第126話 死の雨

「おかえり、真冬くん」


 目が覚めたとき真っ先に目に入ったウィルが僕を見て、“待ってたよ”と言わんばかりの表情をしていたので、期待と信頼されていたことに嬉しさを感じつつ、僕は晴れ晴れとした笑顔で、


「ただいま」


 と、笑いかけた。


「ほう……あそこから復活するとは、少しは見応えがあるようじゃな」


 感心したようにそう言うベルーゼの姿を今一度改めて見てみる。


「――――」


 荒れ狂った竜巻のような螺旋状の角が象徴的で、絵画とかで描かれる悪魔を模したような容姿と風格。確かにその姿を現実ではなく夢の中だったとしても、1度見てしまったら脳裏に深く、そして大きく刻まれるほど恐怖心を掻き立たせてくる。


 しかし、そんな姿を見ても僕はもう怖いと思えなかった。


「その様子だとやっぱり大丈夫なんだね」


 僕はベルーゼを見ながらウィルの言葉に頷く。


 人間という生き物は言葉によって感情や事実を誤魔化し、取り繕うことが出来る。しかし、どんなに上手く相手を騙せたとしても、他の誰でもない自分だけはこの世界で唯一騙すことは出来ない。だから言葉以外の部分、仕草や表情、行動だったりでボロが出てしまう。


「――――」


 ベルーゼへの底なしの恐怖心が無くなった今、奴の天井知らずの強さに僕の全神経を注いで警戒している。そのためウィルの言葉に頷いたのはほんの無意識だった。


「我はまだそなたを認めておらん。そなたが本当に奴を倒せるのか、信用に値する器なのか、試させて貰うぞ」


 直後ベルーゼから殴るような凄まじい突風のような物を感じた。その強さは気張っていないとまたあり得ない速さで飛ばされるような圧力だったが、先ほどからベルーゼに対してずっと警戒していたため、腕を風除けにすることで何とか堪えることが出来た。


「――――」


 そして、風が止んだため視界を塞いでいた腕を退けると、ベルーゼの周囲には無数の黒い物体が闇の星々のように、所狭ところせましと浮かんでいた。


 数の暴力――一つ一つは取るに足らない矮小な力でも、数が集まれば巨大なものも圧倒できる。


 それが矮小ではなく、掠りさえすれば即死のものだとしたら、暴力を超え、暴虐ぼうぎゃくというものだろう。


「――――」


 あれら全てが一度に襲ってくれば避けることは不可能。掠るどころか、数百発、数千発が直撃すると思われる。


 しかし、焦燥や恐怖など悲観的なものは微塵も感じていなかった。


「証明せよ――スキル暴食グラトニー


 言葉と共にベルーゼは僕たちに向けて腕を振りかざした。その動きに合わせ黒い星々は、髪の毛一つも通さないような、全くと言って隙間がないほどの濃い密度で向かってきた。


「――――」


 無限にも思えるような数と、当たれば即死という威力を持ち合わせていることによって、大目に見て精々プロのテニスプレーヤーのストロークぐらいであるそれほど早くない速度を考慮したとしても、脅威とするにはその力は十分に有り余っているほどだ。


 ――死の雨、まさにその表現が適切だ。


「真冬くん!」


 目の前10cmほど、目と鼻の先に死を告げる雨の一粒が近付いたとき、ウィルの呼ぶ声に僕は頷いた。

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