とかげくん【ひでり】

 すいりゅうさんは、七回夜を数えても帰って来なかった。

 ぼくは結局あの丘に行けていない。ひとつ夜が過ぎるたびにますます怖くなって、足が竦んじゃうんだ。

 村の端っこから空っぽの松の木を眺めてため息を吐く。嫌な予感が本当になりそうで、悲しいよ。また涙が出そうになったぼくの隣に、大きな影が立った。


「今日も暑いなあ。今年はひでりは無いかと思っていたが、このまま水神様が戻らないとどうなるか分からないな」


 大きな影はグレンだった。近所に住むお兄さんとかげだよ。ぼくんは男手がないから大変だろうって、屋根の修理や垣根の手入れを手伝ってくれる優しくて頼りになるひとなんだ。

 この前の屋根のペンキ塗りも、グレンと一緒にやったんだよ。ぼくが高い屋根の上でも怖がらずにちゃんとお手伝い出来たから、すごいなって、偉いなって、褒めてくれた。


「ひでり?」


 ぼくはグレンを見上げた。爪の先で顎を擦りながらグレンは難しい顔で松の木を見つめている。


「ここのところ、雨が降っていないだろう? この辺りは水神様がいらしたからそうでもないが、他所よそ何処どこ彼処かしこも干上がっている。このまま水神様が戻らなければ、うちの村も例外ではなくなる」


 グレンは蜥蜴とかげで、背中から指先まで赤いうろこで覆われている。それは先にいくほど濃くなって、爪の先なんかは深紅を通り越して黒に近い。それに対して顎の先からお腹にかけては輝くような白色で、とってもカッコいい。優しくてカッコよくて、グレンみたいな大人になりたいなあってぼくは思う。

 だけどグレンは火蜥蜴だから、雨は苦手だ。


「お天気ばっかりじゃいけないの? 毎日遊べるし、お洗濯ものだってよく乾くし、いいことばっかりだよ」


 首を傾げるぼくに、グレンは首を振る。


生命いのちが育つには水が要る。雨が降らず流れが涸れれば、草木も獣も枯れてゆくだけだ。俺やお前も例外ではない」


 そうか。雨が降らなかったら、ご飯が食べられなくなるんだ。お水も飲めなくなったら、きっとぼくも干からびちゃう。今まで雨降りなんて鬱陶しくて嫌いだったけど、必要なことだったんだね。


「すいりゅうさんが帰って来ないとぼくたちも干からびちゃうの?」


 ぼくがすいりゅうさんに纏わりつき過ぎたせいでみんなが困っちゃうの?


「すいりゅうさん? ああ、水神様のことか? 水神様は水を司る神だ。旱が続けば救いの雨をもたらしてくださる。今はきっと大忙しだろう。俺たちの村のことも憶えていてくださるといいんだが」


 グレンが見つめる遠くの空に、ぼくも目を向けた。真っ青な空には雲ひとつ無くてとてもきれいだ。この空のずっと向こうにすいりゅうさんがいる。どこかで、誰かのために雨を降らせている。ぼくが知らなかったすいりゅうさんの役目はとてもすてきだね。

 優しい金茶の目を思い出して涙が出た。グレンがぼくを見て困った顔をしているのに気づいたけれど、ぽたぽたと落ちる涙はなかなか止まらなかった。

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