第194話 休憩

「――ウィル」


 僕は、難解な問題を解いているような難しい顔をしながら思考に耽っているウィルの名前をおもむろに呼んだ。その訳はと言うと、先ほどの冒険者が言ったことが実際に有り得るのかどうかを聞くためだ。

 

 そして、もし有り得る場合、何もかもを食べる意味を持つ暴食、と言うようにステータスを食われるというのは、暴食のスキルを持った魔物であればどれだけの実力が離れている冒険者相手であっても可能なのか、これから先に進むに従って知りたい。


 そんな僕の思惑を汲んだウィルは、思考に沈ませるのを止め、暴食についてを解説してくれる。


「スキル――暴食は、ベルーゼが使った攻撃の他に、ある特性があるんだ。それは倒した者のステータスを自分の糧にすること……つまり、あの冒険者達が体験したのは恐らく、その特性だと思う」


 ベルーゼが使った攻撃とは、ほんの少しでも掠りさえすれば即死、という質の悪さと無慈悲さに天井が無いあの攻撃のことだろう。それに加えて、倒した相手のステータスを自分の糧に出来るという格が違うチート特性があるとは、幾ら何でも信じたくないと思うのは仕方ないだろう。


 しかし、ウィルが自分の口から言うのだからそれは嘘ではない歴とした真実であり、僕の心境はどうあれ、今後のために対策などを考えなくてはならない。


 そこで僕は一つ疑問に思った。


「でも、あの人達は倒されてはいないよね」


 今の話を聞いた限りでは、相手のステータスを奪えるという特性には前提条件として、その相手を倒さなくてはいけない。だが、先ほどの冒険者達は追い剥ぎに身ぐるみを全て剥がされたかのような格好をしていたが、ちゃんと生きていたし気力や実力などはさて置き、物理的に戦えないという状態では無かったので、倒されたかというと素直に首を縦に振れない状況だった。


 すると、自分たちの力が弱まって、魔物達が強くなったと感じるのは、どこかおかしい。


 幾ら何でも相手を倒さなくてはならないという前提を破れる訳が無いだろうし、だからと言ってウィルが倒さなければいけないと言っているだからスキルの説明としては間違いが無いはずだ。


「そこが謎なんだ……一応仮説はあるんだけど、とりあえず先を急ごうか」


 ウィルの考える仮説は非常に気になるところではあるが、それを解明するよりも僕たちの本来の目的のほうが一大事なため、後回しにするしかないだろう。僕は素直に頷き、先を急ぐことにした。




 それから僕たちは出来るだけ早くあの人に追いつくために、休憩をほとんど取らず全速力でダンジョンを進んでいった。


「多少手強くなってきたね……」


 さくらは頬を伝った汗をぽたりぽたりと数滴垂らしながら、数匹の魔物が居なくなり魔石が落ちている場所を見つめ、言った。


「うん、だんだんと斬りづらくなってる」


 ここは20階層を過ぎた所。しかし、体感的には50階層の魔物と同じぐらいの強さがありそうな感じだった。そして、それを証明するかのように魔石の階級も、本来の階層よりも数段上の純度を持つ物ばかりだ。


「そろそろ休憩しようか、多分だけどもう少しで追いつくはずだし」


 ダンジョンの異常事態と言うこともありいつもよりも神経と体力を使っていたのに加え、休憩無しのノンストップでここまで進んできたため、滲み出る疲労を強がりを持ってしても隠せない僕たちは、ウィルの言葉にただ頷くしかなかった。




 比較的安全とされる次の階層に続く階段付近、僕たちは魔物の出現の可能性が少しでもある壁に近付きすぎない場所で休憩を挟むことにした。


「ところで君たち、いつの間にか連携が上手になってるね」


 ウィルは座って一休みをしている僕たちを交互に見て、そう言った。


「――――」


 僕はそれを聞き、そう言えばと、記憶を回想する。


 ダンジョンに入り最初の戦闘、魔物達に追われていた冒険者たちを助けた時から始まり、その後何回も、さくらのアシストとそれに合った僕の動き、それらは阿吽の呼吸のようにぴったりと揃ったおかげでお互いがお互いの力を最大限に引き出し合い、相乗効果を生むような連携を見せていた。


「そう言えばそうだね」


 僕は数秒の回想から戻ってきて、ウィルの言葉に納得しながらさくらに視線を向ける。すると、狙ったかのように寸分の狂いも無くさくらもこちらを向いたため、僕とさくらの視線と視線がぶつかる。


「――――」


 真っ直ぐなさくらの目は、僕を完全に信頼している目だった。しかし、それは怪しい宗教の教祖に向けて信者がするような目にもやみたいな曇りが掛かったような、そんな妄信ではない。それはしっかりと間違っていることは間違っていると言え、道が外れそうならば力尽くでも引き留めてくれる、強さを感じる芯のある信頼の目だ。


「――――」


 そして、その全幅の信頼は僕もさくらに対して感じており、さくらになら命を預けても良いと心の底から思っている。それに加え、さくらのためならば命を投げ出すことも厭わないとも決めている。


 あり得ないとは思うが、例えば今もしもダンジョンが崩れたとしたら僕の全身全霊を使ってさくらに覆い被さって必死に守ろうとするだろう。


 それぐらい僕たちは理屈ではないどこか深いところで繋がっているのを視線を交え、実感した。


「良いところも悪いところもお互い出し尽くしたもんね」


 さくらは照れたように視線を外し言った。


「でも、まださくらに対して興味は尽きないよ」


 物心ついたときからずっと一緒に居て、異世界という地球では創作物として扱われるような過酷ながらも夢のような世界に来てまでも、さくらへの興味は減るどころか、時を経るごとに増えていく次第だ。


 知れば知るほどもっと知りたくなる、まるで僕の好奇心はさくらのためだけに作られたみたいに思えた。


「私も!だからこれからもよろしくね!」


「こちらこそよろしく」


 僕たちは熟年夫婦のような相手への信頼感を持ちながら、新婚のような興味をお互いに持っているという、心は温まるものの言葉では何とも言えないこそばゆさを感じていた。


「……もしもーし」


 しばらく心地の良い沈黙でもって見つめ合っていると、ウィルの大きめの咳払いが聞こえてきた。


「熱々なのは良いけど、ここダンジョンの中だからね」


 ジト目と共に、ウィルは不満のこもった声で僕たちを現実へと引き戻した。そして、みゃーこはそこに違う不満を持って名乗りを上げる。


「みゃーもよろしくしたいのにゃ!!」


 みゃーこは空中で、駄々をこねる子どものように手足をばたつかせ、ぴょこぴょこと飛び跳ねながら暴れる。その様子を見て、ウィルはため息をつき、


「そういう問題じゃないんだけどな」


 と、苦笑する。だが、そんなウィルの不服の声も何処吹く風と、さくらはみゃーこに手を招く。


「はいはい、それじゃあみゃーこもおいで」


 手招きを受けたみゃーこはぱっと花開くように笑顔になった後、僕たちの方へと近付いてきたため、さくらとみゃーこをまとめて僕は腕の中に包み込んだ。


「――――」


 みゃーこのゴロゴロという喉の音、さくらの張っていた気が抜ける声、そして二人の温かく柔らかな体温を感じる。


「だからダンジョンの中だってば」


 端から見れば一見緩んでいる僕たちに見えるだろうが、今でも僕は周囲に全力でアンテナを張っており、それを補助するようにナビーも警戒を最大限してくれている。その僕たちの包囲網ならば、ダニが一匹、プロ野球選手が投げたボールぐらいの速さで向かって来ても瞬く間に、そして片手間に完璧な対処が出来るだろう。


 そんなことウィルならば分かっているはずなので、


「意地張ってないでウィルもこっちおいで」


 さくらの手招きで、ウィルは渋々といった様子で僕たちの輪の中に加わった。そして張った意地も束の間、ウィルはすぐさま安らいだ表情となり、僕たちへと安心を預けてくれた。


「ずっと一緒にいようね」


 まるで幼子が遠い先の夢を語るように言ったさくらの言葉に、僕とみゃーこは頷く。


「そのために努力するよ」


「みゃーは離れにゃいにゃ」


 最後にウィルも頷く。


「……うん、約束だよ」


 ずっと一緒にいようね、その言葉にウィルの心が一瞬だけ跳ね上がったのを気付く者は、誰一人としていなかった。

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