第43話 その噂は危険です
「そうだ。待ち合わせなんだ……!」
朝起きて、その状況に衝撃を受けた月曜日。
私はあわあわとしながら、今まで以上に念入りに身支度をととのえた。
「香水とかつけるべき? いや、今までバイト中とか汗かいたままだったし……って、私失礼なことしすぎてた!?」
人様と一緒に働いているというのに、相手が困るようなことをしていたかもしれない。汗の臭いがしてたとしたら、本当に申し訳ない。
今更そういうことが気になって、でも香水じゃあまりにも意識しすぎだと思う。
「香水は……槙野君が気になった頃に、買ってみたんだっけ」
机の引き出しの一つは、私のほんのちょっとだけ買いそろえた化粧道具とか、ブラシとか髪留めなんかが入っている。
鏡を見るのも、ぜんぶ勉強机でやっているから、ここに入れているのだけど。
「考えてみれば、亜紀のことがあってから全然手を出してないな」
化粧水や日焼け止めぐらいは使うけど、それだけ。
槙野君がかかわるあの一件を思い出しそうで、嫌だったんだよね。
「でもせっかくあるし……」
お化粧そのものをするのはあれだけど、少しは気を使った方がいいと思う。
「やぼったすぎる人間が隣にいるのも、こう、申し訳ないし」
自分に言い訳をしながら、どうして落ち着かない気持ちになるのかは気にしないようにして、ほんの少し香るか香らないかわからない程度にだけ、香水を手首につけてみた私だった。
でもいつも通りのはずが、多少なりと気合が入ってしまったらしい。
「あら、今日は学校でなにか写真撮影でもあるの?」
お母さんに聞かれてしまった。
私が身ぎれいにするのは、何か行事があって写真を撮る時ぐらいだから、そう思ったんだろうけど。
「ほら、私だってもう高校生なんだし。少しはどうにかした方がいいかと思って。日焼け止めも塗ってるし」
苦しい言い訳をして、私は家を出た。
待ち合わせた公園には、約束の五分前だというのに、もう水色の記石さんの車が止まっている。
私は周辺に人がいないことを確認して、さっと車に駆け寄って急いで乗った。
「よ、よろしくお願いします!」
「そう気張らなくていいよ。いわばこれは、僕の方からするとお礼みたいなものだし」
車をスタートさせた記石さんがそう言う。
「お礼、ですか?」
「柾人に感情を食べられているわけだし、一応僕が管理している鬼だからね。無償で食事をさせてもらっているお礼をしないと……と思っていたから」
「無償ではないと思います。ずいぶん柾人にも助けてもらっていますから」
三谷さんに襲われた時も、その前の亜紀に殺されかけた時だって。
私はそのお礼の分だから、と思っていた。
命を救ってもらった対価なのに、嫌な感情をピンポイントで食べてもらうというのも申し訳ない気がしたぐらいで。
そもそも指定した感情だけなので、思い悩んでぐじぐじすることもなく、切り替えが上手くいくので助かっている面もあるのだ。
「感情を奪われるというのは、どんなものであっても重いものです。失うことによって、記憶すら薄れてしまう」
「記憶……。そうかもしれません。重要だと感じなければ、忘れてしまいますものね」
気持ちを切り替えられるのも、そのおかげだ。
覚えているから思い悩む。
一方で、辛くても大切な記憶すら、消えていくことを認識もしなくなる。
「便利だと思ってしまっていました。もうちょっとしっかり考えます」
助けてくれたお礼だという意識は変わらないまでも、その記憶を失ってもいいのか、それをきちんと考えて柾人に指定しよう。
そう思って答えると、記石さんは微笑んだ。
その表情が、どこか儚いような気がしたのは……気のせいだろうか。
なんにせよ、無事に学校へ到着した。
気づいたら別の場所にいる、というのはぞっとする経験だったから、問題なく登校できただけでも安心できる。
でも記石さんに「気づいたら学校内にいたのですから、学校の人間にも気をつけないといけないでしょう。今までの事件も、あなたの学校に通う人だったわけですし」と言われて、気を引き締める。
ふん、と鼻息荒く校内へ。
でも下足箱から廊下へ出たところで、誰かに声をかけられて……。
「…………」
気づいたら、教室にいた。
荷物はまだ机の上。席に座っていたけど、いつ座ったのか全く覚えていない。
そしてホームルームの最中だけど、ちらちらと私を振り返る人がいる。
男女関係なく……だから、余計に何が起こったのかわからない。
記憶がなくなった間に、何があったんだろう。
考えてもわからない。
ただ変な胸騒ぎだけを感じていたら、ホームルームが終わったとたんに芽衣と沙也に囲まれた。
「ちょっと美月! あの噂何?」
「噂って?」
「まさか実に覚えないとか? でも堂々としてたって聞いたんだけど」
まさか記石さんの車に乗せてもらったのを見られた!?
と思ったら。
「槙野君とすごい親し気だったって。付き合ってるって噂が立ち始めてるよ!」
沙也が教えてくれた内容に、私は目を丸くした。
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