第百五十二話 命を奪う妖達

 誰も予想できない事態が起きた。

 今まで、数少なかった妖達が一斉に獄央山から、大量発生したのだ。

 妖達を目にした人々は、呆然と見上げ、体を震わせた。

 殺されると感じたのだろう。


「あ、妖が、迫ってくるわ!!」


「逃げろ!!」


 妖を目にした人々は、逃げ惑う。

 和ノ国は、大混乱に陥った。

 逃げ惑う人々であふれかえっている。

 我先に建物へと駆けこむ。

 子供が転んでも、助けようともせず。

 もみくちゃにされながらも、必死に、人ごみの中を通り抜けようとする。

 恐ろしくも、醜い様だ。

 妖達は、着々と、街へ平皇京へと向かっていく。

 まだ、都ではなく、一つの街で暮らしていた城家は、城家の敷地外に立つ。

 人々から妖を守るために。


「城家の者は、戦闘態勢に入れ!!妖をここへは入らせるな!!」


 瀬戸の父親が、城家の者に指示を出す。

 普段ならば、なぜ、鳳城家が指示を出しているのだと、怒りを露わにするだろう。

 だが、今は、そのような事を言っている場合ではない。

 妖達が、迫ってきているのだ。

 城家の者は、武器を取り出し、構えた。



 屋敷の外に出ていた葵は、呆然としている。

 まさか、先ほど見た未来が、すぐさま、現実になるなど思ってもみなかったようだ。


「そんな、どうして……」


「葵、しっかりしろ!葵!!」


「そ、そうだった。しっかりしなければ……」


 呆然としている葵に対して瀬戸は、葵の体を揺さぶる。

 冷静さを取り戻そうと。

 瀬戸のおかげで葵は、我に返ったようだ。

 ぼうっとしている場合ではない。

 すぐさま、妖達を食い止めなければと。


「私達も向かおう」


「うん」


 葵達もすぐさま、敷地外へと向かった。

 妖達を屋敷の中に侵入させないために。



 妖達は、一斉に、分かれ、都へ街へと侵入する。

 妖達と戦ってきたことがない者達は、逃げ惑うが、妖に貫かれ、食い殺され、八つ裂きにされる。

 無残な姿となった者達もいる。

 まるで、生き地獄のようだ。

 それでも、城家の者達は、術を発動し、武器で、妖を切り裂いてく。

 しかし……。


「ぐわっ!!」


「きゃああっ!!」


 聖印を持たぬ城家は、妖を討伐することすらできない。

 天城家が生み出した武器は、特殊な力が込められている。

 ゆえに、一般隊士でも、妖達を討伐で来たのだ。

 だが、それも、聖印があっての事、何の変哲もない武器では、妖に対抗する事は、不可能に等しい。

 そのため、妖達は、次々と城家の者を殺していった。


「く、くそ、どうなってるんだ……」


 妖が大量発生したことにより、城家の者は、戸惑っているようだ。

 なぜ、急に、妖達が、発生したのか。

 原因は、不明だ。

 それより、妖達を何とかしなければ、人々は、滅んでしまう。

 城家の者達は、その事が頭をよぎり、不安に駆られた。


「や、屋敷の方は、大丈夫でしょうか?」


「千城家の者が、結界を張っている。そう簡単に突破などできないはず」


 屋敷がどうなっているか、気になっている者もいるようだ。

 だが、千城家の者が、結界を張っている。

 結界術を得意とする千城家だ。

 問題ないと思っているのだろう。 

 だが、そんな予想もむなしく、妖達は、一斉に結界へ突撃し、いとも簡単に、結界を破壊した。

 やはり、聖印なしでは、敵わないようだ。


「なっ!!」


「あ、妖が屋敷に!!」


 結界が破壊され、妖達が一斉に屋敷へと入っていってしまう。

 その光景は、葵も目にしていた。


「妖達が……」


「このままでは、母様たちが……!」


 葵は、危機を感じたようだ。

 屋敷には、舞耶がいる。

 彼女も城家の者であるが、戦う力は、微弱。

 ゆえに、屋敷にこもっているのだ。

 このままでは、舞耶の命が危険に晒されてしまう。

 そう感じた葵は、すぐさま、屋敷へ戻った。


「葵!!」


 瀬戸も、葵を追いかける。

 葵を守るために。



 葵は、皇城家の屋敷へと戻っていた。

 しかし……。


「ひっ!!」


 葵は、立ち止まり、思わず、悲鳴を上げてしまう。

 なぜなら、屋敷にいた人々が、無残にも殺されていたからだ。

 血が飛び散り、中には、腕や足、首を斬り落とされたものがいる。

 何とも、むごいことであろうか。

 屋敷内は、すでに地獄と化していた。


「現実に、なってしまった……」


「え?」


 葵は、声を震わせ、呟く。

 神の目で見た未来が、現実になってしまったのだ。

 愕然とし、よろめく葵。

 そんな葵を瀬戸は、戸惑いながらも、支えた。

 彼女は、一体何を知っているのだろうかと。

 葵は、体の震えが止まらない。

 心を落ち着かせるために、息を吐き、あたりを見回す。

 妖達は、ここにはいない。

 しかし、油断は、禁物であった。


「か、母様を探さないと!!」


 葵は、血相を変えて、進み始める。

 舞耶を探すためだ。

 瀬戸も、葵の後を追った。


――母様、無事でいて。お願いだから……。


 葵は、舞耶の無事を祈りながら、襲い掛かってくる妖達の攻撃を回避しながら、舞耶の部屋へとたどり着き、部屋の中へ入っていった。

 しかし、現実は、時に残酷だ。

 舞耶は、体を貫かれ、目を開けたまま、血を流して倒れていた。


「母様!!」


 葵は、舞耶の元へ駆け寄る。

 すると、舞耶は、葵に気付いたのか、視線を葵に移した。

 息をするのがやっとのようだ。


「あ……おい……。無事だった……のね」


「しゃべらないでください!今、止血しますから」


 葵が無事である事がわかり、舞耶は、安堵する。

 葵は、舞耶を助ける為に、治療を開始した。 

 だが、葵は、治癒術を身に着けていない。

 いや、治癒術は、特殊な術だ。

 千城家でさえも、身に着けている者は少ないという。

 ゆえに、葵は、自分の衣服を裂いて、傷口に押し当てる。

 だが、血はとめどなくあふれ続けていた。


「血が止まらない……」


 血が流れ続け、焦燥に駆られる葵。

 その時だ。 

 瀬戸も、衣服を裂いて、傷口に押し当て始めたのは。

 舞耶の治療に取り掛かってくれたのだ。

 しかし……。


「葵、私のことは……もう……」


「嫌です!!絶対に、助けます!!」


 舞耶は、あきらめているようだ。

 もう、死が近いと悟っているのであろう。

 だが、葵は、あきらめるはずがなかった。

 舞耶を死なせまいと。

 そんな葵を見て、舞耶は、微笑み、葵の頬に振れた。


「葵、ごめんねさいね。お前に辛い思いをさせてしまって」


「そんな事、一度も思ったことはありません!これは、私が、決めたことですから」


 舞耶は、葵に謝罪する。

 おそらく、男として生きさせたことを悔いているのであろう。

 静居を守るためとはいえ、葵に辛い思いをさせた。

 苦労をかけさせてしまったと。

 葵は、首を横に振る。

 辛い思いなどしたことはない。

 後悔だってしていない。

 なぜなら、葵自身が、決めたからだ。


「優しい子だね。お前は……静居を……頼んだよ……」


 葵の優しさを感じ取った舞耶は、静居の事を葵に託し、手に力が入らなくなり、下げてしまう

 舞耶は、ゆっくりと、目を閉じた。

 涙を流しながら。


「母様?母様!!」


 葵は、体を揺さぶる。

 目を覚ましてほしくて。

 だが、舞耶が目を覚ますことはなかった。

 舞耶は、命を落としてしまった。

 そう、悟った葵は、体を震わせた。


「ああああああああっ!!!」


 葵は、泣き叫んだ。

 舞耶を守れなかった自分自身を恨み、舞耶を殺した妖達を恨みながら。


「葵……」


「こんな時、静居がいてくれたら……」


 もし、静居がいてくれたら。

 舞耶は、命を落とさずに済んだだろうか。

 静居なら、舞耶を守る事ができたかもしれない。

 葵は、己の無力さを思い知らされたのだ。

 だが、その時であった。

 妖達が、葵達を見つけたためか、部屋に侵入してきた。


「っ!!」


 葵は、体をこわばらせる。

 自分の力だけでは、妖を追い返す事も、討伐することもできない。

 そう、悟ったからだ。

 もう、いっその事、母の元へ行こう。

 あきらめかけてしまった葵であった。

 しかし、葵の前に、瀬戸が立つ。

 葵を守るために。


「葵、ここから、離れるんだ」


「瀬戸!!でも……」


「私なら、大丈夫。だから……」


 瀬戸は、妖達と戦おうとしている。

 葵を守るために。

 葵は、我に返り、首を横に振る。

 瀬戸を残して、逃げれるわけがない。

 瀬戸も、舞耶と同じように殺される。 

 そう察していたのだから。

 瀬戸は、刀を鞘から抜き、妖の元へ向かっていった。


「瀬戸!!」


 葵は、瀬戸の元へと向かう。

 このままでは、瀬戸も、殺されてしまう。

 もう、誰も失いたくないと。

 妖達は、容赦なく、瀬戸に襲い掛かろうとしていた。 

 だが、その時だ。

 漆黒の光が降り注ぎ、一瞬にして、妖達を浄化していったのは。


「え?」


「何が、起こって……」


 あっけにとられる葵と瀬戸。

 討伐することもできなかった妖達が、一瞬にして、消え去ったのだ。

 いったい何が、起こっているのか。

 見当もつかない。

 葵は、あたりを見回すと、外から強い力を感じた。


「外で、何かが起こってる?」


「行ってみよう」


「うん」


 葵と瀬戸は、急いで、屋敷の外へ出て、空を見上げる。

 葵は、目を見開き、硬直していた。

 信じられない光景が、目に映ったからだ。


「あれは……」


「静居?」


 葵達が目にしたのは、漆黒の衣服に身を纏い、宙に浮かぶ静居の姿であった。

 金髪ではなく、漆黒の髪へと変化していた。

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