第181話 エクスカリバー
イタリアのコロッセオ前に到着するまでとは違い、ウィルの先導の元のんびりと異国情緒溢れる景色を楽しみながら目的地に向かっていたため、夜が明け日がやっと差し始めた頃、僕たちは目的地に到達したようだ。
まだ日が出始めて間もないため周囲には人っ子一人もおらず、誰にもばれずに剣を回収するには絶好のチャンスだ。
「多分ここかな」
ウィルがそう言って指を指したのは、言葉を選ばなければ廃墟のような、選べば屋根の無い歴史を感じる教会のような外観の建物だった。全体が石造りで作られており、イメージしやすい言葉では創作界隈でよく言われる中世風の建物と言えよう。
「…………」
朝焼けの幻想的な雰囲気と、荒廃としながらも教会特有の神聖な雰囲気とが合わさり、神話の始まりのワンシーンのような、思わず何も言えず見とれて立ち尽くしてしまうような魅力があった。
「……行かないの?」
先に歩いていたウィルが困惑した様子でこちらを振り返り声を掛けてくれたおかげで、放心状態だった僕たちはようやく我に返ることが出来た。そして、僕たちは先に歩いて行くウィルを駆け足で追いかけた。
「何かいけないことしている気分……」
僕たちは姿を隠す魔法を使用し続けたまま、教会の中へと潜入していた。自分たちの他にはまだ誰も居なく、ピンと張り詰めた厳粛な建物の中、必要に駆られているとは言え道徳観を疑うようないかがわしいことをしているのは、さくらと同じ気持ちだった。
「まあまあ、それもすぐに無くなるよ」
前方を歩き僕たちを先導しているウィルのその声からは、いかにも小悪党といった感じが十全に伝わり、仮にも光の大精霊か、と疑問に思ったりもした。しかし、良い意味でも悪い意味でも、それが杞憂だったと後に僕たちは思い知るのであった。
「そろそろ着くよ」
掛け声と共に間もなく、先行していたウィルが立ち止まった。その直ぐ後に後ろを歩いていた僕らもウィルの傍らへと着き、異世界から地球に持ってこられたアーティファクト――エクスカリバーを目の当たりにした。
「――――」
その剣は確かに岩に刺さっており、ドーム状のカバーによって守られていたが、建物の神聖さはこの剣こそが出発点かと思うほどに、カバーを通してでもひしひしと伝わってくる存在感に圧倒されてしまう。
「さ、ちゃちゃっと取っていこうか」
まるで路傍の石ころでも取っていくかのようなちょっとした手軽さで言うウィルに、僕とさくらは一も二もなく反抗する。
「ちょっと待って、どうやって剣を取れば良いの!?」
「そもそも取った後どうするの?」
さくらの剣を取る方法と、僕の剣を取ったその後への対処、その二つのツッコミを受けてウィルは「あ、そうだそうだ」と、忘れていたように拳を掌に打ち付けながら、
「真冬くん、適当に剣出して。さくらちゃんは、そのカバーを何とかして」
僕は何に使うのだろうと疑問に思いながらも、ウィルに促されるように予備として何本か取っておいた剣を一本、コートの収納から出す。そして、さくらもカバーをどうするのか一瞬困惑していたものの、魔力を練り作業に取り掛かり始めたので、間もなくどうにかしてしまうだろう。
「その剣どうするつもり……?」
先ほど疑問とは言ったが、正直な所ある可能性については思い浮かべていなくもない。しかし、その可能性については余りにもその後の結果があれなので、やりたくないし目を向けたくないのだ。
そのため、ウィルの口からは僕が想像している可能性の中で、作業的に僕がやらなくてはいけないことを聞きたくないが故に、おずおずとした訊き方となってしまった。
「これを付与して」
僕のそんな心境とは対照的にウィルはとびっきりの笑顔で、光った剣を渡してきた。
「まさか……」
「うん、そのまさか!その剣に光を付与して、あれと交換するんだ」
そう、僕が一番危惧していた可能性は、まさにこのことだ。
「――――」
例えばここがただの片田舎の教会であったのならば、岩に刺さった剣が一晩にして消えていてもその田舎では騒ぎになるかも知れないが、外には影響はさほど無いだろう。
しかし、さくら曰くこの場所は割と有名な観光地であり、この岩に刺さった剣も実際にエクスカリバーの元ネタになってるとかなっていないとか色々言われているらしく、そのため中々に有名な場所だという。
そんな場所の名物の物が消えたら大騒ぎになるだろう。だから、それだけは避けたいと思っていたのだが、まさかただ単に交換するだけとは。しかも、神々しい光を放つおまけまで付けて。
「本当にそれにするの!?」
「うん、それしか無いし……ていうかそろそろ時間的にまずいかもよ」
ウィルが指を指す先には、警備員らしき人物が遠くの方から僕たちの方に向かって見回りを始めており、剣を回収するタイムリミットが直ぐそこまで迫ってきているのを示していた。
「あー!どうなっても知らない!!」
ウィルが光を乗せた剣に僕は付与魔法を掛け、ある程度の期間その光が消えないようにした。そして、付与魔法が終わったのと同時にさくらが、
「カバー外せたよ!私抜くね!!」
そう言い、剣に手を掛ける。しかし、いくら待ってもさくらが剣を抜くことはなかった。その間にも、警備員らしき人物は重箱の隅を突くように隅々まで調べながら、こちらへと徐々に歩みを進める。
「何か抜けない!!」
さくらが顔を強張らせ、必死に抜こうと試みても剣は未だ岩に刺さったままで、抜ける気配さえ見せない。なお、さくらは魔法の扱いは一般人に危害を加えない程度には上手になっているのだが、ステータスは僕のようにスキルを持っていないため下げられない。
だから、剣が抜けないのはおそらく力による所為ではないのだろう。
「―――――」
それを見たウィルは言う。
「そうだ、真冬くんが抜かなきゃ!」
そういう大事なことは早く言って、と思いつつも警備員が刻々と近付いてきているため、その時間さえ惜しい。すぐさまさくらと位置を交換し、僕が剣に手を掛ける。すると、
「誰だ!!」
僕たちの姿は見えないはずなのだがおそらく外したカバーに気づき、警備員が叫びながらこちらへ走ってくる。
その距離はまだ50m程はある。僕は大丈夫と自分に言い聞かせるように気持ちを落ち着かせ、剣を引き抜くことだけに集中する。そして、再度剣をしっかりと握りしめ、腕を引いたその瞬間、
「――――ッ!!」
朝日にも負けないほどの眩い光が、徐々に岩から引き抜かれていく剣からあふれ、僕たちを包み込んだ。
「真冬くん、さくらちゃん、離脱するよ!」
耳元からそう聞こえても間もなく、エレベーターで急上昇するような浮遊感を感じた。
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