クライニング·セクニッション~天才でオタクな彼のラストストーリー~

せあら

第1話

《クライニング・セクニッション》


 と、言う一つの裏サイトがあった。

 それはあらゆる問題を依頼というかたちで引き受け、それを解決するものであった。

 その依頼の幅は広く、例えば現代社会問題になっている苛め、ストーカー、殺人、密売組織から迷子探しまで小さなものから大きなものまで様々なものを引き受けるものだった。

 その殆どが警察が介入していない事件が多くまた未解決事件が殆どだった。


 だが、このサイト自体はそうそう誰でも簡単に依頼出来るわけではなくサイトの運営者が客を選ぶという一見変わったシステムが主となっていた。

 客として選ばれた依頼人の依頼額はその運営者から提示される。

 莫大な大金から、子供のおこづかい程度の少ない金額など依頼内容によって大きく変動したりする。そんな客を無視した運営者優先のふざけたサイトだが確実に依頼を遂行する為依頼人の数は減るどころか圧倒的に多くなっていた。

 だが実際引き受けられた依頼の数は数える程度に少ないものだった。

 依頼者から依頼を正式に引き受ける為のある一つの条件がそのサイトに存在していた。

 それは―――。


 サイト運営者の正体は他言無用。


 もし条件を破り契約違反をした場合その依頼者を消し去る。そんな一つの条件が存在している為、彼らの正体は不明。


 その為それは一つの都市伝説と化になりつつあった。だがそれでもそのサイトには数多くの依頼が舞い込んでくる。


 それほどまでにこの世界は理不尽に、非道に出来ているのだから―――――。



***


 とある一室の控え室に一人の少女がいた。

 その少女は14歳ぐらいの少女であり、ゆるくふわりとしたウェーブが掛かったオレンジ色の髪に黒のコサージュのカチューシャ、そしてタレ目で童顔の顔立ちに、フリフリのアイドルの衣装を身に着けていた。


 “星野リリ”


 それが彼女の名前だった。

 白を基準とした室内で彼女は椅子に腰掛けながら真剣な表情で携帯端末を操作していた。そして彼女は動かしていた指を止め、表示された画面を見、ゴクリと喉を鳴らす。

 画面に表示されたのはある一つのサイトだった。


 《クライニング・セクニッション》


 彼女はこのサイトの噂を知っていた。まさか実在するとは思いもしなかったのだ。

 誰でも良いから助けて欲しい。

 そんな事を想い、抱きながらも無駄だと知りながら彼女は微かな手懸かりを元にこのサイトにたどり着いたのだった。

 そしてどのくらいその文字を凝視していただろうか……。

 実際のところは数秒だったのかもしれないし、それ以上だったかもしれない……。

 星野リリは意を決してサイトの依頼メッセージ欄を押し、文面を打ち込み、そして送信した。そして彼女は短い息を吐きながら椅子の背もたれに体を預けた。


 (取り敢えず送信はしたのだけど……これって本当なの? どんな厄介な問題でも完璧に解決をしてくれるのかしら?)


 半信半疑のまま携帯の画面を眺める。

 その時扉をコンコンとノックする音がリリの耳へと届き彼女は「はい」と返事を返す。

 そして勢いよく扉が開くと同時に、慌てた様子で二十代半ばのスーツを着た一人の女性……マネージャーが室内へと入ってきた。

「リリ、悪いのだけど急いで! 急遽あなたの出番が予定より早くなったの!!」

「えぇー!! またぁ? あのプロデューサー人の出番その日の気分ですぐ変えるんだから。わかったわ! すぐ行く」

 軽く悪態をつきながらリリはテーブルの上に携帯端末を置くと慌てて席から立ち上がり、マネージャーと共に部屋から出て行こうとした。

 一瞬だけ携帯端末へと目をやる。

 そして直ぐ様視線を戻し、急かせるマネージャーに対して「わかってる」と短く言葉を返しながらその場から慌てて駆け出す。

 暫くして誰もいなくなった室内の中でテーブルの上にある携帯端末が震え、そして画面にある一つの文字が表示された。

 それは。


 メールを受信しました。


 一通のメールを知らせるものだった。



***


 ピピピッと電子音の目覚まし時計の音がベッドの中で眠っていた種原悟(たねはらさとる)の耳へと届いた。

 重たい瞼(まぶた)を開きながら黒髪のボサボサの髪にTシャツ、ジャージ姿の悟は枕のすぐ側にあるスマートフォンを手に取ると、目覚まし時計を止めた。彼は面倒くさそうに眠たそうな顔をしながら時間を確認する。

 時刻は朝の7時。

 本来ならばこの部屋には朝日が差し込む筈なのだが、残念な事にこの部屋はカーテンを閉めきってしまっている為薄暗かった。

 それに加えて室内の中には沢山の本が幾つも詰め込まれた本棚があり、その近くにショーケースがあった。中にはゲーム、アニメのヒロインのフィギアが綺麗に飾られており、またその近くにはパソコンが2台置かれている。そしてさらに壁にはアニメのポスターまで飾られてある。 そう。


 種原悟はガチのアニメオタクだった。


「誰だよ……こんな朝早くに目覚ましセットしたヤツ……。俺こんなに早くセットしてねぇぞ。もういいや寝よ。どうせまだ少し時間あるし」


 悪態をつきながら彼は二度寝を試みた。

 深夜アニメをリアルタイムで見ていた為眠くって堪らない。そう思い再び眠りにつこうとしたその時。


 彼はある違和感に気づいた。


 そして慌ててベッドからカバっと起き上がり布団を捲り上げ、自分の隣へと目をやる。

 そこには一人の少女がいた。

 ピンク色のサラサラのロングヘアーの髪に、レッドチェリーのような瞳、黒を基準とした制服は彼女のグラマラスなスタイルの良さを強調し、またスラリとした脚からは白色のガーターベルト、ニーソーが覆い、スカートの裾に付いているフリルとの間には絶対領域が存在していた。それに加えて綺麗で整った顔立ちをしていた。


 一言で述べると美少女だった。


 悟は呆れた表情をしながら少女……新垣莉乃(にいがきりの)へと声をかけた。

 正確には自分と同じ歳の幼馴染みへと。


「……莉乃、お前何やっているんだ?……」


「悟おはよ。よく眠れた?」

 そう言いながら莉乃は体を起こし、そしてにこっと花のような笑みを浮かべた。

「で? お前は何でここにいるんだ? しかもどうやって入って来た? 玄関は普通に鍵が掛かっていた筈だが……」

「鍵? そんなものわたしの手に掛かれば簡単に開くし、それにホラ、悟の好きなアニメとかによくあるじゃない。可愛い幼馴染みが起こしにくるってヤツ。だから起こしに来たの朝早くから」

「なぜ朝早くからわざわざ起こしに来る必要がある!」

 思わず莉乃に突っ込みを入れる悟。

 いくら幼馴染みと言えど朝早くから起こされたこっちは溜まったものではない。それにせっかく二度寝をしょうと思っていた筈なのに。

 そんな悟に構わず莉乃は頬を赤く染め、恥ずかしそうに悟から視線を逸らし、そして小さな声でポツリと言った。


「さっ……悟に早く会いたかったから」


 それはまさしく恋する乙女の表情(かお)。だが悟はそれをテキトーに軽くあしらう。

「あー……わりぃんだけど俺三次元に興味ないから他当たってくれ。大丈夫。お前可愛いから絶対モテるって」

「もぅ! わたしは悟が良いのっ!!」

 悟の言葉に激しく抗議する莉乃。

 そんな彼女に悟は真剣な面持ちで彼女に言った。

「そんな事より莉乃。お前に一つ聞きたい。俺と共に寝ていた俺の嫁はどこにいった?」

「あっ! それならあそこだよ」

 莉乃は満面な笑みでそう答えながらドアの方へと指を指した。そこには先程まで悟が使っていた金髪のツインテール魔法少女のイラストの抱き枕が転がっていた。

 しかも魔法少女の顔の部分が微妙にめり込んでいた。

「お前! 俺のユリカたんに何って事を!! それに俺を起こしに来ただけなら、何もあんなところに投げなくっても良いだろう!!」

 悲痛に、そして嘆くように言う悟に対して莉乃は口許に人差し指を当て、少し考えるような仕草をし、そして言った。

「だってぇ~邪魔だったし。アレよりわたしの方が抱きごごちいいし、だからわたしがあの子の代わりに悟と寝たの。それに“既成事実”が作れるかもしれないじゃないっ!」

「寝とらんわ! ドヤ顔で変なこと言うなっっ!!」

 悟は再び莉乃に激しく突っ込み、そして頭をボリボリと掻いた後、表情を多少真剣なものへと切り替え莉乃へと言った。

「朝早く起こしに来た理由の他にも、もう一つ理由があるんだろう?」

 悟の言葉に莉乃はスッとベッドから降り、悟の前へと立つと彼女は唇の端を上げ、薄く笑った。

「さすが悟だね。依頼が入ったよ」

「どんな依頼なんだ? この前みたいに危ない橋を渡るようなものじゃないだろうな?」

「…………」

「…………」

「悟、怒らないって……約束出来る?」

 莉乃は小さな声音で、少し眉尻を下げながら上目使いで悟を見ながら言った。その言葉に多少なりとも悟は嫌な予感をひしひしと感じた。

「状況による……」

「怒らない?」

「怒らないからさっさと言え」

 そう優しい声音で促す悟に莉乃はおずおずとした様子で、悟へと一瞬チラッと視線を向け、そして再び重い口を開いた。


「じっ……実はねサイトに来ていた依頼、悟に許可取るの忘れててついうっかり依頼人に承諾メール送ってしまったの……」


 二人の間に暫しの沈黙が流れる。

 そして。

「はー……」

 悟は心の底から深い溜め息をついた。それに対して莉乃は心配そうに悟の顔色を窺ながら、小さな声で訊ねるように言った。

「やっぱり……怒っている?……」

「いや、怒ってねーよ。だけどな……」

 そう言い、悟はふっと柔らかな顔をし、莉乃へと手を伸ばした。それに対して莉乃は思わずドキリとする。

 だが次の瞬間、悟は莉乃の頬をむぎゅーと強く引っ張った。

「お前あれほど勝手に依頼人に承諾メール送るなって言っただろーがっ!!」

「やほりおほってるじゃん」

「うるさい! バカ莉乃! お前が承諾した依頼どれもロクなもんじゃないんだよ!」

 悟は莉乃にそう言い放ちながら彼女の頬を離す。莉乃は頬を強く引っ張られた為で瞳に少しだけ涙を溜めながら、不機嫌そうに悟を軽く睨んだ。

「酷い! そんな事ないもん! ただちょーっと危なかったり、ヤバかったりするだけだもん!」

「それがロクな内容じゃねーかよ!!」

 莉乃の言葉に再びすかさず突っ込む悟。

 駄目だ……。この幼馴染みにはいくら言っても無駄だろう……。そう思い内心呆れながらも悟は短い溜め息をついた。

「んで? 依頼の内容は何なんだ?」

 諦め、問い掛ける悟の言葉に莉乃は腰に手を当てながら、ふふんと小さく鼻をならし、そしてドヤ顔で言った。


「なんと! 500万円で女の子の護衛をしながら変な男を捕まえるだけの超簡単なお仕事だよ!」


 その台詞を聞き、悟は内心……それって単にストーカーの依頼じゃねーかよ……と思ったのだった。

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