第七十五話 夜深に付き従う神々
『ようやく、再会できたわね。私の愛しい僕たち』
夜深は、嬉しそうに、告げる。
彼らを見ながら。
神々もまた、夜深をじっと見つめる。
どうやら、本当に、夜深についた神々のようだ。
夜深は、真ん中に立つ男神の元へと迫っていった。
『幻の神・
『我が主、ようやく、お目にかかれました』
幻帥と呼ばれた男神は、漆黒の長髪に漆黒の瞳を持った青年のような姿をしており、漆黒の束帯に身を包んでいる。
まるで、武官のような姿だ。
幻帥は、礼儀正しく、夜深に向かって頭を下げる。
彼女を崇拝しているようだ。
幻帥は、幻の術を発動する事ができる神。
手にしているのは、錫杖だ。
この錫杖を用いて、幻を実体化させることも可能だ。
これにより、人間は、幻を見せられ、その幻に殺されたという説もあった。
次に、夜深は、幻帥の右隣にいる男神に迫った。
『戦の神・
『ケケケ!待ってたぜ、この時を!』
戦魔と呼ばれた男神は、漆黒の逆立った短髪に漆黒の瞳を持った強靭な体を持つ青年だ。
衣服は、上半身は裸体であり、鋭利な爪が、伸びきっている。
三人の中でも、体が大きい。
彼の独特な笑い方は、実に、不気味だ。
まるで、戦いを好んでいるかのように思える。
戦魔は、大剣を手にして戦う神だ。
戦時に全ての能力を強化することができる。
彼と戦ったものは、必ず、命を奪われるという言い伝えまであった。
最後に、夜深は、幻帥の左隣にいる男神に迫った。
『そして、死神・
『実に、いい!実に、最高だ!素晴らしい眺めであるぞ!』
死掩と呼ばれた男は、漆黒の髪を前に垂らし、右目を隠した状態で、ボロボロの黒い布を身に纏っている青年だ。
その姿は、不気味すぎる。
戦魔よりも。
まるで、命を狩り取ろうとしているかのように思えてならない。
死掩は、血だまりや死体を目にして、喜んでいるようだ。
死掩にとって、命を奪い、死を見ることこそが、最高の美学なのだろう。
彼が、手にしているのは、鎌。
この鎌で、命を狩り取るのだ。
ゆえに、彼は、死神と呼ばれていた。
これで、夜深側の神々が復活してしまった。
将軍と多くの人間の命によって。
『大戦を仕掛けたかいがあったわね。ね?静居』
夜深は、静居に対して、微笑みかける。
静居は、夜深を眺め、不敵な笑みを浮かべていた。
まるで、計画通りに事が進んでいると喜んでいるかのように。
静居が、大戦を仕掛けた理由は、死掩達を復活させるためだ。
篤丸達に、命を奪わせ、篤丸達の命すら、捧げる事で。
そうとは知らない濠嵐は、利用されていたのだ。
彼も、捨て駒の一人だった。
『まさか、死掩達を復活させるために、大戦を起こしたというのか……』
『空巴……』
空巴は、気付いてしまった。
静居が、大戦を起こした本当の目的を。
そうとも気付かずに、夜深を仕留める為に、動いた空巴達は、後悔していた。
彼らの思惑に気付いていれば、神々の復活を防ぐことは、可能だったのではないかと。
李桜は、空巴を心配そうな表情で見つめている。
だが、空巴は、こぶしを握り始めた。
後悔ばかりしている場合ではない。
空巴達にはやるべきことがあった。
『奴らを止めるぞ!』
『ええ!そのつもりよ!』
今は、死掩達を食い止めなければならない。
もし、彼らが、戦場に赴けば、たちまち、静居軍の隊士も、撫子軍の隊士も、全滅してしまうだろう。
柘榴達でも、神々相手では、歯が立たない。
ならば、ここは、自分達が、止めるしかなかった。
泉那も、そのつもりであり、李桜もうなずく。
空巴達は、死掩達に向かっていった。
泉那が、幻帥と対峙する。
泉那も水鏡で幻を生み出すことができるからだ。
と言っても、その能力は、彼ほどではない。
だが、少しでも、防ぎきる事はできるはずだ。
幻帥は、錫杖を掲げ、幻を生み出すが、泉那も、その幻を打ち払うかの如く、明鏡止水を発動して、対抗した。
李桜は、戦魔と対峙する。
彼の戦力は、神々の中では、最強と言っても過言ではない。
だが、李桜は、桜の花を駆使して戦う。
戦魔でさえも、ほんろうすることができるであろう。
戦魔は、大剣を振り回すが、李桜が、桜の花びらで、防ぎきり、続けざまに、百花繚乱を発動し、桜の花びらが、戦魔の周りで渦巻き始める。
花びらに触れれば、傷を負う。
これで、戦魔の動きを封じることができた李桜であった。
空巴は、死掩と対峙する。
死をつかさどる神であったが、空巴ほどの実力ならば、互角に渡り合えるであろう。
死掩は、鎌を振り回すが、空巴は、冷静に素早く、回避する。
そして、天空海闊を発動して、死掩を切り刻むが、死掩は、全て切り裂いていく。
神々達は、死闘を繰り広げていた。
『出番は、もう、なくなっちゃったみたいね。まぁ、いいけど』
空巴達に相手にされなくなった夜深は、残念そうにつぶやくが、その表情は嬉しそうだ。
死掩達のおかげで、戦力が拡大したのだ。
空巴達と互角に渡り合えるほどに。
いや、それ以上の実力を兼ね備えていると夜深は、踏んでいた。
夜深は、空巴達の事を死掩達に任せる事にし、静居の元へと降りていった。
少年と獣じみた男を残して。
「ははっ、本当に、復活できたんだね!すごいよ!でも、これだと、ボクらの出番は、なくなっちゃうね?」
少年は、神々の復活を喜んでいるかのようだ。
しかし、彼らの出現により、少年達も、戦う機会を失ってしまった。
獣じみた男は、唸り声を上げたままだ。
まるで、物足りなさを感じているかのように。
少年は、戦場を見下ろす。
すると、彼の目に映ったのは、七大将軍の裏切りにより、戦力を削られ、苦戦を強いられている柘榴達の姿であった。
「あ、そうだ!いい事思いついちゃった。ねぇ、あっちに行かない?面白そうだよ」
「イキタイ……コロシタイ……」
「そう来なくっちゃ!」
少年は、柘榴達に向かって指を指し、獣じみた男を誘う。
彼らの元に向かおうと。
少年は、柘榴達と対峙しようとしているようだ。
獣じみた男も、静かにうなずく。
柘榴達を殺したいと願って。
少年は、嬉しそうに、獣じみた男の肩に乗り、獣じみた男は、雄たけびを上げながら、降下していった。
柘榴に向かって。
柘榴は、殺気を感じたのか、とっさに回避する。
獣じみた男は、そのまま、地面にめり込んだ。
あともう少し、遅ければ、直撃は、免れなかったであろう。
「柘榴!」
高清達が、柘榴の元へと集まる。
異変を感じたからだ。
獣じみた男が現れた事により。
夏乃達も、異変に気付いて、柘榴の方へと視線を向けるが、あまりにも異常な気配を察知し、夏乃達は、目を見開き、体を硬直させてしまった。
「な、なんだ、こいつは……」
「妖、なのかい?」
「いや、違うでごぜぇやす。こいつは……人間でごぜぇやす」
柘榴と和泉は、恐怖を感じたのか、体を震わせている。
異様な気配は、妖としか思えないからだ。
だが、高清が、意外な言葉を口にする。
彼は、人間だというのだ。
どう見ても、人間とは思えない姿をしているのだが。
彼は、一体何者なのだろうか。
柘榴達は、警戒する。
すると、夏乃達が、すぐさま、駆け付けに来た。
「お前ら、助けてくれたのか?」
「その通りだよ、時雨君」
「殺気がこっちまで、感じられたからな」
夏乃達も、構える。
この男と対峙するつもりだ。
これだけの数なら、この獣じみた男に勝つことができるであろう。
多数対一と言うのは、不本意なのだが、今は、ためらっている場合ではない。
この男の戦いぶりは、空巴と互角であった。
つまり、神と同様の戦力を持っていると考えたほうがいいのだ。
それゆえに、柘榴達は、この獣じみた男を全員で相手にすることを選んだ。
「これだけの人数なら、余裕で勝てるね!」
多数対一だというのに、少年は、余裕の笑みを見せつけ、獣じみた男の肩から飛び降り、地面に着地する。
それほど、獣じみた男の実力を知っているようだ。
「お主は、何者じゃ!?」
「知りたい?どうしようかな?」
「ふざけないでください!」
春日は、少年に問いただすが、少年は、おどけてみせて、答えようとしない。
夏乃が、煮え切ったのか、怒りを露わにした。
それでも、少年は、無邪気に笑みを浮かべるばかりであった。
「いいよ、教えてあげる。でも……ボク達に勝ったらね!」
少年が、歯を見せて笑うと、その直後、獣じみた男が、柘榴達に襲い掛かってくる。
高清が、彼を受け止めるが、勢いが止まらない。
要が、蹴りを放つが、皮膚が予想以上に固い。
だが、少しは、効果があったようで、獣じみた男はすぐさま、後退し、高清達も、後退して、距離をとった。
「か、固いでござる!」
「本当に、人間なの?こいつ……。」
皮膚が固く、反応ができないほどに、素早い。
もはや、人間とは、到底思えない。
和巳は、汗を滲ませて、焦燥に駆られていた。
それでも、獣じみた男は、容赦なく、襲い掛かってくる。
初瀬姫が結界を張っても、それをいとも簡単に、看破し、夏乃が、時限・時留めを発動して、斬りかかるが、彼女の動きに反応して、弾き飛ばしてしまう。
続けて、柘榴が、突きを放つが、獣じみた男は、弾き飛ばし、柘榴は、とっさに後退した。
――柘榴!やばいっすよ!
「俺の憑依化でも、弾き飛ばされるなんて……」
柘榴も真登も、額に汗をにじませる。
まさか、憑依化でも、対抗できないとは、思ってもみなかったのであろう。
いや、妖人の高清達でさえも、適わないのだ。
柘榴は、焦燥に駆られる。
打つ手がないように思えてならなかった。
「もう、お終い?じゃあ、仕方がないね。終わらせてあげるよ。ほら、殺してあげて」
少年は、獣じみた男に命令すると、獣じみた男が雄たけびを上げながら、突進していく。
それも、今までとは比べ物にならないほどの速さで。
本気で柘榴達を殺すつもりだ。
柘榴達は、反応できず、獣じみた男の刃が、柘榴達を捕らえようとしていた。
だが、その時だ。
柘榴達の前に、柚月、朧、九十九、千里、綾姫、瑠璃、美鬼が、現れたのは。
柘榴達は、驚愕し、獣じみた男は、柚月と朧に防がれてしまい、うめき声を上げて、威嚇し始めた。
「ふーん。逃げ切れたんだね」
少年は、笑みを浮かべて呟く。
あの深淵の界から、柚月達が逃げ切れたことを意外だと思っているかのように。
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