第112話 魔法使い

(どういうこと……?)


 自分の実力不足により持ち主を選ぶ剣に認められず、斬ったはずのハウンドドッグが生きていたかと思えば、ガラスが割れる音がした次の瞬間にはいつの間にかその命を散らしていたという喉を素直に通ってくれない状況に、僕はその答えを他人に委ねることしか出来無かった。


(壁を見てみてください。自ずと答えが分かると思います)


 ナビーにそう言われ、混乱している僕はおもむろにハウンドドックがいた場所に一番近い壁に視線を向けた。


「――――ッ!!」


 前回フランさんと一緒にダンジョンに潜った際、隠し部屋に行くためにフランさんの圧倒的な破壊力を誇る自然魔法で色が変わっていた壁に衝撃を与えた。そして色が変わっていた部分は狙い通り破壊出来たのだが、色が変わっていないつまり通常の部分は自然魔法の破壊力を以てしても、少しだけ焦がす程度の影響しか及ぼせ無かった。


 しかし、目の前に広がっている光景はその記憶を真っ向から疑うような物だった――壁に一線、まるで巨大な生物がその凶暴かつ鋭利な爪で、思いっきり引っ掻いたような抉られた跡が全長3メートルほど存在していた。


「真冬、凄いじゃん!!」


 自然魔法でさえ意に介さなかった壁が抉られている、という目と記憶を疑うべき光景に唖然としていると、驚きと笑顔が混ざったなんとも言えない表情のさくらが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらこちらに向かってきた。


「う、うん……」


 さくらの舞い上がっているテンションとは完全な裏腹に、僕は未だに状況が飲み込めず頭の中が混乱していた。

 ナビーの言った“壁を見てみれば自ずと分かる”という言葉と、大きな跡のある壁の向きからして僕がやった可能性が高い、いやむしろほぼ間違いないと踏んでも良いだろう。それは分かっているのだが、納得が出来なかった。


「真冬はその剣に認められたんだね……私はとっくに凄いって思ってたけどね」


 口を尖らせたさくらが言った最後の言葉は、余りにもぼそぼそとしていて上手く聞き取れなかったが、少しだけ不満げだがぱっと見では分からないほど僅かに覗かせる満足げなさくらの表情や雰囲気からして、おそらく僕を褒めてくれ、誇らしいと感じているのだろうと容易に推測できる。


 さくらが言ったように、状況証拠からして剣がある程度は僕の実力を認めてくれたという純然たる事実が、そしてさくらも認めてくれているという確かな証拠が、失いかけた自信を取り戻す呼び水となり、頭の中で起っていた混乱は次第に落ち着いた。


「さくら、ありがとう」


 僕がそう伝えるとさくらは首を傾げ、


「何で……?」


 と心底不思議そうに尋ねてきたので、無意識でも、意図せずとも僕を勇気づけてくれるある種の魔法使いであるさくらに、先に進むことを促す。


「ううん、何でも無い!それより魔石を拾って先に進もう」


「変なの……まっいっか。どんどん進もう」


 さくらの言葉に頷き、僕が落ちていた魔石を手にした瞬間、目の前が急遽暗転した。

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