第88話 付与Ⅲ

「――――」


 魔力を込める作業とホースから水を出す作業は酷似している。

 ホースから水を大量に出すには、蛇口を目一杯まで捻れば良い。細く出したいのであればホースの先を細くしてあげれば良い。しかし、ホースの先端を細くすればするほど、そこから出る水の圧力は細くした分だけ高まってしまう。だから細くすると同時に蛇口も捻って調節する。


 ――出てくる水が魔力で、ホースと蛇口の調整は己の意識の調整だと置き換えられる。


 信用を積み重ねるように少しずつ、針の穴に糸を通すように繊細に、牛の歩みのようにゆっくりと。


(もうそろそろです)


 そんなナビーの声が聞こえてきたので、注いでいた魔力の糸を髪の毛ぐらいまで極限に細くし、更に魔力量を微調整した。先ほどよりも難易度は比べものにならないぐらい跳ね上がっているが、ある種のゾーンに入っているのだろうか、身体は燃え上がるように熱を生み出し続けているのに頭はそれとは逆に、熱を生み出せば出すほど冷静になり、更にそれに比例するように冴えてきている気さえしていた。


「――――」


 魔力量を出ているのか出ていないのかあやふやになる程まで減らしてからしばらくした時、蛇口が元から止められたように魔力が出なくなった。一瞬だけ魔力が足りなくなったのかと思い焦りもしたが、次の瞬間にはナビーが止めてくれたのだろうと思い、逡巡の後、魔力を込め発動した事象をそこに固定する段階へ移行する。


 例えば武器に炎を纏わせる場合には、炎の周りに薄い膜を魔力で作り覆って上げる必要がある。そうしなければ、武器に纏っている炎が消えてしまうからだ。膜を張らなくても絶えず魔力を込め続ければ消える事は無いのだが、いくらなんでもコスパが悪すぎる。

 そして、今は炉の内側の表面には真空が出来上がっているので、その真空の部分を魔力で覆う作業になる。


 炎の場合は熱を通すために出来るだけ薄くする必要があるが、真空の場合は、薄くても厚くてもそれほどの影響は無く、正味な話どちらでも良いので、ここはそれほど気を遣わなくても良いと言えるだろう。ただ闇雲ではいけなく、完成した真空の方に魔力を注がないようにすることだけは注意点だ。


「さくら、お願い」


 これで付与魔法の全ての手順、付与する場所の決定、その場所に事象をイメージ、イメージに魔力を込め事象を具現化、事象の固定、と全ての行程が終わった。


 疲労、心労ともに今までに感じたことがないほどのものを今感じているが、さくらの火入れでは何が起こるかは全くもって計り知れないので、未だ気が抜けない。


「任せて!」


 さくらは真空が付与された炉に手をかざして、


【火《ファイヤ》】


 純粋な属性を放つ魔法を唱えると、出来るだけ隙間を無くして貰った炉の最低限の僅かな穴からは、太陽を彷彿とさせるほど眩しい光が溢れてきた。その光は太陽をぎゅっと絞り、針のようにある一方向に攻撃的な指向性を持たせたような刺々しい光だ。


 急に眼球を襲った光の針に思わず目を背けてしまっていたら、


「これを使え」


 カイトはそう言い、僕に地球で言うところの眼鏡型の遮光板のような物を渡してくれた。一度カイトが使っているところを見たことがあるので使い方は分かる。ひとまず自分にそれを掛けてから、集中の極点に至っていて周りが見えていないさくらにも邪魔にならないように掛けてあげた。


 さすが光の精霊と言うべきか、ウィルは目を背けるどころか眩しそうな素振りさえも一切見せない。


「うーん、そろそろかな」


 既に遮光板のような物を付けていても目に痛みを感じるほどになっている光を、何も付けずに直視しているウィルがそう呟いたのと同時に、さくらの顔が限界を表すようなそんな表情になっていた。

 その表情は細胞に直接作用する熱によるものもあるだろうが、おそらくは魔力が限界に近いということだろう。その根拠としては、光の明るさの上がり方が最初の時と比べると見違えるほど遅くなっているからだ。


「止めるよ」


 僕にそう聞いてきたウィルに反射的に頷くと、ウィルはさくらの肩を叩いた。


「――――!」


 肩を叩かれたさくらが、糸の切られたマリオネットのように力無く倒れ込みそうになったので、僕は慌ててさくらの身体を受け止めに入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る