50話 謎のメールに導かれ


 ありえない。

 この世界……アステリムには勿論プロパイダのサーバなんて存在しないしそもそも電波すら通ってはいない。

 スマホの電波状況は当然のように圏外だ。


「なら、これは一体どこから送られてきたものなんだ……」


 仮説その一:いつの間にか元の世界に戻ってた! ラッキー! ……あり得るかこれ?

 仮説その二:アステリムに通信会社設立! すごい技術の進歩だ! ……これは無いな。

 仮説その三:宇宙からの謎の電波を受信! この絶望的な状況を宇宙人パワーで解決してもらおう! ……うーん、いきなりのSF展開。転生や異世界転移があるんだからありえなくはないかもね。


 いずれにせよ確かめなければならないだろう。

 私は期待と不安を胸に恐る恐るスマホを操作していく。


「差出人は不明、アドレスもぐちゃぐちゃだ。メールの内容は……」



件名:その先へは近づくな


 これ以上森の深くへは進んではならない

 この忠告を無視するのならば残念だが死んでもらうしかない、君も……君の仲間も



 仲間? ッ!

 その文面を見て私はようやく完全に正気に戻った。

 私の目の前には先程の私と同じようにふらふらと森の奥を目指して歩くサティとレイ(とついでに犬)。


(くっ! なぜ私は今まで我を失っていたんだ!?)


 今までずっと傍にいた仲間の存在さえ忘れてしまっていたなんて私らしくもない。

 そもそもこの森に入ってどれだけ進んだのかさえわからない。

 辺りを見ても見慣れない静かな森が広がっているのみで場所などわかるはずもない。

 一体何がどうなっているんだ!? この森といい謎のメールといい……。

 そんな私が頭を悩ませている間にも二人はふらふらと森の奥へ進んでいく。


「今はわからないことに悩むよりこちらを正気に戻す方が優先か」


 私はレイの肩を掴みぶんぶんと振り回す。


「おい、レイ! 正気に戻れ」


 だが、思いっきり振り回しても正気に戻る気配はなく、お構いなしにまた歩き出す。


「サティ、しっかりしろ! アジトはそっちじゃないぞ、多分!」


 続いてサティに呼びかけるがこっちも反応なし。

 犬にも私が今度ひっそりと食べようと隠しておいた大好物の干し肉をチラつかせるが見向きもしない。

 こうなったら実力行使だ!


「恨むなよ、レイ。おりゃ!」


 レイに向かって無情なる一撃(腹パン)を仕掛けるが……。


スッ……


「うおっ! おわぁ!?」


 拳はヒットするどころか受け流され、転ばされてしまった。

 くそっ、なんか凄くかっこ悪いぞ。


 しかし大丈夫、先程までの動揺とは裏腹に私の頭は今凄く冷静にこの状況を分析している。

 最初にレイに掴みかかって振り回したのにその時には一切抵抗されなかった。

 だが、レイを止めようと殴りかかったらスルリと受け流されてしまった。

 以上の点から、動きを止めようと向かってきた相手には対応した行動をとるんだろう。


「だったら、魔術を使うしかないか」


 私の身体能力はお世辞にも高いとは言えない。

 だったらここは一発ドカンとやってやる。


「ちょっとショックを与えるだけだからここはか……」


ヴー……ヴー……ヴー……


 おわっ!

 ビックリした、またメールだ。

 相変わらずの差出人不明、アドレスも先ほどとは少し変ってるように思えた。



件名:魔術使用禁止区域


 この場所で魔術は使用しないほうがいい

 この区域のマナに干渉した瞬間、今の君の魔力回路では簡単にもぐりこまれ、二度と正気に戻ることはないだろう



 メールに書かれていた内容は、意味がわからないようでなんとなくわかる。

 つまりマナに干渉するとまた先程の状態……いや、それ以上酷いことになるということだろう。


 だが、どうする? この差出人不明の怪しいメールを「はいそうですか」と言って素直に信じていいものか……。

 普通ならこんな異世界に送られてくる差出人不明の不気味なメールなんて信じるわけがない。

 が……。


「信じてみるか」


 ケルケイオンを下ろし魔術を発動させる構えを解く。

 どんなに怪しかろうと、事実私はこのメールの主に一度助けられている。

 もし私達を全滅させる気ならこんなことをしなくてもいいはずだ。

 メールの主が信じられるかどうかはわからない……が、私は信じたい、このメールの主が私達を助けようとしてくれているのだと。


(他に気になる内容もあったしな)


 あのメールにはマナへの干渉や魔力回路のことという、現代のアステリムでは精通していない技術のことが書かれていた。


「まさかメールの主はドラゴスのように昔の私が知ってる人物? いや、でもそれならどうやってこのスマホにメールを……」


 まぁ今は考えてもわからないので後回しだ。

 そんなことより二人と犬をどうにかしないといけない。


「このメールの通り魔術が使えないなら一体どうしたら……おっ?」


 メールを見返していると先程のものにはまだ続きがあったようだ。


「どれどれ」



PS

 魔術が使えないからといって泣くな

 そんな魔術が使えなければどうしようもない君にちょっとしたプレゼントをあげよう



「泣いてねぇよ! てかなんだコイツ、妙にイラッとくる言い回しだな。あとプレゼントなんてどこに……ってなんだこれ!」


 メールを最後まで読み終えるといつの間にかアプリのダウンロードが始まっていた。

 マジでどうなってるんだ? うわ、どこ触ってもなんも反応しねぇ。

 そんな私が悪戦苦闘してる間にアプリは無事ダウンロードを終えてしまったようだ。


「うわー……大丈夫なのかこれ。すげー怪しいんだけど」


 画面には


[instant magical ver1.00]


 という謎のアプリのアイコンが。

 凄く不安だが、他に方法はない……。


「ええい! 毒を食らわば皿までいくさ! 起動!」


 起動してみると『ようこそ!』の文字が出た後に上部に《instant magical》と書かれた枠の中に空のボックスのようなものが幾つも置かれている画面に変わった。


「で、どうすりゃいいんだこれ? なにもないじゃ……」


ピコン!


 そんな機械音声がしたと思ったら画面に文字が表示された。


『初回特典! 新しい魔術が追加された! さっそく使ってみよう』


 なんだか一気に脱力した、メールの主は遊んでいるとしか思えない。

 アプリを見ても変わった所は……あった。

 さっきまで全て空ボックスだったが、その内の一つの中に。


[stun gun] 消費魔力:10~20 起動時に対象に接触させることで発動 出力調整可能


 と書かれてあった。

 stun gunってあのスタンガンのことだよな。


「マジで? ってか魔力って私のをスマホに送るのなら結局魔術を使うのと一緒じゃ……」


 これで今日驚くのは何度目だろう、驚きまくってもう声も出ない。

 スマホから……魔力を感じるのだ。

 てかいつの間にかバッテリーのパーセンテージの横にMと書かれたマークが100%という表示がある。

 このMというのはどう考えても魔力だろ。


「ああもう! 面倒臭いことはすべて後回しだ! とにかく二人にこれを試して……ってもうあんなところに!?」


 どうやら二人は私が色々やってる内にもドンドンと先へ進んでしまっていたようだ。


「これ以上先に進まれると完全に見失ってしまう。もう迷っている時間はない!」


 早くしないとメールの主に殺されてしまう、そして何よりもこの奥に見えたあの優しい何か……あちらのほうが私には数倍恐ろしく思える。


 私はレイの下へ敵意無く近づく。

 やはり抵抗しようとしない……私はスマホを操作し[stun gun]を選択する。

 画面が切り替わり出力調整と書かれた文字とバーがあるが、とりあえず最低でいいだろう。


「レイ、これで戻ってくれよ」


 ゆっくりと近づけ、スマホがレイの体に接触した。

 すると。


「あばばばばば!?」


 電流が流れ、レイの全身を痺れさせた。

 こっちまでこないよな? 電流は先っちょからレイに向かって出てるだけでこちらへはこない、どんな仕組みなんだ。


「う、ごほっ。ここは一体?」


 口から煙を出して大丈夫か? と思ったが、どうやら今のショックで無事|(かどうかはわからないが)正気を取り戻したようだ。


「そこにいるのは、ムゲンか。何がどうなって……」


「まだ喋るな。少し休んで意識をハッキリさせろ」


 これでレイは大丈夫。

 後は、サティと犬にも……。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」

「ワババババ!?」


 なんだか楽しくなってきたぞ。


「いっつつ、あれ? ムゲン?」

「ワゥ~ン?(一体何が起きたんすかぁ?)」


 こうして全員正気を取り戻しなんとか全滅は免れた……と思う。

 しかしこのアプリは一体何なんだ? スマホのバッテリーの部分に魔力が貯まっていることまではわかったんだが。

 おや、Mの横の数字が100から70に減っている。

 なるほど、[stun gun]最低出力が10消費、三回使用したから残りは70%ってわけか。

 まるでこのスマホが一つの魔道具になったみたいだな。


 まったくこの森といい謎なことが多すぎる。

 とにかくこの先のことは皆が回復してから話し合うとしよう。






 それから数分後、なんとか落着きを取り戻したレイとサティ。

 犬はまだボーっとしてるな。


「まさか、そんなことになっていたなんてな」


「こんなこと、今までにない感覚だよ」


 一応歩いていた時のことを聞いてみたが、その時のことは二人ともまるで覚えていないらしい。

 ただ、森の奥に見えたあの"何か"以外は……。


「ムゲンに助けられていなかったらと思うとゾッとするな」


「でも、一体誰なんだろうね。そのムゲンを助けてくれた奴ってのは」


 二人にはさっきまでの一部始終を包み隠さず教えた。

 まぁ二人にはメールなんて未知の技術はわからなかったから説明が難しかったけど、誰かが私を助けてくれたという点は伝わったようだ。


「それは私にも検討がつかない。だが、この森が想像以上に危険なことはわかった。一刻も早く抜け出したほうがいい」


「だが、そもそも俺達は今どこにいるんだ?」


 そう、問題はそこだ。

 我々は『幻影の森』に入ってすぐ正気を失ってしまった。

 だが時間はわかる、入る前にスマホで時間を確認しておいたからな。

 日にちは経っておらず、時刻は一時間程進んでいる。

 つまり歩いて一時間程度の距離だが、入った時と違いもう日が完全に落ちてしまっている。


「これじゃあ先が見えないな」


 状況はいいとは言えない、むしろ悪い方向へと向かっている気がする。

 どうすれば……。


「ごめん、二人共」


 この状況をどうやって打破しようか考えていたら、サティがいきなりしゅんとして謝り始めた。


「アタシが幻影の森に入ろうなんて言わなければこんなことにならずに済んだかもしれないのに」


「いっ、いやいや! べ、別にお前が謝ることじゃないだろう!? あの時はそれが最善の策だったし、俺達全員の同意の下だった! なぁムゲン」


「えっ!? あ、ああそうだな」


 サティのことを励まそうと思ったらレイに先に言われた。

 いや、まさかレイがサティのことを擁護するとは思わなかった。

 まさかねぇ……。


「ありがとう二人共。でも、あの時はきっとまだ別の手段があったはずなんだ…でも……」


「……」


 サティに自虐が止まらないな、こんな場所で精神的にも参っているのかもしれない。

 レイもこれ以上掛ける言葉がないのか心配そうに見つめるだけだ。


 うーむ、ここらで一発いいアイディアがピーンと浮かんでくれば……。


ヴー……ヴー……ヴー……


 タイミングが良すぎないかお前?

 流石に慣れてきたぞ、今度はなんだ。


「それがさっき言ってた何者かからの連絡か?」


「ああ、今度はどんな奇天烈なことが書いてあるやら」



件名:プレゼント


 ダメダメな君に今日はもう一つプレゼントをあげよう

 アプリを起動すればすでに届いてるはずだ

 こちらとしても君達には早くそこから出て行ってもらいたいのでね



「誰がダメダメじゃこらぁ!」


 なんだこいつ! ムカつくぞ!

 いつか絶対に正体突き止めてやるからな!


「おい、落ち着けムゲン。とりあえずお前を馬鹿にするようなことが書いてあったのはわかったが。それだけか?」


 この世界では言語は日本語っぽいが文字は全然違う。

 だからレイにはメールの内容を知ることができない。

 その点でもこいつの存在は謎だな。


「他には……プレゼント、またあのアプリか」


 すでに送っているとのことなのでそのままinstant magicalを起動する。


ピコン! 『仲間救出特典! 新しい魔術が追加された! さっそく使ってみよう』


 見てみるとボックス内に一つ、追加されていた。


[map] 消費魔力:一時間ごとに6 起動すると周囲の情報を会得しマップを形成する 詳細情報を会得しようとするとさらに魔力を消費する


「これまたなんとご都合主義な……。まぁいい、早速起動だ」


 [map]を起動するとスマホにこの辺りを俯瞰で見下ろした図が表示され、私達の位置や拡大すれば近くの村まで見えそうだ。


「これ以上拡大するにはもっと魔力を使うのか」


 一時間で6、つまり10分で1か。

 あまり無駄遣いはしたくないが……。


ヴー……ヴー……ヴー……


 なんだよ! まだ言いたいことがあるのかよ!

 若干キレながらスマホを操作する。



件名:お助けキャラ


 そうそう、いくらアプリがあるからと言ってそのまま歩かすのは危険だ、外にはまだ君達の敵もいる

 そこで、君の[map]にナビルートをつけておいた

 そして万が一そのルートから外れてしまわないように案内役もつけよう



 その後に続く文を見て私は絶句した。


「おい、ムゲン。なんだ……あれは」


「ヤバイよ、あれは。アタシも震えが止まらない……」


「ワンワン! ガルルル」


 まったく、こいつは本当に……何度私を驚かせれば気が済むんだ。

 メールの最後に書かれていた文、それは私に本日最高の衝撃を与えた。




 アレに名前は無いが、この世界の住人からはこう呼ばれる存在だ……


 “幻影神” と



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