第百四話 攻めてきたのは

 綾姫達が、光城から旅立ったころ、柚月は、自分の部屋で、準備をしながら、朧と共に光城の格子窓から、神聖山を眺めている。

 聖印京の様子も、見ようとしたのだが、今も、黒いもやがかかっている状態で、見られない。

 静居達の様子も、うかがう事は、難しいだろう。


「さて、そろそろ、神聖山に着いた頃合いかもしれないな」


「兄さん、俺達も、動く?」


「そうだな」


 柚月は、綾姫達が、神聖山に着いた頃ではないかと推測しているようだ。

 作戦は、もう始まっている。

 朧は、自分達も、深淵の鍵奪還に向けて、動きだそうとしているようだ。

 深淵の鍵を奪還するのも、神々を復活させることも、一筋縄ではいかない。

 相手は、静居だ。

 用心するべきであろう。

 柚月達は、九十九、千里、光焔と共に動きだそうとしていた。

 だが、その時であった。

 足音が聞こえてくる。

 それも、急いできているかのようだ。

 誰なのかは、わからない。

 何かがあったのだろうか。


「柚月はん!朧はん!」


「牡丹さん!?どうしたんですか!?」


 慌てて、御簾を上げて、入ってきたのは、なんと、牡丹だ。

 しかも、血相を変えて。

 牡丹は、息を切らし、汗をかいている。

 相当、急いだのだろう。

 何かったに違いない。

 柚月も、朧も、慌てた様子で、牡丹の元へと駆け寄り、問いかけた。


「こ、こっちに、来てほしいんや!」


「え?」


「早く!」


 牡丹は、説明することなく、柚月達を部屋から出そうとする。

 いや、説明するのは、難しいのかもしれない。

 自分の目で、見たほうがいいのだろう。

 柚月も、朧も、戸惑い、困惑するが、牡丹が、急かし始め、柚月と朧は、急いで御簾を上げ、部屋を出た。

 そして、牡丹は、別の部屋に入り、柚月達に、外を見るよう指示する。 

 柚月と朧は、格子窓から、外を眺めると、目を見開き、驚愕していた。

 その理由は、聖印隊士が、妖の背に乗って、光城へ向かっていたからだ。


「妖に乗ってきたのか!?」


「まずいな……」


 さすがに、柚月も、朧も、動揺を隠せない。

 まさか、聖印一族が、妖に乗り、空を飛ぶなど誰が、予想できたであろうか。

 おそらく、静居の命令によるものなのだろう。

 妖達は、光焔が発動した結界により、近づけない。

 だが、聖印一族なら、強引に光城に飛び乗ってしまえば、潜入できると予想したようだ。

 それも、危険が伴う。

 静居は、妖だけでなく、聖印一族も捨て駒としているのだろうか。

 聖印隊士が、迫ってくる。

 朧は、目を凝らして、よく見ると、聖印一族の顔がはっきりと見えてきた。

 すると、朧は、戸惑いを隠せないのか、体を震わせ始めた。


「なぁ、兄さん、あの人達って、まさか……」


「っ!」


 朧は、柚月に問いかける。

 信じられない様子だ。

 柚月も、目を凝らしてよく見ると、絶句し、言葉を失った。

 光城に迫っていたのは、なんと、勝吏、月読、虎徹、矢代だったからだ。

 まさか、大将や武官、そして、矢代に命令したとは、思いもよらなかったのだろう。

 いや、予想できるはずがなかった。

 柚月達は、慌てて、部屋を出て、広間へと急いだ。



 大広間にたどり着いた柚月達。

 大広間には、九十九、千里、光焔、牡丹、凛、保稀、智以が、終結している。

 勝吏達の姿を目にし、緊急事態だと感じたのだろう。


「おい、柚月!やべぇぞ!」


「勝吏達が、こっちに向かってる!」


「……みたいだな」


 九十九も、千里も、焦燥に駆られた様子だ。

 彼らも、勝吏達が、攻めてくるとは、予想外だったのだろう。

 柚月も、額の汗をぬぐい、息を整えながら、九十九達の元へと駆け寄った。


「なぜ、こっちに来てるのだ?」


「……俺達を殺すつもりかもしれない」


 光焔は、声を震わせて、柚月に尋ねる。

 自分が、結界を張ったため、少なくとも、光城は安全だと推測したからだ。

 それに、聖印一族でさえも、空を飛ぶことは不可能。

 妖の背に乗って飛んだとしても、ここまで、くることなどあり得ない。

 そう思っていたのだが、今、勝吏達は、迫ってきている。

 なぜ、そこまで、させたのだろうか。

 答えは、簡単だ。

 柚月達を殺すためであろう。

 今、光城は、手薄状態だ。

 静居も、勘付いたのかもしれない。

 ゆえに、あえて、勝吏達に命じたのだろう。

 柚月達が、最も戦いづらい相手を向かわせたのだ。


「帝、牡丹さん達を連れて、安全な場所に隠れてください」


「あきまへん。あてらも、戦います」


 柚月は、撫子に、安全な場所に隠れるよう指示する。

 だが、撫子は、首を横に振り、自分達も戦うと宣言した。

 ここで、逃げるつもりはないのだろう。


「相手は、聖印一族です。それも、一筋縄ではいきません」


「いいえ、戦います」


 柚月は、再度、説得を試みた。

 撫子達の命を狙っている可能性もある。

 それに、相手は、聖印一族。

 しかも、勝吏達だ。

 どう考えても、分が悪い。

 それでも、撫子は、逃げる事を強く否定し、戦うと宣言した。

 やると言ったら、やるのだろう。

 だが、それでは、困る。

 柚月は、困惑した。


「あてらだって、やるときは、やるよ」


「それに、お兄様もいらっしゃるのでしょう?妹の私が、叱らないと」


 牡丹も、保稀も、戦うつもりだ。

 牡丹の親友である矢代や保稀の兄である虎徹も、迫ってきている。

 彼らを止めたいと心から願っているのだ。

 これ以上、静居の操り人形にさせたくないと。

 こうなっては、柚月も、それ以上の事は、言えなかった。


「……分かりました。ですが、無茶だけはしないでください」


「わかってますよ」


 ついに、柚月は、観念する。

 撫子達は、引き下がるつもりなど毛頭ない事を悟ったからだ。

 だが、それでも、大事な命だ。

 柚月は、撫子達に、無茶だけはしないよう告げる。

 自分は、無茶ばかりするというのに。

 そう思いつつも、撫子は、うなずいた。

 わがままを受け入れてくれた柚月に感謝しながら。


「凛、あんさんは、智以と一緒に、安全なところに隠れや」


「は、はい!」


 牡丹は、凛に智以と共に安全な場所に隠れるよう指示する。

 凛は、戦う力を持っていない。

 護身の為に、術は発動できるが、それでも、相手は聖印一族だ。

 術だけでは、心もとない。

 凛は、震えながらも、うなずき、智以を抱えた。


「朧……」


「大丈夫だ。俺達ならな」


「うん」


 智以が、不安げな表情を見せる。

 心配なのだろう。

 智以も、察しているのだ。

 ただ事ではないのだと。

 朧は、智以の不安を取り除くように、笑みを浮かべる。

 智以は、朧を信じようと決意し、うなずき、凛と共に大広間を出た。


「来るぜ」


「ああ」


 気配が強くなっている。

 勝吏達が、迫ってきているのであろう。

 柚月達は、あえて、この大広間で待機することにした。

 この大広間なら、思う存分に戦える。

 屋根の上で戦うよりかは、いいだろう。

 妖達は、光城に迫るが、結界にはじかれてしまう。

 だが、勝吏達は、強引に飛び移ろうとする。

 結界の範囲は広く、妖から屋根に飛び移れる距離ではない。

 それでも、勝吏達は、命じられるがままに、飛び移ったのだ。

 しかも、飛ぶように。

 おそらく、夜深が、何らかの術を発動し、勝吏達を浮かせているのだろう。

 勝吏達は、そのまま、屋根に飛び移り、光城へと潜入した。

 そして、迷うことなく、大広間にたどり着いたのであった。


「父上……」


「母さん……」


 柚月と朧は、複雑な感情を抱いている。

 再び、両親と交戦することになるとは、思いもよらなかったのであろう。

 それほど、予想外だったのだ。

 だが、勝吏達は、冷酷な瞳で、柚月達をにらんでいる。

 まるで、柚月達を敵と認識しているかのように。


「あんさん方、すっかり、あの男の犬に成り下がってもうたな」


「静居様を侮辱することは許さんぞ」


 牡丹は、あえて、静居を侮辱するかのような発言をする。

 怒りを抑えきれないのであろう。

 矢代とは、付き合いが長い。

 そして、勝吏や月読とも、過去に因縁はあれど、今は、お互いを理解している。 

 虎徹も、保稀にとっては、大事な兄だ。

 それゆえに、牡丹は、怒りを露わにしたのだ。

 だが、勝吏も、怒りを露わにする。 

 本当に、静居を神とあがめているかのようだ。


「で、何のようどすか?」


「光焔を渡してもらおう」


「わらわを?」


「そうだ。あのお方は、光焔を欲している。渡せば、手荒な真似はしない」


 勝吏が、ここへ来た理由は、なんと、光焔を手に入れようとしているからだ。

 光焔は、目を見開き、戸惑う。

 しかも、勝吏は、光焔を差し出せば、柚月達を見逃すというのだ。

 柚月達が、助かる。

 そう思うと、光焔は、体を震え上がらせ、前に出ようとする。

 柚月達を守るために。

 だが、柚月は、光焔を守るように、前に立った。


「……できません」


「何?」


「父上の命令でも、従うわけにはいきません」


「俺達は、光焔を守ります」


 柚月は、勝吏達の命令に従うつもりはないと、堂々と宣言する。

 朧達も、光焔の前に出た。

 光焔を渡すつもりなど毛頭ないからだ。

 たとえ、勝吏達を敵に回したとしても。


「聞き分けのない子だな」


「そうですね。でも、俺達は、守らなきゃいけないんです!」


 月読は、冷たい目で、言い放つが、それでも、柚月達は、動じることなく、刀を鞘から抜き、構えた。


「親に刃を向けるか」


「はい」


「いいだろう」


 息子達である柚月達に刃を向けられ、柚月達をにらみつける勝吏達。

 命令に従わなかったことに対して、苛立っているようだ。

 勝吏達も、柚月達に刃を向けた。


「逆らったことを後悔するがいい!」

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