第三十九話 夜深の正体

 柚月達は、神聖山にたどり着き、山頂を目指す。

 空の神を復活させるためには、山頂まで、登らなければならないようだ。

 進み続けていた柚月達であったが、妖達に遭遇することなく、山頂付近まで、たどり着いていた。


「ここまで、たどり着いたな」


「うん。でも、妖達が、出てこなかったな」


 何事もなく、たどり着き、安堵する柚月。

 だが、朧は、不思議に思った事があるようだ。

 それは、一度も、妖に遭遇していない事。

 光焔の封印を解くために、訪れた時は、柚月と朧は、何度も、妖と遭遇し、戦いを繰り広げた。

 それなのに、今回は、妖の出現はなし。

 これは、どういう事なのだろうか。


『それは、そうです。彼らは、神の眷属』


『私達を見て、襲い掛かる者はいないはずよ』


 泉那と李桜は、朧の疑問に答える。

 やはり、ここの妖達は、言伝え通り、神の眷属らしい。

 となれば、神である泉那と李桜に襲い掛かるわけがないのだ。

 泉那と李桜の答えに、柚月達は、納得した。


「やはり、ここの妖達は、神の眷属なのか」


 柚月は、一人呟く。

 ここの妖達は、神の眷属だという事は、妖は、神から生まれたという事だ。

 ならば、これまでの妖達は、どうなのだろうか。

 なぜ、妖が出現したのかは、未だ、明らかになっていない。

 だからこそ、聖印一族は、妖を正体不明の敵とみなし、戦いを繰り広げてきたのであった。


――妖は、単に、人を襲う存在ではないかもしれないな……。


 柚月は、ある答えにたどり着く。

 もし、妖が、神から生まれた存在であったとすれば、妖が生まれた理由は、人を襲うためではないのかもしれない。

 神々と行動を共にすれば、自ずとその答えは、見えてくる。

 柚月は、そんな気がしていた。


「餡里、大丈夫?」


「はい。大丈夫ですよ。もう少しですし、頑張れます」


「うん……」


 朧は、餡里を気遣う。

 餡里にとって、山を登るのは、しんどいはずだ。

 綾姫のおかげで、体力は、取り戻せたものの、たまに、咳き込むことがある。

 何度、休もうと提案しているが、餡里は、先に進もうと、強情を張って、歩き続けた。

 そして、今も。

 朧は、餡里が、無理をしているとわかっており、心が痛んだ。

 無理をさせてしまった自分を責めて。



 少し進むと柚月達は、神聖山の山頂にたどり着いた。

 山頂には、光焔が封印されていたあの祠があった。


『着いたわ』


『ここに、空の神が封印されています』


 泉那と李桜は、ここに空の神が封印されていると説明する。

 だが、あるのは、祠のみだ。

 空の神が、封印されていると思われる神秘的なものは一つもなかった。


「もしかして、この祠にか?」


「違う、祠ではない」


 柚月は、空の神は、祠に封印されているのかと尋ねるが、光焔は、首を横に振り、答えた。

 やはり、祠に封印されているわけではないようだ。

 もし、祠に封印されていたのならば、何らかの力を感じるはずだ。

 だが、祠からは、力を感じられない。

 となれば、空の神は、どこに封印されているのだろうか。


「この神聖山に、封印されているのだ」


「なるほど、そういう事か」


 光焔は、柚月達の疑問に答える。

 どうやら、空の神は、木や泉、祠ではなく、この神聖山に封印されているらしい。

 柚月は、光焔の説明に納得した。


『宝玉を天に掲げ、宝玉を持つ者達が、力を注げば、空の神は復活する筈です。彼らは、宝玉の封印を解くために、力を送ったはずですから』


「けど、誰も、いないみたいだけど……」


 李桜は、説明を付け加える。

 空の神を復活させる方法は、七つの宝玉の封印を解いた者達の力が必要のようだ。

 この山頂で。

 つまり、柘榴達の力が必要となるのだ。

 だが、山頂には、柚月達しかいない。

 まだ、柘榴達は、山頂にたどり着いていないようであった。


「おかしいわね、何かったのかしら……」


 綾姫は、不安に駆られる。

 柘榴達は、先に、神聖山の山頂に向かっていたはず。

 柚月達は、山頂で合流できると思っていたのだが、誰もいないのは、予想外だ。

 何かあったとみて間違いないようだ。


「神の眷属と交戦してる、とか?」


 瑠璃は、神の眷属である妖達と交戦しているために、時間がかかっているのではないかと推測する。

 自分達は、泉那と李桜がいた為、妖は出現しなかったが、彼らは、違う。

 侵入者と認識され、妖達に、襲われている可能性がある。

 瑠璃は、そう、推測したようだ。

 しかし……。


『いいえ、違うわ』


「え?どういう事なの?」


 柘榴達の気配を探っていた泉那は、何かに気付き、冷静な反応で、首を横に振る。

 何か、あったとみて間違いないようだ。

 彼女の反応を見た柚月達は、胸騒ぎを覚える。

 綾姫は、泉那に尋ねた。

 

『召喚された妖と交戦してる……』


「そんな、どうして……」


 泉那は、静かに答える。

 どうやら、静居が、召喚した妖と交戦しているらしい。

 だが、なぜ、静居は、妖達をここに召喚したのだろうか。

 いや、こんな遠くまで妖達を召喚できるとは、瑠璃は、到底思えなかった。


「そうか!静居は、隊士達を向かわせたんだ。召喚の力を与えて」


「兄さん……」


 柚月は、瑠璃が抱いた疑問に答える。

 静居は、柘榴達の行動を見抜いていたのかもしれない。

 それゆえに、隊士達に、召喚の力を与えて、向かわせたのだ。

 柘榴達を殺すために。

 瑠璃は、不安に駆られてしまう。

 やっと、兄である柘榴と再会できると思っていたのに。


「このまま、柘榴達と合流したほうがいいかもしれないな」


『そうしたいところだけど、彼らの居場所を探れないわ』


「どうして?」


 柘榴と合流することを提案する朧。

 だが、泉那は、柘榴達の居場所を探れないらしく、困惑しているようだ。

 神である彼女が、探れないのは、なぜなのだろうか。

 瑠璃は、彼女に問いかけた。


『神の力に遮られているようです……』


「神の力?」


 泉那の代わりに李桜が、答える。

 どうやら、神の力で遮ら得ているため、居場所を探れないようだ。

 だが、彼女達の他に神がいるとは、予想ができなかった柚月達。

 戸惑いを隠せず、泉那と李桜に問いかけた。


『はい。黄泉の神の』


「黄泉の神だと?」


 李桜が、意外な言葉を口にする。

 なんと、黄泉の神が近くにいるようだ。

 柚月は、驚愕し、思考を巡らせる。 

 黄泉の神について。

 すると、ある人物の事を思い返していた。

 それは、突如、姿を現した正体不明の夜深。

 だが、彼女は、人間とは、思えない力を宿していた。

 妖を召喚できるほどの。

 静居から召喚の力を与えられた隊士達を見て、夜深も、静居に力を与えられたからではないかと推測していたが、そうではないのかもしれない。

 もし、逆であったら、全てが説明がつくように、柚月は、思えてならなかった。


「まさか……その黄泉の神は……」


 これまでの事を思い返していた柚月は、黄泉の神の正体に気付いてしまう。

 その時であった。


「誰か来るぞ!」


 光焔が誰かの気配に気付き、柚月達に気をつけるよう促す。

 柚月達は、構えた。

 柚月達の前に現れたのは、静居であった。

 それも、夜深を連れて。


「静居……」


 柚月は、静居をにらみつける。

 まさか、静居自ら、山頂に来るとは、思わなかったのであろう。

 しかも、夜深を連れて。

 ここで、柚月は、夜深が、何者なのか、確信を得たようであった。


「やはり、ここにいたか」


 静居は、柚月達をにらみつける。

 しかも、瞳に憎悪を宿して。

 静居は、柚月達が、どこに向かったか推測していたようだ。

 となれば、柚月達の目的も、気付いているのだろう。

 これでは、空の神を復活させることは、容易ではなくなってしまったように、柚月は、思えた。


『まさか、貴方も、復活してたなんてね。黄泉の神・夜深!』


 泉那が、夜深をにらみつける。

 しかも、黄泉の神と呼んで。


「あの人が、黄泉の神?」


 綾姫は、驚愕し、動揺してしまう。

 どうやら、気付いていなかったようだ。

 夜深の正体について。

 

「ふふふ。知られてしまったみたいね」


 夜深は、下を向き、不敵な笑みを浮かべる。

 そして、突如、力を発動し始めた。

 それも、神秘的な力だ。

 まるで、自分は、神だと名乗っているように。

 その力は、夜深を覆い尽くす。

 そして、その力が、収束すると、夜深は、真の姿を柚月達の前に現した。

 その姿は、漆黒の布を身に着け、黄金の線が入っている。

 髪は地面に着くほど長く、爪は、黒く長く鋭利であり、目も漆黒だ。

 まさに、神にふさわしい姿であった。


『そうよ。私は、人間じゃないわ。黄泉の神よ!』


 夜深は、ついに、正体を明かした。

 それも、不敵な笑みを浮かべたまま。

 自分は、人間ではなく、黄泉の神であると。

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