87話 二千年前の真実


「その昔、こちらの世界では"魔"という種族と"人"という種族が存在する争いの耐えない世界でした」


 この世界とは違い二種類の種族しか存在しない世界か。

 前世でもいくつかの種族がその覇権を求め争っていたが、あちらは魔か人かの実権争い。


 しかし、どこの世界でも種族間の争いというのは起こるものだな。


「二つの力は拮抗していて、その戦いはいつまでも続きました」


 なんでそこまで戦っておいてそいつらは分かり合うことを考えなかったのかねぇ。

 ま、今まで大規模で否定し続けてきたものをそう簡単にひっくり返すこともできないか。

 前世でも種族間の戦争を諌めたあとでも、大々的には仲良くしてるように見えても個人ではまだまだ受け入れられない奴もいたからな。


「このままでは戦いは終わらず、ただいたずらに世界を壊していくだけ……」


 確かにその通りだな。

 戦争をするためには資源がいる、大規模な攻撃はさらに資源を削っていく。

 そんなことを続ければ、最終的には生物が住める星ではなくなってしまうだろう。

 そのことは……私もよく身に染みているからな……。


「だからこそわたくし達が生まれたのです。この戦いを終わらせるために」


「ワウ?(どうしてそれが戦いを終わらせることになるんすか?)」


「わたくしは"人"に七つのある特別な力を与えることができます。その力は戦争をすぐにでも終結させる程の力……」


 今のままでは戦いが終わらないから、さらに強いを与えてさっさと戦争を終結させる……か。

 私の嫌いな考え方だな、これならアイツの主義の方がまだ……と、話が脱線してしまうな。


「ワン(それで人の勝利でその戦いが終わったんすね)」


「いいえ、違います」


「ワウン?(ありゃ、違うんすか?)」


 それだったらそこでこの話は終わりだろう。

 先程のセフィラの話で私は二点、気になる部分があった。


「お前はさっき『私達』と言った、それに『七つの力』とも。それが意味するものとは……」


 答えはもう一つしかない。


「考えてる通り……"魔"の陣営にもこちらと同じように七つの力を与える存在がいました」


 つまりだ……。

 あちらの世界では"人"と"魔"の拮抗した争いが続いていた。

 それを終結させるためにそれぞれの陣営に力を与える"神"の存在が現れた。

 おそらく"魔"の力は現在の“七皇凶魔”に由来するものだろう。

 それが人側にもある……しかもその一つは今犬が持っているのか。


 ……話が脱線したな。


「あちらが七つの大罪を力とするようにこちらも七つの美徳を力とした七人の戦士がいました。お互いにその七人で勝負を行い、勝った方の種族が世界を手にする」


 極端な世界だ……ま、世界にはいろんな形があるだろうから私がその在り方に口出しする気はまったくないが。


「わたくしが力を与えた七人はいずれも優秀な人材ばかりでした……。しかし結果は……」


「惨敗して蹂躙されたってとこか」


 私の言葉にセフィラがこちらを睨んでくる。

 だが敗者の末路なんてそんなものだろう、逆の結果でも立場が反転するだけだろうしな。

 ま、そんなことは私にとってはどうでもいことだ、そちらの世界の事情はわかったからそろそろ本題に入ってもらおうか。


「その"人"ってのが蹂躙されたのなら、その神であるあんたはどうしてこのアステリムで生きている?」


「……わたくし達が生まれて15年、戦いに負けた"人"の陣営はことごとく潰されていきました。そして奴らはついにわたくしのいる神殿まで進行してきたのです」


 ん? その神殿とやらに進行されるまでセフィラは何やっとったんや?


「そしてとうとうわたくしは決断しました。自身には一度だけ使える最後の手段、次元を超える力を」


 つまりなにか? 今まで戦ってくれた仲間を見捨てて逃げたってことか? しかもその間自分はずっと引きこもってたと。

 私ならありえんな。

 ……いや、こちらの価値観で勝手に考えるのは良くない、彼女だって辛かっただろう。


「そして今から約2000年前、わたくしはこの地に降り立ちました。そしたらなんという偶然か、そこには元の世界の"人"に似た種族が文明を築いてるじゃないですか」


 それがこの世界の"人族"と“女神”との出会いと歴史の始まりか。


「その者達は進むべき道を見つけられず、迷い悩む者ばかりでした」


 だろうなぁ……サイモンのヤロウがバカやった後のことだろうな。

 他の奴らも好きなように生きたらしいし、人々が迷うのも当然か。


「そして決めたのです、かつて実現できなかった"人"の楽園を作り上げようと。だからわたくしは彼らに道を示しました。人を集め、街を作り繁栄するように」


「……それで、あんたはその後どうしたんだ」


「人々の象徴、神たるわたくしが表舞台に立つ必要はありませんし、作られた神殿で静かに暮らしていましたよ」


ブチッ……


 流石にそろそろ腹が立ってきた。

 だが言うだけ言って後は何もしない? それはちょっと無責任じゃないか、その後に彼らがどうなるかも見届けないで?


「だが今の世の中は亜人族やエルフ族などが迫害され辛い思いをしている者もいる」


 新魔族の侵略が無くとも今の世の差別や格差は酷いものだ。

 昔の世界を知っているリオウが革命を起こすほどだからな。

そのことをどう思っているのか……。


「だって彼らは"人"じゃないでしょ?」


「なっ……!?」


「それに報告ではいつも人々は繁栄し豊かに暮らしてる。たまに外の景色を見るけど、何も問題はなさそうだし」


ブチッ……


 こいつ、本気で言ってんのか。

 確かに彼女にとっての"人"はこの世界の人族なんだろう。

 だけど、だからといって敵意無い他の種族を人として扱わない……。


「ワウウ(今のは流石にぼくもカチンときたっす。だって第三大陸でやっつけたあいつらと一緒じゃないっすか)」


 そうか……これが今の世界の“人族主義”を生み出してしまった元凶なのかもしれないな。

 セフィラと話してると何を聞いてもどうも考えが合わない。

 私との相性は最悪だなこの女。


「えっと、続きを話してもいいかしら?」


「……ああ」


 本当は今すぐにでも悪態をついて帰りたいところだが、まだ最重要部分を聞いていない。

 それを聞くまでは……抑えるんだ。


「じゃあ続けますよ。人々は集まり平和な歴史が作られていきました。しかしそれから500年後、平和は長く続きませんでした」


 ここで新魔族の登場か。


「あちら側の神は次元を超えて人や物を送り込む力を持っていました。きっとあたしのことを消すために追ってきたに違いないわ!」


 は? じゃあなにか? この世界は別世界の関係ない戦いに巻き込まれただけって話か?

 それにその送り込む力というのも気になるな。


「お前の力とあちらの力はどう違うんだ?」


「あたし達は自分達を次元転移する力とはもう一つ別の次元に干渉する力を持っている。それは『自分の力を受け継ぐことができる者を次元移動できる』力」


「そんなことが可能なのか?」


「一度使ったらかなりの年月を空けないとまた使えなくなるけどね。その期間もまちまちだし」


 まちまちか……確かに、以前異世界人が召喚されたのは五年前、その前は500年前だからな。


「だけどあちらの力が"送る"のに対してこちらは"取り寄せる"。しかも七つのうちどの力を受け継ぐかもわからない」


 しかもあちらは新魔族を大量に送ってきているからな。

 しかし……この説明を聞く限りどうも解せないところがあるな。


「何故異世界人に力を引き継がせる必要があるんだ?」


 すぐにでも新魔族に対抗したいならこの世界の人間に力を渡せばいいのにな。


「それは奴らの侵略が始まってすぐに実行したの。……でも結果は前と同じで奴らの力には一歩及ばなかった。だからこその最終手段として、『力を限界以上に引き出せる存在』を条件に次元干渉の力を使うことにしたの」


 元の世界でもこの世界でもその力を引き出せる者がいなかったってことか。

 なんだか異世界人に使わせることを前提としてるような力だな。


「ワウン?(でも次元転移って一回使うのに何年もかかるんすよね、そんな余裕あったんすか?)」


 それもそうだな。

 でも第五大陸までは侵略されて、それから勇者に指導者を倒されたんだよな。

 しかしそれでも侵略が始まってから1000年近くは経っているはずだ。


「あたしは召喚に専念していたのでよくは知らないけれど、長年前線で戦ってくれた魔導師達がいたという情報を耳にしたことがあります。今世に広まっている魔術とは比べ物にならないほどの力を持っていたそうですが……」


 まさか、その魔導師というのは前世の私の仲間……その末裔だったのでは?

 この世界を守るために戦ってくれた……だが、新魔族の力に皆敗れ消えてしまった。


 もしかしたら、この世界の魔術が衰退したのはその戦いで、昔の魔術原理を教えられる者がいなくなってしまったのかもしれない。


「だが、それでも新魔族に対抗できる勇者を呼び出すのに千年もかかるなんて長すぎじゃないか?」


「うっ……そこは……あたしの力には当たりはずれの差が大きかったから……」


「当たりはずれ?」


「次元転移は必ずしも異世界人を呼び出せるわけじゃない。人じゃない物質しか呼び寄せられなかった時もあるし、力を受け継いだとしてもこの世界の住人よりちょっと強い程度だったり……」


 しかも一回使うのにかなりの期間を費やすとなればまぁ時間はかかるわな。


「それに、あたしが与えられる七つの力はすべてが戦闘に特化した能力というわけじゃないから。あっちは全部攻撃型なのに……不公平よ……(ぶつぶつ)」


 なんかぶつぶつ不満を言い始めたぞ。

 戦闘向きじゃない能力か……でもネット小説なんかじゃそういった特殊な力を上手く使って成り上がるモノとかあるよな。

 ま、実際にはそんなに甘くないってことか。


「ワンワン?(じゃあぼくの能力はどんなのっすか?)」


「それは……まだわかりません。覚醒してみないかぎりは」


 そいつにどんな能力が与えられたのかもわからんのか。

 どれもこれも不確定すぎだな。


 さて……これで、前世で私が死んでから今までの大まかな流れは理解できたな。

 じゃあ一番重要なことを聞くとするか。


「最後に質問だ。今までの召喚された人間達がどうなったか、もとの世界にはどうすれば帰れる」


「それは……わからない……」


 まぁ……自分の力をここまでハッキリ把握できてないからそんなはしてたけどな。


「500年前に召喚された勇者はどうなったんだ。その他の異世界人のその後もハッキリとしたものは残っていない。そこはどうなんだ」


 第三大陸で聞いた話や、ギルドの資料にも彼らのその後は書かれていなかった。


「か、彼は魔王マーモンを倒した後どこかへ消えちゃったのよ。でも500年も経ってるからもう死んでるだろうし。まったく、まだ奴らは残っていたのに……無責任よね」


 こいつ……責任もクソもあるかよ。

 そっちの都合で勝手に召喚されて、命をかけて敵を殲滅しに行けだなんて理不尽にもほどがあるだろう。

 むしろ異世界人の動向も把握しないでこの場にふんぞり返っているだけだなんて無責任なのはそっちだろう。


「だったら5年前に召喚された二人はどうなんだ」


 一応話は聞いているが、セフィラはどこまで把握しているのだろうか。


「し、仕方ないじゃない。一人は死んじゃったし、もう一人は行方知れずなんだから! だから新しい勇者が必要なの。大丈夫、奴らを滅ぼしたら世界に問題なんて無いし。その後御付のあなたにもなに不自由ない最高の暮らしを約束するから戻れなくても心配ないわよ。その内もとの世界のことなんて忘れるわ」


……ブチィ!


「ワウ(あ、ご主人が完全に切れたっす)」


 もういい……帰る方法もわからない、理不尽で無責任な言動をこれ以上聞くつもりもない。


「行くぞ犬、もうこんなところに用はない」


「ワウ(了解っす)」


 私と犬はそのままこの神殿を後にしようとする……が。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!? あなたはいいけど勇者は置いていきなさい、これは女神の命令よ!」


「うるせぇ、何が女神だ! この世界に自分の問題を持ち込んだ上、戦ってくれた者達の勇士も知らず、無関係な異世界人を巻き込んで自分は安全な場所で高みの見物だぁ!? ふざけるのもいい加減にしろ!」


 もう怒りの限界メーターなんてとっくに振り切れている。

 今まで溜まっていた怒りが湯水のように溢れ出てくる。


「な……! なによ、子供のくせにわかったようなこと言って! あたしの方が何倍もお姉さんなのよ!」


 いやお姉さんというよりBBAじゃ……ってんなことどうでもいい。


「だがまぁ確かにお前から見れば私は子ど……いや、待てよ?」


 セフィラがもとの世界で生まれて決着がついたのが十五年だったよな。

 そしてこの世界で歴史が始まってから今まで生きてきたってことは……2015歳。


「って同いタメじゃねぇか! 何がお姉さんだ!」


「はぁ!? 何言ってるのよ、神であるあたしとあんたが同い年なわけないでしょう」


「ヘッ! お前なんかは知らなくていいことだよ、このポンコツ女神!」


「な、なんですって!」


 精神的な年齢は私と変わらないのにこんなに責任感の無い奴だとは。

 もういい、こんなところにはもう一秒もいられるか! 私は帰るぞ!


「苦労してきたというのにもとの世界に帰る方法も一ミリもわからない! こんなとこ来るだけ無駄だったな!」


 私はそう言い残し今度こそ広間を後にする。


「ワウン(いやー、ご主人が女の子に対してあそこまで怒るとは思わなかったっす)」


「私だって合わない女性ぐらいいるさ」


 確かに凄くかわいかったが駄目だ。

 ああいうタイプと恋人になるなんてことはまず無いだろうな。


「ワウ?(これからどうするんすか、ギルドに戻るんすか?)」


「いや、このまま帰っても……ん?」


ドドドドド!!


 なんだ? なんか後ろから何かが迫って……。


「待ちなさーい! 勇者を置いてきなさーい!」


 って追いかけてきた!?

 てっきりあの部屋から出ることは無いだろうと思っていたから驚いた。


「待てー!」


 考えてる間にもどんどん迫ってくる。

 追いつかれると面倒だ、振り切るか。


「走るぞ犬!」


「ワウ!(了解っす!)」


 何も考えずにただ長い廊下を走る。

 ……しかしよく考えれば相手はあの“七神王”の一角だった。

 強化魔術でも使っておくべきだったか……と思ったが。


「ま、待て~……ぜぇ、ぜぇ……。ゆ、勇者を置いて……ぜぇ、いきなさ~い」


 体力ねぇなおい!

 七神王といっても、やはり名ばかりだけの存在だったか。

 流石に神というだけあって魔力量の底が見れないほどだったが。

 目を凝らして回路を見てみると、よくわからない回路が二本と、それを囲むように三つの光が漂っていただけだった。


(これが何を示しているのかは先程の話からなんとなくわかるな)


 その回路にも気になる点はいくつかある、だが今はそんなことはどうでもいい。

 すでにセフィラは完全に息が切れたようでその場にへたり込んでいる、勝ったな。


「ワウン?(あのまま放っておいていいんすか?)」


「別にいいさ、私の知ったことじゃない」


 とにかく今はここから離れることだけ考える。


「ぜぇ……に、逃げたって……絶対に捕まえるから! 覚悟しなさいよ~!」


 悔し紛れのそんなセリフが耳に届く。


「ワンワン?(って言ってるっすけど、どうするんすか?)」


 おそらく、このまギルドに戻ったところでまた奴らはやってくるだろう、何度でも。

 そんな連中をいちいちいなすのも面倒くさい。


「だから対策は打ってある」


「ワフ?(対策?)」


 私がギルドから出発する前にマステリオンやマレルとしきりに確認を取っていたことを思い出してほしい。

 実はあれは依頼を承認していたのだ。

 以前ジオ達から聞いた別大陸への長期の案件を利用させてもらった。


「と、いうわけで今回の任務は『第四大陸に保管されている異世界の道具の調査』と『危険度Aの未探査地、世界樹ユグドラシル周辺の調査』だ!」


 逃げた先でさらに研究を行い一石二鳥ということだ。

 私はまだまだもとの世界へ帰ることを諦めたわけじゃないからな。


「さぁ、行くぞ! 第四大陸、『チャトゥヴァル』へ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る