第155話 一言(さくら視点)

「――――」


 ウィルから出された、通常の魔法で精霊魔法並のことをやれという無理難題。それを私は受けることにした。


 理由は簡単だ――強くなりたいから。


 何で自分が強くなりたいのかも明白だ。真冬がリリスさんに完膚なきまでに打ちのめされた後、全身に出来た糸が複雑に絡まったようなアザの数々は、致命傷になり得る急所は敢えて外されていたものの、それらは筋肉の断裂、骨の粉砕、内臓の損傷などを如実に表していた。


 私の力ではぐので精一杯と思っていたが、それをほんの一分ほどで治してしまったアルフさん。しかも今までに負っていた傷さえも全て治したため、完治、と言う言葉はまさしくこれのことを言うのだろうと、痛感させられた。


「――――」


 地球では何もかもがある程度出来ていたため余り感じられなかった無力感、それを認め、バネに、あるいは薪にすることで魔力を練り、水分を一気に飛ばすような魔法を構築する。


 しかし、いくら魔力を練り魔法を構築しようとしても、ウィルの頭上に出ている砂時計の砂が落ちきるまでに三人の濡れた髪と体毛が乾くような魔法を、完璧にイメージすることは出来なかった。


「――――ッ!」


 下の山の高さが増していくことは、タイムリミットに近付いていることを示す。そのため山が大きくなりにつれて私の焦燥感も自然と大きくなり、遂には不安定ながらもどうにかこうにか構築していた魔法が呆気なく瓦解した。


「…………」


 砂時計を一瞥する。上に残っている砂は初めの時よりも目に見えてかさを減らし、おそらくは残り一分ほどと言った所だろう。そして歪ながらも辛うじて構築していた魔法も消失。


 絶望的な状況だ。


「もう無理――」


 私を見つめる三人には決して聞こえない声量で思わず溢れてしまったその言葉は、他の誰でもない自分自身に言い聞かせた言葉だったのだろう。しかし、嘘の諦めの言葉とは対照的な言葉が聞こえてきて、諦めを本当の感情で上書きする。


「――無理じゃない、さくらなら出来る!!」


 瞬間、力がどこからともなく湧いてくる。


「――――!」


 水分を飛ばす魔法を再構築する。


 渇かすと言えばドライヤー。そのドライヤーで髪を乾かす原理は至って簡単だ。髪の周辺に溜まっている湿度の高い空気を、ドライヤーによって風を送り込むことで絶え間なく入れ替えて渇かす。


 温度が上がればそれだけ抱え込める水分の量が上がるので早く渇くといったところだ。


「――――」


 原理は先ほどから分かっており、それに基づくと早く渇かすためには単純に温度を上げれば良いのだが、それでは火傷の恐れがあるため棄却せざるを得ない。


(ならどうすれば……)


 真冬の一言によって力が湧き、魔力も私が持っている全てを練り上げているため、後は魔法さえイメージ出来ればこの絶望的な状況を何とかなるかも知れない。だが、肝心の魔法がイメージできないでいた。


 ドライヤーで渇かす原理を今一度考えていたとき、ふとあるアイディアが湧き出た。


(これなら……!)


 私は三人の髪があっという間に乾くイメージを持って、魔法を構築し、放った。

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