29話 まだ見ぬ世界へ
アレス王国の王都を出て数日後、私はようやくトレス王国領内にある港街へと辿り着いていた。
「長い道のりだった……。ここに来るまで色々とトラブルが絶えなかったが無事にここまでこれたな」
「ワフゥ……」
犬も憔悴しきっているな。大部分は割愛させてもらうが、あの日私は別の大陸へ旅立つため港街へ向かうという商隊の馬車に忍び込んだのは知っていると思う。
しかしこの商隊に問題があった……港町へ直通するかと思いきや寄り道の多いこと。
近道だと言って森の中へ入ったら案の定道に迷ったうえモンスターに襲われるし(私が陰でやっつけたが)、途中休みに入った場所がリュート村で身を隠すのに必死になるし、挙句の果てに龍の山でお宝探しをしようなんて言い出す始末だ(ドラゴスに追っ払ってもらったが)。
ちなみに道中の食料は荷物の中にあったものを少々頂かせてもらいました、まぁ護衛料ということで。
「ここは市場か、港街だけあって活きのいい魚が沢山いるな」
海沿いの方へ進んでいくと活気溢れる市場にやってきたようだ。そこかしこで漁師達が捕ってきた魚が売りさばかれてるな。
まだ早朝だというのに偉い賑わいようである。
「ほー、よく見れば懐かしい魚もちらほらあるじゃないか。お、あのま緑色の魚とか日本の市場なんかじゃまずお目にかかれないよな」
他にも尻尾が異様にでかい奴とか、顔が二つある奴もいる。日本人の感性で考えると結構ホラーだな……。
そしてなによりそのほとんどがでかい。
(なんだ? お前の住んでいる場所ではこういった魚どもはいないのか?)
(ああ、なんていうか……もっと小さくてシンプルだ)
日本の食事で初めて魚料理が出た時は「小っちぇし地味だなおい!」って叫んでしまった。
(向こうでは随分と貧相な食生活だったみたいだな)
(いや、別に不味くはなかったぞ、むしろ美味かった。まぁ私も最初はこんなものが美味いのかとも思ったが食べてみると美味くてな。刺身を初めて食べた日は感動して丸一日"食"について考えたほどだ……)
前世で長く生きていたというのになぜこれほどまで食に関しては無頓着であったのかと。
味を追求するということを考えなかった昔の自分を殴りたい。
(サシミ? なんだそれは)
(魚を生のまま切って食べるんだ。綺麗に盛り付けると見栄えも良くてさらに食欲をそそられる素晴らしい料理さ)
(いや、そんなの別に普通に魚にかぶりつけばいいだけだろう?)
食文化に疎い奴はこれだから困るぜ。食材に手を加えるということがどれだけ味に変化をもたらすかわかってないんだろう。
はっ! もしやこの世界で寿司文化を広めれば発案者になってがっぽり儲けられるのでは……。
家族で寿司屋に行った時はあまりの美味さに泣きそうになったぐらいだしありかも……。
「ヘイ奥さん! こいつは生きのいい新鮮なやつだよ! 今日のお夕飯はコイツでお寿司なんてどうだい!」
「あらいいわねー、じゃあ一切れもらおうかしら」
「……」
あるじゃん寿司文化!?
……びっくりしてすぐにそこの漁師さんに話を聞いたところ、どうやら他の大陸で発明された調理法がどんどん他の大陸にも広がっているとのこと。
(つまりは、ただドラゴスが世間に疎いのと自堕落だったというだけか)
まぁあんなところで一人寂しく暮らしているのだから当然と言えなくもないか。
てかドラゴスの奴独り身なんだな……育て親のようなものとしては伴侶の一人もいなかったのかと言いたいところだが、それを言ったら私自身が虚しくなるのでやめておく。
「さて、魚の話はここまでにしておこう。とにかく今の目標は……別大陸に渡る船を探さすとことから始めなくてはな」
流石に港街だけあってあちらこちらに船が見え、一見しただけではどれがどういう目的の船なのかわからない。
間違えてマグロ漁船なんて乗ったらえらいことになる……この世界にマグロはいないがな。
(しかし結構な数だな。ドラゴス、どれがどこ行きの船かわかるか?)
(わからん、他の大陸には行く気はなかったからな。その辺のことはさっぱりだ)
そもそもドラゴスは船なぞ使わなくとも飛んで大陸を横断出来るしな。いやー、昔はドラゴスの背に乗って世界中を飛び回ったもんだ。
「っと、懐かしんでる場合じゃない。仕方ない、そこら辺の人に聞いて回るしかないか」
「ワン!」
ということであちこちで情報収集を終え……。
「よし、これで大体ここから出向する船がどういうものかは理解できたぞ」
聞いた話をまとめると、ここにある多くの船はほとんどが漁船とのこと。んで、どうやらこの港……というかこの大陸から別の大陸へ渡る船は二つだけしかないらしい。
ひとつは中央大陸南東へ出る船。ただそのほとんどは貨物船で、人を乗せて向かう船は一ヶ月に約2、3回程度しか出ていない。次の船もあと一週間は待たなければやってこないと聞いた。
で、もうひとつはここから北に行った場所にある、第二大陸『トルウェ』へ向かう船だ。
こちらは週に一、二回は定期船が出るらしく今日がちょうどその日らしい。
(で、どっちにするんだ?)
(当然今日出発するほうに決まっているだろう)
なにせ城から勝手に飛び出してきたからな、多分私を捜索するように命令が出ているだろう。
ここに来るまで誰にも姿を見られなかったからまだこちらまで来てるとはわからないはず。引っ張り戻されない内に一日も早くこの大陸から出たいところだ。
「善は急げだ、行くぞ犬」
「俺達を出し抜いてどこに行くって?」
「え?」
新しい旅立ちにいざ出発……と思った矢先に後ろから聞き覚えのある声で呼び余止められる。
恐る恐る振り返るとそこには……。
「ったくよ、勝手にいなくなったと思ったらこんなとこまで行きやがって」
「すっごく探したんだからね」
やはりカロフとリィナの二人が私に追いついていた。……まぁ散々寄り道したし仕方がないとも言えるか。
「よ、よく私がここにいるとわかったな」
「テメェを探してる途中、休憩がてらリュート村に寄ったんだが……そこで先日村に来た商隊の馬車からお前の匂いがしたっていうやつがいてな、それで行先がわかったんだよ。あいつは鼻がきくからな」
「その商隊の経路からムゲン君はおそらくここに向かうんじゃないかって思ったの。多分、他の大陸に向かおうとしてたんでしょ」
しっかりとバレてますなー、まぁ大方予想はつかれると思ったが。しかし、やはりリュート村へ寄ったのが仇となってしまったようだ。
そこからさらに龍の山へ寄ったことで時間を食ったからそのせいで追いつかれてしまったのも要因だな。
だが私もここで諦めるわけにもいかない。
「二人とも聞いてくれ……書置きにも書いたが、私は自分の足で自由に世界を回り帰る方法を見つけたい。だから止めないで……」
「別に止める気はねぇよ」
「……ひょ?」
ありゃ? ここからどうやって上手い事カロフ達を言いくるめるための感動的な説得を披露しようとしたのにあっさり引き下がられてしまった。
「あの夜のムゲン君の顔からなんとなくこうなる予感はしてたしね」
「だが、私を連れ戻すように命令されてるんじゃないのか?」
「おう、姫さんは「絶対連れ戻してきなさーい!』」て言ってるけどな。王様は好きなようにやらせるのが一番いいって言ってたぜ」
なんと物分かりのいい王様だろうか。それに比べてその娘であるミレアは暴れているのか……何となくその様子が思い浮かべられるな。
「じゃあ、何でお前らはここへ来たんだ?」
「私達は、ちゃんとお別れもせず立ち去られちゃうのが嫌だったの」
「俺達に黙って出て行くなんて水臭ぇじゃねぇか」
「二人とも……」
どうやら連れ戻されるなんて考えた私が馬鹿だったようだ。この世界に戻ってきて私はまだどこかで心の底から人を信用することを恐れていたのかもしれない。
だがこいつらは……もはやまぎれもなく私の友だと疑うことなく信頼できる。
(ふっ、いい奴らじゃないか。また忘れられない友が増えた……というところだな、インフィニティ)
まったくだ、いつの時代も信頼できる友が増えるのはいいものだ。
「あと、ムゲン君お金持ってないでしょ? それじゃあ船に乗れないと思って……はいこれ」
「……あ」
そういえば金銭のことをすっかり忘れてた。だ、だが馬車の時のようにまた忍びこめば移動は大丈夫ー……。
「あ、ちなみにここへ来た時は上手く商隊の馬車に潜り込んだみたいだけど。こういった船には魔力探知機っていうのが設置されてて許可を得ていない魔道具や密航人はすぐに見つかっちゃうわよ」
「……まじ?」
(ハハハ! ま、今のお前じゃ見つかるのがオチだな)
つまりこのまま二人が来ず、馬車の時と同じように『
まったく、二人には感謝してもしきれないな。
「リィナ、カロフ、ありがとう。この借りはいつか必ず返す」
「いいっつーの。こっちは返しきれないほどの借りがあんだからよ。それとその金はリュート村の村長がお前のためにってかき集めてくれた金だ、借りを返すなら村の皆にしろ」
「あとこれ、村長の奥さんがムゲン君のためにって作ってくれたの」
そう言ってリィナから折りたたまれた布を手渡される。それが何かと広げてみると……。
「おお、マントか!」
これはいい、やはり魔法使い……いや魔導師にはこういったものがないと締まらないからな!
思えばあの村長家族には良くしてもらった。いつか本当に何かお礼をしないとな。
「あの人達はムゲン君を家から出て行った息子と重ねあわせていたのかもしれないわね……歳も同じくらいだし」
「そういや出て行ったきり便りの一つも寄越さなかったからなあいつ。あの馬鹿息子は今何処にいるのやら」
なんと、まったく親不孝なやつもいたものだな。
まぁ私も前世では魔法の研究に明け暮れていたせいでいつの間にか親が死んでいたので結構な親不孝者だったが。
だから新しい人生では家族を大切にしたい。何が何でも元の世界に帰る方法を見つけてやるさ。
「そうだ! 旅先でその馬鹿息子とやらに会ったら私がそいつにガツンと言ってやろう! 親を心配させて何やってんだー! ……ってな」
「ハハハ、そりゃあいい。ま、もし会えたら言ってやれ。名前と特徴は……」
ふむふむ、名前はレオン・アークナイト。
性別は男で顔立ちは村長に似ているらしいが正確は母親似で一人称は僕だそうだ。
「でも、やっぱりムゲン君一人で旅をするっていうのは心配だね」
「ワンワン!」
犬が自分もいるぞ! といった感じで尻尾をブンブン振っている。
「ゴメンコメン、犬君も一緒だったね。でもムゲン君はこの世界のことほとんど知らないんだもの。そんな中でちゃんとやっていけるのかなって……」
「まぁ、そうだな、ムゲンにとっちゃここは未知の世界だろうしな」
ボーーーーーーッ
汽笛……そろそろ船が出る時間か。
しかし、どうも心配そうに私を見る二人の不安そうな表情はいただけないな。
「なぁ二人共、もし実は私がこの世界のことをよーく知っているとしたら……どう思う」
「え?」
「あ、どうした急に? 頭でも打ったか」
二人はキョトンとした顔でこちらを見ている。まぁいきなりこんなこと言われたらそんな顔にもなるか。
「その昔、この世界では様々な種族が争っていた……そんな中現れた一人の男。その男は争いを諌めそして死んだ」
「それって、絵本のお伽話?」
「あー、それ昔良く読んだな。なんてタイトルだったっけ?」
「そろそろ出航時刻です! 『トルウェ』へ向かう方はお急ぎください!」
もう時間がないか。これじゃもうゆっくりお別れを言う時間もない。
私は急ぎ船へ向かって走りだす、その後ろをトコトコと犬がついてくる。
「あっ! ムゲン君」
「『まじゅつのかみさま』はここにいる! 今は訳あってこんなになってるけどな!」
そのまま代金を支払い船に搭乗すると船はすぐに出航する。
リィナとカロフが何か叫んでいるようだが、船はどんどん陸から離れていき、その声はもはや聞こえない。
(いいのかインフィニティ? こんな別れで)
(いいんだよこれで。少し謎を残しておいた方が面白いだろ)
私が無事元の世界に帰る方法を見つけたらまたここに戻ってこよう。そしてその時に改めて皆にお礼をするさ……。
(インフィニティ、我もここでお別れだ。我の通信範囲はこの大陸にしか届かないからな)
(そうか、寂しくなる。お前とこうして再び出会えたことは私にとって奇跡以外のなにものでもない)
もしドラゴスに会えていなければこの世界が本当に私の知る世界だとわからず不安が付きまとっていただろう。
そしてなにより“神杖ケルケイオン”……これを受け取らなければ私は生きてはいなかった。
(そうそう、旅立つお前に一つプレゼントがある)
(プレゼント?)
こんな場所で一体何をくれるというんだ?
(実はもう渡してある。ほれ、お前の横を見てみろ)
(ん? 横と言っても今私の横には犬しかいないが……)
「ワン?(どうしたんすかご主人?)」
「アイエエエ!?」
ナンデ!? イヌナンデ!?
あれ? てか今別に犬が言葉を発したわけじゃないよな? 普通にワンと鳴いただけみたいだし。
(びっくりしたようだな。その昔我とお前は使い魔の契約をしたことがあっただろう? その契約を複製してその犬に与えたのだ……ちょっとしたおまけ付きでな)
「まったく、余計なものをつけおって……」
「ワウン(うわー、ぼくご主人と話せてるっす)」
(それにそいつは……おっと、もう『
どうやらもう本当にこれで最後の言葉になりそうだ。私は最後に一絞りだけ魔力を込めて、別れの言葉をかつての親友へと向ける。
「(ドラゴス、私は必ず元の世界に帰る方法を見つけ出しここへ戻ってくる……。その時は一緒に酒を飲もうじゃないか)」
(楽しみにしてるよ未成年……。死ぬなよ、親友……)
その言葉を最後にドラゴスの魔力反応が途切れる、これでもうあいつと話すことも助けてもらうこともできない。
「クゥ~ン(ご主人、なんか悲しそうな顔してるっす……)」
「別に悲しいわけじゃないさ。ただちょっと……いや、なんでもない! 犬よ、貴様が私の使い魔となったからにはビシバシいくからな! 覚悟しておけよ!」
「ワン!(了解っす!)」
こうして、私のアステリムでの第二の大冒険が始まった。ま、一度は制覇したこの世界……私にとってはわけないさ!
新しくなったこの世界を存分に堪能してから帰ってやろうじゃないか! ついでに童貞も捨ててやる!
「……っとそうだ! 記念に一枚撮っておこう!」
スマホでパシャリと一枚。
ズームで撮ったその写真には巨大な『龍の山』を背に小さくリィナとカロフの姿が写っていた。
「さぁ……行くぞ! 新たなる世界へ!」
第一章 ただいま編 -完-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます