ワールズエンド・カーニバルシティ
緑茶
プロローグ
『プチ家出』を敢行した時、シャーリーはその少女に出会った。
名前はエスタ・フレミング。立場も環境もまるで違う、お互いの家の場所さえ知らない二人はやがて、かけがえのない親友同士になった。
ある時、エスタが泣いているのを目にした。
痩せ細り、粗末な服を身につけて砂利道に座る彼女。
声をかけると、ゆっくりと顔を上げて、潤んだ目で頷いた。
「どうして泣いてるの?」
「だって――」
少女はそこで、一息に言った。
「だって……こんな世界、嫌だもん。いっぱいいやなことがあるもん。そんなの、こわいよ。きもちわるいよ……」
シャーリーは聞いていた。
「ねぇ。生きるのって、こんなにつらいことなの……?」
「……」
彼女はしばらく考えた。
優しくて、思いやりのある少女だった。
だから、一生懸命考えた。
そして、それから導き出される答えは、あくまでもシンプルなものだった。
「わからないけど。きっと、そんなことないんじゃないかなぁ。どんな世界にも、嬉しいこと、きっとあると思うよ」
少女はシャーリーをじっと見つめて言う。
「どうして……?」
「だって。ボクとエスタは友だちでしょ。それで、遊んでる時のエスタは、すごく楽しそうにしてるから……うまく、言えないけど。それって、まだまだ楽しいことが、待ってるってことじゃないかな」
シャーリーは、真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返した。
「ボク達が友達である限り、それをみつけられると思わない?」
そして、手を差し伸べた。
エスタは――おずおずとそこに掴まって、立ち上がる。
それからシャーリーは……エスタの首に巻いた。
自分が身に着けていた、真紅のマフラーを。
「これは……?」
「お母さんに無理言って、買ってもらったの。それはゼラニウムっていう花の色なんだって……でも、あなたにあげるね。花言葉は『友だち』だから」
エスタの目から、涙が途切れた。
「ボクたちが、友だちでいるかぎり……どんなことでも、乗り越えられる……そう思わない、かな?」
……その表情が、輝きに満ちる。
「――……うん!」
彼女は――シャーリーと繋いだ手の力を強めた。
シャーリーもまた、笑った。
それからも二人はずっと一緒に――友だちであり続けると。
無邪気に、そう考えていた。
◇
朝の冷たい空気で、シャーリーは目を覚ました。
薄暗い部屋の中身体を起こすと、その場でしばらく動かない。
視線は宙をふらふらと彷徨い、よく整理された室内を走査する。
それから――すぐ横のデスクの上を見た。そこには写真があって、笑顔の少女二人が収まっている。幼い頃の自分と、もうひとりの少女。向日葵のように爛漫な笑みを浮かべるシャーリーに対して、その少女は控えめに、小さくはにかんでいる。
少しの間見つめた後、ベッドから降りる。
薄青いパジャマのボタンを手早く外して脱ぐ。寒気から震えが走るが、それを厭わずに畳んでベッドの上に。枕元に置いていたロングのTシャツと紺のジーンズを身に着けて洗面所へ。
冷水を、豪快に顔へとぶつける。全身に鳥肌――良し、完全に目が覚めた。
頭を振ってタオルで拭くと、小麦色の髪を綺麗に撫で付けたまま、口に咥えた空色のヘアゴムで括る。少し振ってみると、まるで尻尾みたいにふわふわと揺れる。
それから簡単に化粧をして正面を向くと、そこには行動的な、やや日焼けした少女の顔。満足気に部屋に戻ると、今度はハンガーから黒い革ジャケットを外して、大きく肩から着込む。首に巻くものはない。だが、構わなかった。
「完璧。キマってる。シャーロット・アーチャーは最高にイケてる」
鏡の前、言い聞かせるように。
それからデスクに向かい、鍵付きの小さな引き出しを開けた。
中に入っているのは、刃渡り5インチほどの短剣。
取っ手を握って目を瞑ると――頭の中に、想念が流れた。
「……
祈るようにつぶやいてから、短剣をサイドポケットにしまい込んだ。
それから更に五分後。
彼女は――誰も居ない家に行ってきますと別れを告げて、地上へと旅立った。
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