40.5話 復讐を誓った日


 穏やかな時間がこのままずっと続いていくと思っていた……。


 姉さんがいて、同胞達がいて、静かな森の中にある集落でひっそりと暮らし続けるだけで俺は幸せだった。

 俺と姉さんは族長の子だから、ちょっと他の皆とは違うけど……そんなことは些細なことだ。

 何も起きない、何も変わらない、そんな日常がずっと続けばいいと思っていた。


 でも、姉さんは外の世界に興味があるみたいで何処から入手してきたのか人族のお店で売ってるような本を幾つも持っていた。

 集落では外の世界の物を持ち込んではいけない決まりがあるので姉さんは父に見つからないよう本を隠すのに苦労していた。


 外の世界には危険なことばかりだと幼い頃から父に言われ続けてきた。

 外には恐ろしい魔物やエルフが住むには厳しい環境、そして何より多種族を迫害し続ける人族達。


 何百年も前、人族は多種族を押しのけて世界の実権を握った。

 自分達こそが選ばれた種族だと主張する人族達は逆らう種族を襲い、攫い、奴隷として扱ってきた。

 現在ではそんな理不尽なことはほとんどないと言われているが、奴隷制度が消えた訳ではないし、一部の人族は秘密裏に多種族を奴隷にしている者もいる。


 だから俺達エルフ族は様々な大陸にわかれ、そこに存在する深い森の中で結界を張り、外との接触を避けてひっそりと暮らしてきた。

 エルフ……そして協力してくれる精霊達の技術の粋を集めて作られた結界、ここで暮らしていれば怖いことなんて何もない。

 それなのに、なんで姉さんは……。


「ねぇ見てレイ! 外の世界には海っていうすっごく大きな水溜りがあるんだって!」


 まだ姉さんが子供だった頃、姉さんは人族の本を見て新しいものを見つけては目を輝かせながら俺に知らせてきた。


「姉さん、また外の世界の本かい? どうして人族の本なんて集めるんだ? そんなものこの集落の中じゃなんの意味もないのに」


「意味あるよ! だって私はいつかこの集落を出て色んなものを見るの! だからどこに何があるのかちゃんと予習しておかなきゃ」


 はぁ、いつもこうだ。

 どうしてか姉さんは危険な外の世界になんか興味を持つのだろう。

 外で暮らすのは難しいということを姉さんはわかっているのだろうか?


「姉さん、外の世界で暮らすのはこことはわけが違うんだよ。生きるためにはお金が必要だし、そのためには仕事をしなきゃならない。外の世界の仕事なんて何するのさ?」


「ふっふっふ……そこは大丈夫! これを見なさい!」


 そう言って差し出してきたのは一冊の本だ、また入手してきたのか、一体どこから取ってくるんだか。

 今までのとはちょっと違う感じの本だな、タイトルは……。


「『魔導師への道 初級編』?」


「そう! 私は将来魔導師ギルドに入ってエルフのエリート魔導師って呼ばれる存在になるの。魔導師になれば一人で好きなとこにだって行けるしお金だって稼げるのよ」


 それはつまり姉さんが戦うってことか……って!


「だ、ダメだよ姉さんがそんな危ないことなんてしたら! 外にはおっかない魔物や怖い人族達、それに新魔族とかいう凄くヤバイ奴らもいるって父さんが……」


「大丈夫、魔物は本当に危険な区域に行かないと強いのはいないらしいし、新魔族っていうのも何百年か前にやっつけられちゃったみたいだし」


「人族は……」


「うーん、ちょっと怖いけど、外の世界でお仕事するなら避けては通れないし、きっと慣れるわよ」


 何故姉さんはこんなに楽天的なんだろう。


「姉さん、外に出ることなんて考えるのはやめてずっとここで暮らそうよ。結界の中は絶対安全だし、それにこの中なら何が起きても俺が姉さんを守れるし!」


「アホレイ!」


ポコッ


 痛っ! 本で叩かれた、なんで姉さんは怒っているんだ?


「私は外の世界の色んなものが見たいの! これは譲れないんだから。それに、いつまでも私の後ろをついてくる泣き虫のレイが私を守るとか生意気なこと言わない!」


「うっ……」


 言い返せない、確かに俺はいつも姉さんの後ろを歩いてるし、友達と喧嘩になって泣かされた時も姉さんが助けてくれたし。

 でも、俺は……!


「け、けd……!」

「リア、レイ、今帰った。飯にしよう」


「いけない! お父様帰って来ちゃった! 早くこの本隠さなきゃ!」


 タイミング悪く父さんが帰ってきてしまった。


 姉さんは集落の外に出たがっている、今は何を言っても無駄かもしれない。

 でも、いつかは俺の言ってることを理解してくれるさ……。

 姉さんと、父さんと、皆とこれからもずっとこの集落の中で暮らしていける。



 そう、思っていたのに……。






-----






 それから……数年後のことだ。


ピィィィィィィィイイ……!


 それは、あまりにも突然の出来事だった。

 脳に直接響くこの甲高い音は結界が破られ何者かが侵入したという精霊の合図だ。


「そんな、まさか結界が破られた!?」


「何事だ!」


 父さんが慌ててやってくる、すでにこの騒ぎは集落の全員に知れ渡っているだろう。


「とにかく! 私は結界を確かめに行く。お前達は他の者と一緒に避難を……む、リアはどうした」


「はっ! そうだ、姉さん!」


 姉さんは今日、俺に行先も告げずに出て行った。

 昔から勝手に出て行っては何食わぬ顔で人族の本を持って帰ってくるので今日も同じだろう。

 特に気にしたことはなかったが姉さんはあの本をどこで入手してくるのか、この集落でそんな本を扱う所は無い。

 となると、後は森の出口付近かその先……!


「マズイ! 姉さーん!」


「ま、待てレイ! 何所へ行く!?」


 姉さん……姉さん! 頼む、無事でいてくれ!

 俺は全速力で駆けだした、父さんが何か言っているが今の俺には何も聞こえない。


 そんな時、上空に煙が上がった、前方にはゆらゆらと陽炎が揺らめいていた。


「ッ! 火事か!?」


 俺が育った森が燃えている、クソッ! 一体どうなってやがるんだ!

 やがて、辺りが焼け焦げた開けた場所に出た。

 そこには……。


「姉さん!?」


「レイ、来ちゃダメ!」


 姉さん、それに数人のエルフ族の同胞が謎の集団に捕らえられていた。

 なんだ……奴らは、俺達とは違う短い耳、そして彼らから感じられる空気も違う。

 まさか、こいつらが人族!?


「おっ、見ろよ。どうやら商品が向こうからやってきてくれたみたいだぜぇ……! って男かよ、こっちの奴よりは値段が落ちるな…」


「だが見たところまだ若い……を好む淑女方も少なくはない。商品価値は十分にあるだろう」


「なるほどな、じゃあ傷つけねーように捕らえねぇとなあ!」


 そう言って身の丈二メートルはあるだろう巨漢はゆっくりと俺の方に近づいて行く。


「クッ、姉さん! 今助ける!」


 俺は巨漢の脇を抜け足払いですっこ転ばせてやった。

 後は奥にいるローブの男! あいつをぶっ飛ばして早く姉さんを!


「舐められたものだな。水よ、弾丸となりて弾けろ『水弾アクアバレット』」


「なんだこr……ぐあああ!」


 水の弾丸が弾け、俺の体を吹き飛ばす。

 なんなんだ、今俺は何をされた?


「その様子じゃ魔術を食らったのは初めてみたいだな」


 魔……術? 今のが。

 ぐ、あんなものでここまでダメージを受けるなんて。

 でも……この程度の痛み!


「レイ、逃げて! 元はと言えば私が全部悪いの。掟に背いて森の外に出た私が。他の子達は私が絶対助ける、だからレイは……!」


「へへ、お前の後をつけてみれば案の上、この場所を見つけることが出来たって訳さぁ!」


「ピィピィうるさい蠅どももこの俺が魔術で焼き払ってやったしな」


 こいつら! ゆるさねぇ、絶対に!

 でも、体の節々が痛い、早く姉さんを助けなきゃいけないのに……体がいうことをきかない!


「そこまでだ!」


 父さんだ! 父さんが助けに来てくれた。

 これでもう大丈夫……でもなんでだ、父さんの顔を見ると、とても悲しい目をしていた。


「魔導師に、あっちの巨漢が持っているのは魔道具の類か。火の手も回り始めている、やむを得んな」


「父さん?」


「レイよ、今から私はこの集落の結界の最大にして最強の禁術を使う」


「禁……術?」


 聞いたことがある、この結界には族長しか知らない秘密の力があると。

 そうか! それを使えば姉さんを助けられるんだな!


「悲しいが……この森、そしてリアを含む数名の犠牲により我々は生き延びる」


 ……え? 何を言ってるんだ父さんは、姉さんを……なんて。


「元々この事態は私のせい、覚悟はしていますお父様」


 なんだ、なんなんだ? 姉さんは何かわかってるみたいだけど、なんなんだよ覚悟って!


「なにごちゃごちゃと喋ってやがる! てめぇらはまとめて売り飛ばされるんだよ!」


「もう限界か、ではなリア。強く生きろ、禁術発動! 『集落大転移グランドリモート』!!」



-----



 一瞬だった……。

 気がついたら俺は見知らぬ森の中に倒れていた、傍らには先程と同じ悲しい目をした父がいた。


 そして、俺の目の前に姉さんの姿は消えていた。


「父さん、皆は……姉さんはどこに!?」


「……」


 父さんは何も答えない、どうなっているんだ!? どうして何も言わないんだ。


「なあ! 父さ……」


「レイ! あいつら……リアのことは忘れなさい」


「なっ!?」


 今なんて言った!? 攫われた皆を……姉さんを忘れろだって。


「何を言ってるんだ父さん! 馬鹿なこと言ってないで早く助けに戻……」


「無駄だレイ、もうあそこには戻れない。この禁術は古の時代から一族の族長のみに伝えられてきた一度しか使えない最後の手段。二度と発動することはできない。捕らえられた者達を一緒に転移させようとしたら森を襲った奴らまで連れてきてしまう、だから……皆を犠牲にするしかなかったのだ」


「そん……な」


 犠牲……姉さんが犠牲だと。

 そんな、そんな馬鹿なこと、そんな……あ……あ。


「うわあああああ!!」




 それから、家に戻った俺は狂ったように泣いた……。

 家のあちこちには姉さんが今日の朝までここにいたことを物語っている。

 俺はその部屋の隅に蹲り放心していた、心にポッカリと穴が空いたようだ。

 俺はこれからどうやって生きていけばいいんだ。

 姉さんのいない世界なんて俺には考えられない。


 ふと、棚を見るといつも姉さんが隠していた人族の本が顔をのぞかせていた。

 その本を見た瞬間、俺の中に言い表せない怒りがこみ上げてきた。


「奴らさえ、あの人族共さえいなければ!」


 奴らは、人族共だけは決して許さない! 同胞を、姉さんを連れ去った奴らもそうでない奴らも皆殺しにしてやる!


 だが、俺は奴らには勝てない。

 あの魔術、どうやって対抗すれば……。


ドサッ……


 俺の目の前に一冊の本が落ちてくる、これは『魔導師への道 初級編』。

 俺はその本を掴み高く振り上げた。


「ッ! こんなもの!」


 本を投げかけて、やめた。

 この本が落ちてきたのは運命だ、姉さんがこの本で復讐を果たせと言ってるように俺は思えた。

 今の俺には奴らに勝てる力はない、だったら奴らを超える力を手に入れてやる!

 姉さん達を見捨てた父さん達の手も借りない。

 誰にも頼らない、俺一人の力で人族のすべてを壊してやる!!






 そして、あの忌まわしい日から五年…俺は奴らを超える程の力を手に入れた。

 集落との縁を切り、森を出て、目につく敵をすべて殺す!


 俺の復讐は……今始まった。


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