第2話
むき出しの岩肌が少なくなり、再び灌木が増え始める。
下り道もやがてなだらかになり、平坦な道へと変わっていく。
道幅も太くなり、しっかりと踏み固められたものになっていく。
「あれは?」
「城壁と門です」
道の先に見えてきたのは道の左右に伸びる城壁と道を通した門。ただし門は閉じられてはおらず開け放たれているように見えた。
「都市国家群の山地側からの入り口の一つですからね。さほど大きな国ではありませんが、それなりの備えはしていますね」
「国?」
可彦は目の前に見える城壁を見ながら問いかける。確かに城壁はあるが国という規模には見えない。どちらかというと町を守る壁という印象だ。
「国なの?」
「中規模な都市国家の一つです」
ネフリティスは歩きながら言葉を続ける。前を歩くバルゥも聞き入っているのか耳が少し上向いていた。
「大砂漠には都市国家が乱立しています。大きなものは数万を超える民を抱えるものから、小さいと領主しかいないものまで様々です」
「領主しかいないって……それって国なの?」
「まぁ……一応は」
ネフリティスは微笑む。
「『オアシスを個人で所有してはならない』という不文律があるんです。しかし多くの人が暮らすには小さすぎるオアシスも点在していて、そこで『領主』を名乗って住み着く人が出てきたんです」
「どうやって国を運営するの?」
「領主は訪ねてきた旅人の滞在と、その身の安全や食事などの便宜を図る代わりにその旅人から税を取ります」
「税? それって単なる宿屋じゃ……」
「まぁその手の小国家の領主は、たいがい腰が低いですね」
笑いながら答えるネフリティス。
「私が懇意にしている小国家も領主夫妻ふたりだけの国で、綺麗な良いところですよ。税も安いうえに、屋敷滞在中に領主夫人自ら振る舞われる晩餐が、質素ながらも美味しいんです」
「へぇ……」
完全に宿屋だ。そう思いながら可彦はそれ以上追及しなかった。
城門に近づいていく。城壁の上には櫓がたてられ、そこに兵士の姿が見える。門にもふたり門番らしき兵士が立っているのが見える。
「やっぱり関税を払うの?」
「関税? ナンダスレハ?」
耳を立てるバルゥをよそに、ネフリティスは可彦にすこし弾んだ声で答える。
「難しい言葉を知っていますね」
「学校で習ったから」
「そうですか。結論から言えば関税は取られません。関税をとって人の流れが悪くなれば、この国では逆効果ですから」」
そのまま三人は門をくぐる。バルゥが先頭に、そのあとをふたりが並んで。
アーチ状の門はふたりが並んで通る分には余裕がある広さがあった。さすがにあの『戦車』は無理だろうが、荷馬車ぐらいなら通れるだけの広さがある。
「まぁ関税が無い分、物価はちょっと高めですね」
「そっちに税がかかるんだ」
「そういうことです。ここは山岳地帯と大砂漠の境目ですから。物を仕入れたり、休みを取ったり、そっちの需要のほうが大きいんです。多少高くても足りないものは買うしかないですからね」
「あ! だから行商人のおじさんからいろいろ買ってたのか!」
「そうです。まぁここでも仕入れる必要はありますけど」
門を抜けた道はそのまま街中の大通りへとつながっていた。人も多い。王国で見たあの群衆ほどではないにしてもそれなりの賑わい。それ以上に可彦の目を引いたのは人間ではない種族も普通に行き来していることだった。背の高いもの、低いもの。多種多様な肌の色。王国内では王都を出た後でも見ることのなかった多種多様な人々。
「ソンナコトヨリ御飯食ベヨウ御飯!」
バルゥが声を上げる。
道の両側には店が連なり、店先には沢山のものがおかれている。丈夫そうな服や靴。鞄や袋。毛布のようなものやテントのようなもの。ロープやランプや長い棒。ちょっとした武具も並んでいる。
いろいろなものが売られているが、日用品というよりも、やはり旅の拠点の町らしく旅支度といった印象が強い。
そんな店の合間合間に、食べ物を扱っている店も見えた。干し肉や干した果物のような保存食を扱っている店ももちろんあったが、その場で新鮮な果物や肉などを串に刺して焼いている店もある。その香ばしい匂いが確かに可彦の胃袋も刺激していた。バルゥならずとも食事を取りたくなる気持ちはわかる。
可彦たちのような、山岳地帯から、あるいは大砂漠から戻ったばかりの旅人の胃袋を狙っているのは容易に想像できた。いままで保存食で我慢してきた胃袋には、肉汁の滴る串焼きや、瑞々しい果物はそれは魅力的にうつる。それが多少高いとしてもだ。
「確かに何か食べたいね」
「昼にはまだ早いですよ。術中にはまりすぎです」
ネフリティスは笑うが非難めいた様子はない。逆にふたりの反応を面白がっているようだった。
「この先に馴染みの宿屋があります。ひとまずそこで落ち着きましょう」
立ち止まっていたバルゥを促すと、今度はネフリティスが先頭に立って街中を進んでいった。
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