第36話 嵐の前の静けさ
問題の舞島さんは、翌々日には登校してきた。
……額に包帯を巻いた姿で。
周囲どころか、クラス中、他のクラスで事件を聞いた人は、みんな彼女を心配していた。だから登校してすぐに彼女は人に囲まれて、いたわりの言葉を沢山もらっていた。
顔が傷ついて辛くてたまらなかっただろう舞島さんは、気づかいの言葉にほっとしたようだ。
「でも傷がおでこの方だったから、しばらくは前髪で隠せそうだし、時間をかけたら目立たなく出来そうなの」
そう聞いて、みんなホッとしたらしい。
私もその一人だ。
一方で、不気味に思われ始めている人もいた。
三谷さんだ。
この二日ほど、怪我をした舞島さんと間違われ続けた。
しかも彼女は、舞島さんとクラスが同じだったらしく、余計にそれが目立ったみたい。
「どうして私達、見間違えたの?」と。
不思議に感じる人達が、なんとなく三谷さんを遠巻きにしているようだ、と耳にはさんだのは、彼女の動向について目を光らせていた沙也だ。
「でもなんでだろうね。怖い感じがするけど……」
沙也がそう言うのも無理はない。
欠席した誰かと見間違われるなら、髪型が同じとか、何か共通点があるものだけど、三谷さんにはそれがない。
だから余計にみんな不気味がったのだ。
でもそんな話も本物の舞島さんが来たので、すぐ下火になった。
それに、彼女がそのうちに治る傷で済んだ事で、カラスに怯えていた子達も少し安心したみたいだ。
学校が駆除してくれたみたいだし、もう気にしなくていいね、と。
そんな状態なので、舞島さんが他の男友達と一緒にいた槙野くんに声をかけられても、「良かったね」という空気で、周囲の人に見守られていた。
「怪我、大丈夫なの?」
「う、うん。思ったほどひどくなく済んだの」
「それはよかった。遠くで騒ぎになったの聞いてたし、こいつもえらく心配しててさ」
槙野くんにこづかれた男子生徒が、「当たり前だろ」と苦笑いする。
「男だってあんなの嫌だろ。しばらくカラスは見たくないわ……」
「私も……」
溜息をついていた舞島は、放課後に友達大勢と一緒に、固まるようにして帰って行った。しばらくは集団下校みたいな感じになるんじゃないかな。怖い思いをしたばかりだもんね。
でもその翌日、三谷さんは頬に大きなガーゼを張り付けて登校してきた。
登校途中の道で見かけた時、私は目を見開いて、何度も見直してしまった。
え、あからさますぎ!?
「でも額じゃないから……セーフ?」
なんて悩んでいたけれど、沙也と芽衣の判定はアウトだった。
「さすがにあれは……」
「ねぇ? 意識しすぎだってバレバレになるんじゃない? 私達が沙也のことで意識しすぎならいいんだけど」
「だよね」
二人の判断に、やっぱりそうかと思う。
これで今までに何もなかったのなら、ただ彼女も怪我をしたんだなと思うだけだったんだけど、不気味なほど舞島さんと見間違えられる一件があった後だ。
「本当に怪我だったら仕方ないけど……」
私はむしろ、本当に怪我であることを祈った。
でもその日のうちに、三谷さんがこっそりと頬のガーゼを貼り替えているところが目撃されて、無傷だったらしい。
芽依や沙也が危惧した通り、その日から三谷さんはクラス内で遠巻きにされ始めた。
遠巻きにされるようになってから、だんだんと三谷さんに関する噂話が流れるようになった。
――いつも誰かの真似してるよね。
――お揃いお揃いって、けっこううるさかった。
あちこちで女子達が話している内容は、おおよそそういうものだった。
「噂っていうか、ほんとのことが広まっただけっていうか」
ドライな芽衣の評価に、私は苦笑いしてしまう。
「ま、これで沙也の真似をしても、すぐに周りから真似っこていわれるんじゃない?」
「それで止めてくれればいいなぁ」
被害を受けた沙也としては、事態が終息してくれればそれで、と思っているのだろう。
「さすがにこの状況では、沙也の真似はしきれないんじゃないかな」
「情報収集もできないだろうしね」
芽衣が皮肉気にそう言うのは、私達のクラスにいる三谷さんの友達までもが、彼女を避け始めたからだ。
これだけ悪い噂が広がって公然と非難されている中、交流するのは勇気が必要だ。何より嘘じゃないので、三谷さんを庇うこともできない。
自分に注目を集めたくて怪我をしたんだろう、って思われているんだもの。
一方、沙也はこれですっかりと安心したようだ。
次の日に学校で会った時は、以前のようにかわいく髪を結んで、ちょっとしたおしゃれなのか、腕に赤いリボンのような腕輪をしてきていた。
下駄箱の前で会った私は、それに気づいた。
「それ何? 新しく買ったの?」
「お姉ちゃんからもらったの。静電気除けだっていうから。私帯電体質なのか、わりと鉄とか触るとバチバチくるのよね」
梅雨は嫌いだけど、湿度上がると収まるから雨が降ってほしい、と言いいながら、沙也は自分の靴を下駄箱にしまう。
そういえば今日はからっとした晴れの日だ。
「あれっ、それ私と同じ……」
ちょうど通りかかったクラスメイトが、沙也の手首を見てそう声をかける。
沙也は照れたように言った。
「あ、会田さんおはよう。実は会田さんが冬にしてるの見てて、いいなと思ってたの。真似しちゃった」
「そうなんだ。思ったより効くよそれ。リボンについてるその金属部がね、放電してくれるとかって説明に書いてあったな」
クラスメイトの会田さんによると、静電気に効果がしっかりとあるらしい。
「私も真似して買おうかな……。冬までに見つけておこ」
私も冬には静電気女になってしまうのだ。髪のコンディショナーを忘れたりすると、髪がぶわっと悲惨なことになってしまう。
「んー、今って時季外れだからもしかすると売ってないかも?」
会田さんが困ったように言う。
「秋になったら探せばいいんじゃない? 私もいくつか欲しいから、一緒に探そうよ」
「そうしようかな」
沙也に誘ってもらえて、私は思わず笑みが浮かぶ。
今年の冬は、静電気で痛い思いをすることが少なくなるかもしれない。
そんな風に浮かれていた。
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