聖印×妖の共闘戦記―神話乃書―

愛崎 四葉

第一章 抗う兄弟と光の妖

プロローグ 支配された日

 小さな妖達は、森の中を散り散りになって逃げ始める。

 誰かが、彼らを追いかけているのであろうか。

 何をしたのであろうか。

 妖達が、必死に逃げていると、多数の足音が響き渡る。

 一匹の妖が後ろを振り返ると、なんと、隊士達が、妖達を追いかけていたのだ。

 それも、宝刀や宝器を手にして。

 妖達は、必死に逃げ切ろうとするが、瞬く間に、隊士達に取り囲まれてしまう。

 じわじわと迫りくる隊士達。

 彼らの表情は、生気を失ったようにぼんやりとしている。

 まるで、何かに憑りつかれたようだ。 

 怯える妖達に対して、隊士達は、ついに刃を向け、妖達の絶叫が響き渡った。



 妖達の悲痛な絶叫は、柚月の耳にも聞こえてきた。

 だが、彼は、助けに行こうとしない。

 森の中で、ただ、呆然と立ち尽くしている。

 それは、ある任務についているからだ。

 その任務と言うのは、妖を捕らえよという任務だ。

 罪もない妖達を。

 柚月は、納得できるはずがないのだが、逆らうわけにもいかず、不本意ながらも、この森にたどり着き、妖達を捕らえようとしていた。

 一人の男性隊士が、柚月の元へと駆け付けた。


「柚月、そっち、成功したか?」


「……」


 男性隊士が、柚月に声をかける。

 柚月は、ただ、ぼんやりとどこかを眺めているようだ。

 そのため、男性隊士の声を聞こえていなかった。


「柚月」


「あ、ああ」


 男性隊士が、再度、強く柚月の名を呼ぶ。

 柚月は、はっと我に返ったように、振り返り、うなずいた。

 本当に、男性隊士の言葉を聞いていたのかと疑いたくなるほどに。


「余計な事は考えるなよ?逆らったりでもしたら……」


「わかってる」


「行くぞ」


「ああ」


 男性隊士が、柚月に忠告し始める。

 まるで、彼の心情を察したかのようだ。

 だが、柚月は、男性隊士が、言いたいことを理解しているようで、うなずく。

 不本意ながらも。

 男性隊士が、背を向け歩き始めると、柚月も、彼の後を追うように歩き始めた。

 こぶしを強く握りしめて。



 朧も、森の中で隊士達と妖を捕らえる任務についている。

 柚月とは、別部隊のようだ。

 朧は、森の中を走っている。

 どこかへ、向かっているようだ。

 だが、表情は、どこか暗い。

 朧は、女性隊士の元へとたどり着いた。


「朧」


「はい」


「そっちは、どうだった?」


「……」


 女性隊士に問いかけられる朧。

 だが、朧は、返事をしようとしない。

 いや、返事ができないようだ。


「取り逃がしたのね」


「すみません」


 朧の様子をうかがっていた女性隊士は、察し始める。

 朧は、どうやら、任務に失敗したらしい。

 しかも、妖を取りにがしたようだ。

 朧は、申し訳なさそうに、頭を下げた。


「わざとじゃないわよね?」


「違います」


 女性隊士は、朧を疑っているようだ。

 朧は、わざと妖を取り逃がしたのではないかと。

 だが、朧は、強く否定する。

 焦っている様子はない。

 本当に、任務に失敗しただけなのだろう。

 女性隊士は、そう思いたかった。


「……戻るわよ」


「はい」


 女性隊士は、ため息をつき、朧に背を向けて歩き始める。

 朧も、どこか憂鬱そうな表情を浮かべて歩き始めた。

 なぜ、このようなことになってしまったのか。

 柚月も、朧も、理解できない。

 いや、多くの隊士達が、同じ疑問を持っているだろう。

 だが、逆らうわけにもいかない。

 逆らえば、命はないのだから。

 柚月と朧は、こぶしを握る。

 無力な自分を恨みながら。

 

 

 全ての発端は、一週間前の事であった。

 夢の中で、神の声を聞いた柚月と朧は、起き上がり、彼らを救う決意を固めていた直後の事だ。

 柚月も、朧も、希望を取り戻したかのように、表情が穏やかだ。

 今とは、違って。


「よし、まずは……」


「父さん達に外出許可をもらわないとな」


「ああ……」


 光の神から九十九と千里を救う方法を聞きだした柚月と朧は、勝吏に頼んで、外出許可をもらおうとしていた。

 勝吏なら、事情を話せば、許可してくれるだろう。 

 柚月も、朧も、そう思っていたのだ。

 だが、それは、叶わなくなってしまう。

 なぜなら、光が、空へと放たれ、音を立てて、散ったからだ。

 それは、まるで、花火のようであった。


「兄さん、今の……」


「ああ……緊急招集だ」


 今の光は、緊急招集を意味している。

 それも、重大な。

 何か、あったのだろうか。

 柚月も、朧も、不安に駆られ、本堂へと向かった。



 本堂に、たどり着いた柚月と朧。

 本堂の前は、すでに、人だかりができている。

 当然であろう。

 緊急招集がかかったのだ。

 緊急招集など滅多にない。

 それゆえに、本堂前は、多くの人が、今か今かと待ちわびていたのであった。


「皆、来てるな」


「うん。一般隊士の人もいる」


「父上は、何を話すつもりなんだ?」


 本堂前は、聖印一族、一般隊士までもが、集まっている。

 しかも、何を話すのかという話題で持ちきりだ。

 それもそのはず、餡里の事は、先日、勝吏の発表により、知れ渡っている。 

 朧が、餡里との戦いに勝ち、平和を取り戻したのだと。

 そのため、なぜ、緊急招集がかかったのか、誰も、見当がつかなかった。

 柚月と朧でさえも。

 勝吏は、何を話すつもりなのかと。

 そんな時であった。


「あれは……」


「軍師……様……」


 本堂から現れたのは、なんと、勝吏ではなく、静居だ。

 これには、柚月も、驚いており、朧は、静居に対して、不信感をあらわにしている。

 なぜなら、千里と餡里から聞かされていたからだ。

 静居は、自分達を裏切り、殺そうとしていたと。

 この事を、知っているのは、柚月だけだ。

 そのため、柚月も静居を警戒していた。


「誰か、いるな?」


「うん、誰だろう、あの人……」


 静居が本堂から出てきた後、一人の女性が、本堂から姿を現す。

 その女性は、黒くて長い髪に、漆黒の瞳を持つ。

 漆黒の衣装にに身を包んでいる彼女は、美しくも妖艶で、そして、冷酷そうに見えた。

 しかし、その女性が誰なのかは、柚月も、朧も知らない。

 いつ、静居と共に行動しているのだろうか。

 静居が、現れた事により、人々は、ざわつき始めるが、静居は、手を上げると、人々は、静まり返った。


「皆、集まったようだな」


 静居が、周囲を見渡しながら、話し始める。

 それも、柚月と朧が、いる事を確認して。


「皆、聞くがよい。私は今まで、そなた達を見守る立場にあった。だが、それは、もう、今日で終わりにする」


「え?」


 静居は、語り始める。

 見守る立場ではなくなると言いたいのだろうか。

 それは、つまり、軍師を降りるという事なのだろうか。

 何を語るつもりなのか、全く、予想ができない柚月と朧。

 人々が、ざわつき始める中、静居は、話を続けた。


「私は、聖印一族の頂点に立つものだ。ゆえに、今日から私は……神となる!」


「なっ!」


 衝撃的な言葉だった。

 静居は、突然、自分は、神になると言いだしたのだ。

 何を考えているのだろうか。

 それは、誰にも理解できなかった。

 驚愕し、戸惑う柚月と朧。

 だが、驚いたのは、彼らだけではない。

 その場にいた人間の誰もが、驚愕し、動揺していたのだ。

 人々は、静居の言葉を理解できないまま、ざわつき始めた。


「静まりなさい。まだ、話している最中よ」


 静居の隣にいた女性が、静かにするよう命じる。

 彼女は、一体何者なのだろうか。

 だが、ただ者ではない事は確かだ。

 その瞳からは、ただならぬ力を柚月と朧は、感じ取っていた。

 周囲が静まり返ると、静居は、また一歩、前に出た。


「皆の者よ!今日から、私に従え!逆らうものは処罰する!妖を滅ぼし、平和を取り戻すのだ!」


「滅茶苦茶だ……なんで、軍師様は……」


 静居は、人々に命じる。

 自分に従えと。

 そして、妖を滅ぼし、平和を取り戻せと言うのだ。

 だが、妖を殺すのは、もう、無意味と言っても過言ではない。

 それに、平和は、すでに、取り戻したはずだ。

 柚月も、朧も、納得がいかなかった。

 それでも、静居は、笑みを浮かべ、話を続けた。


「さあ、始めようぞ。私の時代を」

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