第105話 思いやりの身勝手

「加工って具体的に何するの?そもそもいくらカイトが作ったからって勝手に何かするのは良いこととは言えないんじゃないかな」


 さくらの言ったことは至極当然のことで有り、後ろめたい気持ちが一切無いわけではない。しかし、事今回に限ってはこれらの武具の製造者であるカイトはもちろんのこと、それを手伝った僕とさくらにまで被害が及ぶ恐れがある。


 そのことをカイトに伝えたとすると、カイトはより良い物を作りたいという向上心がある、がそれが自分を含め周囲の人間に迷惑が掛かるかもしれないと知ったら、周りを犠牲にしてまで自分のやりたいことをやるかという葛藤から、おそらく物作りが出来なくなるだろう。


「いくら僕がここで理由を並べても結局は自分のためでしか無いと思うけど、僕はみんなを守りたい」


 監視塔としてナビーに頼れば僕の周囲の人物ならばある程度の対処は出来よう。しかしいくら万能に近いナビー言えどそれは飽くまでも事後対処ということでしかなく、何かが発生してしまってからでは遅すぎる。

 それに誰か一人だけが狙われたらまだしも、同時に一人一人が個別に狙われては対処もままならないだろう。かと言って命が懸かった場面で優先順位を付けてから現場に向かうのも出来ない。


 だから身勝手ながらもカイトの武具はああするしか他ないんだ。


「それが私たちの為なんだよね……。分かった、納得する」


 さくらは渋々と言った様子だったが、一応は納得を示した。こう言ったらさくらが納得すると分かった上での狡い言い方だと思っていたが、それは嘘も偽りも紛れもない本心なので仕方があるまい。


「それはそれとして、加工って何するの?」


「ひとまず場所と具体的にどれくらいの物なのか知りたいから、冒険者ギルドで説明する」


 僕がそう言ったところでタイミング良く冒険者ギルドの前に着いたのでさくらに先に入るように促し、僕も後に続いた。



 ギルド内に設けられている酒場では、昼過ぎからお酒で出来上がっている者もいれば、これからの冒険に戦意と集中力を高め出来上げている者もいる。そんな冒険者ギルドで僕は目的の人物――フランさんを探すことにした。


「すいません、フランさんはいますか?」


 とりあえず手の空いていそうな受付嬢さんにフランさんの居場所を尋ねた。


「少しお待ちください……えーっと2階にいるようです。良かったら呼びますか?」


「いいえ、自分で行くので大丈夫です。ありがとうございます」


 僕がそう伝えると受付嬢さんは驚いていたが、懐から金色のギルドカードを出し、見せたことで納得した顔になり、丁寧な見送りで送り出してくれた。



 2階に上がるとさすが金以上のギルドカードを有する冒険者が集う場所と言うべきか、1階のようなよく言えば賑やか、悪く言えば品のない喧噪など程遠く、皆が皆洗練された鋭い雰囲気を纏っており、そこはかとなく薄らと張り詰めた緊張感から自然と背筋が伸びるのを感じた。隣にいるさくらも同様に緊張の糸を張っていた。


「すいません、フランさんはいますか?」


「今お呼びしますので少々お待ちください」


 一番手前の窓口にいた受付嬢さんに尋ねると、こちらもこの階の空気に見合った洗練された動きで一も二もなく後ろへ引いていった。おそらく2階の受付嬢さんは同じ職員の動向をある程度は把握しておかなきゃいけないのだろうか。


 ほどなくして後ろに引いていった受付嬢さんの姿が見えると、後ろから僕たちといるときとは違い、フランさんを呼びに行ってくれた先導している受付嬢さんと同じく、凜としているフランさんが見えた。いつもと今のフランさんを比べるなら、ファミレス店員と高級フレンチレストランのウェイターほどの差があるだろう。


「真冬さん、こちらになります」


 周りの雰囲気に則してか他人行儀なフランさんの案内で、僕たちはいつもの個室へと到着した。そしてフランさんに続いて僕、さくらの順で中に入り、鍵を掛けるとフランさんは張っていた肩の力を緩め、いつも通りに戻った。


「ふぅー……疲れた……」


 品のある佇まいこそはいつも通り変わらないが、自然と力が入っていた表情が和らぎ、目に見える部分や見えない部分、その両方に神経を使っていたことが今のフランさんの雰囲気から火を見るよりも明らかに窺えた。


 余談だが、先導されている時に僕たちの姿が見えるや否や、口の端が一瞬だけ緩んでいたのはおそらく無自覚なのだろう。そしてそこについてはフランさんの名誉のために触れないであげよう。


「お疲れさまです。受付嬢さんも大変なんですね……」


 苦笑いをしながらのさくらの言葉に、フランさんも渇いた苦笑いで返す。


「それで今日は何しに来たの?」


 見ていてこちらにも移ってきそうな苦笑いを止め、多少なりとも仕事モードへと移行したフランさんは僕たちにそう尋ねてきた。


「とりあえずこれを見てください」


 僕は少しだけ居住まいを正した後、懐から一降りの剣を出した。

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