第143話 師匠

 ギルドマスターであるアルフさんと剣神の弟子でトップランカーのリリスさんが、この部屋にやってきた理由はウィルに呼ばれて、という今一訳の分からない状況に、僕の頭はそれらを整理することで一杯一杯だった。しかし、どんなに考えても、僕と住む世界が全く違う二人がここにおもむいた詳細な理由が分からなかった。


「それはどうして?」


 整理でこんがらがっている僕を横目に、いざというときは冷静沈着で対応力のあるフランさんが持ち前の能力の本領を発揮し、ウィルとアルフさんを一瞥、その後理由を尋ねた。


「――――」


 フランさんの質問に対して、その理由を聞かされていないのだろうかアルフさんは、ウィルにフランさんと同じ質問を重ねるのと同時に、その答えを任せるような視線を送った。これで布団にくるまっている人と、興味が無さそうに毛繕いしている猫以外の眼差しが、必然的にウィルへと集まった。


 視線を一身に集めるウィルは先ほどから一変した、この部屋の少し重く感じる空気に似つかわしくない、けれどいつも通りのウィルには似つかわしいあっけらかんとした声音で、


「さくらちゃんと真冬くんのレベルアップのためかな……ってステータスのレベルじゃない方ね」


 ウィルの言葉にアルフさんとリリスさんがこの部屋に訪れる前にいたメンバー、つまり僕とさくらとフランさんとみゃーこは、早くもアルフさんとリリスさんを連れてきた理由に合点がいった。

 しかし、場にいなかったアルフさんとリリスさんは点と点が結びつかないらしく、布団を被っているリリスさんは聞き耳を立てているのか震えが収まり、テーブルで向き合っているアルフさんがウィルに尋ねる。


「ウィル様、それと私たちが呼ばれたことと何の関係が?」


「この街において最強の魔術師と最強の剣士は、師匠としてこの上ないから」


 ウィルは最高の魔術師と言った後、納得がいったような表情をしているアルフさんを見て、次に最強の剣士と言った後、いつの間にか布団から抜け出しこちらを刺すような眼差しと気配をもったリリスさんを順番に一瞥した。


「――――」


 最後まで言わなくても事情を察してしまうアルフさんの聡明さは言わずもがなだが、リリスさんの変わり身の早さは素直に驚いた。


 いつか見たリリスさんの“血塗られた刃”という印象はおそらく、リリスさんが極限まで磨かれてしまった人見知りを遺憾なく発揮してしまい、その結果極致まで達した圧力を放ってしまっていたため、そう思ってしまったのだ。


 だが、今の印象は全くもって違うものと化していた。


 ――剣に対して真剣に向き合っている普通の女の子。


「――――」


 その印象に変わったのは、今のリリスさんの目つきだ。この部屋に入ってきた時とは全く違う、地球でも一流と呼ばれる人は、いざ自分の得意分野を目の前にすると雰囲気が一変するというが、そのレベルではお話しにならないほど。まるで真昼と真夜中のようなハッキリと誰にでも分かる違いのようだ。


「私はその男の子に剣を教えれば良いということ」


「僕はさくらさんに魔法を」


「そういうこと、話が早くて助かるよ!それで引き受けてくれるのかな?」


 ウィルは発した言葉の字面的には一応、相手に是非を任せるような感じに見えるが、その実、ニュアンスや発する圧力からは強制さを孕んだ訊き方だった。実力的にはウィルは二人を遙かに凌駕している、それどころか二人掛かりで前衛後衛分かれて挑んだとしても、勝ち目は非常に薄い。


 しかし、実力社会の冒険者として一線を張れるほどの二人はさすがと言うべきか、そんな実力差を持った相手の圧力に対して何の反応を見せずに、各々の言葉に乗せて同じ回答で応える。


「鍛え甲斐ありそう」


「微力ながら喜んでお力添えさせていただきます」


 これで僕たちの師匠となる人たちが決まった。


 僕の師匠は、極度の人見知りで人に見られると暴力的な程までの圧力を周囲に発してしまうが、剣の腕は剣神に鍛えられたことから嫌と言うほど確かなリリスさん。

 さくらの師匠は、この町の冒険者ギルトの長で有り、魔法に長けている種族のエルフで有り、そのことから魔術師として名高いアルフさん。


 ウィルの言う通り、僕たちの師匠として文句の”も”の字も出ないような、凄い人たちが師匠をしてくれることとなった。

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