかいないのね。 でも、これからは、もっと組織だった活動が必要となって来ると思うの。 だから、役員も増やしておこうと思ってね 」
やっと落ち着いた鬼頭が答えた。
「 ・・それを、話していたのね? ふう・・ お茶が、鼻に入っちゃったよ・・! 美里センパイが、ここにいるってコトは、センパイが部長、やってくれるんだ 」
杏子が言った。
「 さすが、あたしが見込んだ副部長ね・・! その通りよ。 今、星川さんから、承諾を得たばかりなの。 どう? 星川さんの補佐役として、頑張ってくれないかなあ 」
しばらく考え込む、鬼頭。 やがて、杏子に聞いた。
「 ・・あたしを選んだ理由は、何ですか? 」
「 それは、あなたが一番良く分かってるはずよ? 他の子たちだって、候補がなかったワケじゃない。 発言が多くて明るい子もいれば、とにかく真面目に練習する子もいる。 みんなそれぞれに、長所はあるわ。 でも、まとめ役として、みんなを引っ張っていくには、それに適した性格ってものがあるの。 そういった役職に就いて、初めて潜在能力を開花させる人とかね・・! 」
鬼頭は、少し照れながら答えた。
「 杏子先生の買い被りじゃないと、良いんだけどね・・! でも、美里センパイとなら、いいかな? 」
星川も答えた。
「 あたしも、晴美だったら出席率もいいし、大賛成! 相談したいと思った時に、いつも、いてくれる子じゃなきゃ・・! みんなも、晴美なら、きっと納得すると思うよ? 」
杏子は、机を1つ、両手で叩くと言った。
「 よしっ、決まり! 新生青雲学園吹奏楽部 2代目は、これで安泰よ! 」
鬼頭が提案した。
「 杏子先生、会計も要ると思うんだけど・・ 」
「 さすが、新副部長。 いいトコに気が付いたわね! 部費の徴収も、人数が増えたから大変ね。 誰がいい? 」
杏子が2人に聞くと、星川が、鬼頭の顔を見ながら言った。
「 奈津美は、どう? 」
「 うん、賛成! 奈津美、暗算、得意だもんね 」
即答した鬼頭に、杏子は言った。
「 あら、そうなの? ・・藤沢さんって、ホルン吹いてる時も、いつも寡黙に練習してるから、何となくイメージ通りなトコあるけど・・・ 」
鬼頭が答えた。
「 マックで清算する時も、あっという間に計算しちゃうんだよ? しかも、消費税込みの、1円単位まで。 あたしたち、『 歩く電卓 』って呼んでるもん 」
杏子は、笑いながら答えた。
「 そりゃ、スゴイわね! それこそ、潜在能力かも。 ・・あ、潜在してないか・・ 既に、活躍してるもんね? 」
3人の笑い声が、相談室に響いた。
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