勇者として異世界に召喚されたら生贄にされたけど、なぜかオークとゴブリンとコボルトの女の子達と冒険をすることになりました。

竹雀 綾人

序章 勇者ベクヒコ

第1話

「勇者様、ようこそ御出で下さいました」

 志原可彦(しはら べくひこ)の前に立っていたのは白いゆったりとした衣に身を包んだ美しい女性だった。

 雪の様に白い肌、柳の木の様にたおやかな身体。流れ落ちる水の様に艶やかに輝く銀色の長い髪。そこから覗く長く尖った耳。

 エルフだ!

 可彦は目の前で神妙に、しかし優しげなまなざしを向ける女性の姿に歓喜した。そして女性が口にした言葉に。

 エルフの女性は自分を勇者と呼んだのだ。

 ついにこの時が来た!

 可彦はもう一度その言葉を噛み締める。

 勇者になることに憧れたのはいつからだっただろう。

 可彦は漠然と思いを巡らせる。

 おばあちゃんに桃太郎の絵本を読んでもらったのが始まりかもしれない。

桃から生まれた桃太郎。お供を連れて鬼退治。金銀財宝ザックザク。

 きっとこの時から勇者になることに憧れた。

 そして漫画にのめりこみ、アニメにのめりこみ、小説にのめりこみ、映画にのめりこみ、その主人公に自分を重ね合せて心躍らせた。

 心躍らせて、そして、落ち込んだ。

 目の前に広がる大冒険。

 その主人公は、自分ではないのだ。

 可彦がのめりこめばのめりこむほど、それを痛感させられる。

 いつしかそれらは自分を投影して心躍らせるものではなく、いつかその時の為の教材へと変わっていった。

 自分が勇者となったときの為の教材。

 どんなときにどんな行動をとるべきか、その指針となるべきものだ。

 そして異世界がどのようなところであるかをあらかじめ知るガイドのようなものでもある。

 さらにそれを書き始める。心の中で思い描いた情景を、状況を、文章に記していく。

 自分ではそれは勉強をしているようなものだったのだが、周りには小説を書いていると受け止められた。おかげで中学校では文芸部に所属している。ついでにいえば図書委員でもある。本に囲まれて文章を書く。

 とはいっても文系一辺倒というわけでもなかった。いや、文系少年に違いは無かったが、スポーツもそこそこした。身体を鍛えておくのは悪いことではないからだ。そして勇者として役立てるなら武道だ。

 そんな意味も込めて剣道場に通っていたが、運動神経が良いわけでもなく、とはいえ悪いというほどでもなく、なんとか近頃初段を習得した。 

 『本好きの剣道少年』たぶんそれが周りの見た可彦の評価だろう。

 その『本好き』のおかげで目の前の女性が『エルフ』であることもすぐに分った。余りにも分かり易すぎて唖然としてしまったぐらいだ。そしてその様相から察するに、確率的にざっくりと判断するならば『良いエルフ』だ。

 無論油断は禁物。しかし可彦が自分が勇者として、自分の望んでいたような世界に来ているのだと確信させることがあった。

 それは言葉。

 目の前にいるエルフの女性。その女性の発する言葉を戸惑うことなく理解できた。

 これは非常に重要なことだ。

 言葉が解るということは意思疎通が容易という事も重要だが、この世界に勇者として受け入れられていると判断する材料に成りえるからだ。

 例外はある。例外はあるがすぐに言葉が理解できた場合、やはり優遇された立場にある可能性が高いと判断できる。

 その辺から総合的に判断して自分が勇者として活躍できる世界にやってきた。

 可彦はそう確信した。

「あの……勇者様?」

「ああ、うん」

 少し控えめな、どこか当惑したようなエルフの問いかけに、可彦は顔を向ける。

「なに?」

「驚かれないのですね」

「驚いてるよ」

 正直こんなことが起こるわけがない、勇者となって世界を救うなんて、ましてや異世界に召喚されるなんて、そんなことがあるはずがない、そんな思いもあった。確かにあったのだ。

 勇者になって異世界を冒険することに憧れれば憧れるほど、別の自分が斜めから冷めた目で見つめていた。

 そんなものはない。単なる妄想にすぎない。

 そんな自分を一瞬で打ち消す出来事が起きたのだ。驚かない方がおかしい。

 だから無論驚いている。驚いてはいるがそれを歓喜と希望が上回っていた。

 それに決めていたのだ、勇者になったらクールに格好良く、と。

 思い描いていた勇者の姿。何度となく繰り返し描いた姿。その努力がここに実ったのだ。

「ここはどこ?」

 自然に声が出る。何の不安もない。

「それよりもまずはお召し物を。しばしお待ちを」

 そういってエルフは微笑みながら歩み去る。

 そこにきて可彦は自分が裸であることに気が付いた。しかもなぜかずぶ濡れの状態。

 シャワーでも浴びている最中にこっちに来たのだろうか? 可彦にはその辺の記憶がどうも曖昧だった。しかし気にしないことにした。異世界に飛んできたのだ。記憶が飛ぶことだってあるだろう。

 それに飛んだ時に裸になるというのも、ありそうな話だ。

 ただずぶ濡れなのが良くわからない。

 戻ってきたエルフは手に持った白い布を可彦に差し出した。

 とにかくその布を受け取るとあわてて身体に巻きつける可彦。つややかに光沢のある布の感触はとても心地よく。濡れた身体もすぐに乾いていった。もう一枚手渡された布で、今度は濡れた髪の毛を拭く。

「ここはアミスコート王国王都にある大聖堂です。この大聖堂に安置されし太古より伝わる聖法器『連なりの樹環』により、あなたを呼び寄せました」

 身支度を整える可彦に静かに語るエルフ。その言葉に可彦は周りを見渡してみる。

 白を基調にした大きい広間。天井は優雅な曲線を描き、はるかに高い。

 自分の四方には煌びやかに飾られた白銀の柱が立ち、その上部に金色に輝く大きな輪が四方の柱に支えられるように浮かんでいる。あの輪っかが『連なりの樹環』なのか、柱も含めてが『連なりの樹環』なのか、この広間自体が『連なりの樹環』なのか、そこまではわからないが、とにかく『連なりの樹環』と呼ばれるもので呼び出されたらしいことは理解できた。

「君は?」

「これは失礼しました」

 エルフの女性は微笑むと深く一礼した。その姿は相手を敬いながらも、微塵も媚びるところは無く、逆に自信と尊厳に満ち溢れている。

「わたしの名前はアルタリア。この大聖堂の管理を仰せつかるものです」

「管理? 大神官みたいな?」

「そんな畏れ多い」

 エルフの女性……アルタリアは微笑みながら首を横に振った。

「管理を任されているにすぎません。この『連なりの樹環』は、わたしどもエルフにしか扱えないので」

 彼女は自ら『エルフ』と名乗った。自分の認識に間違いのなかったことに可彦は心の深いところから滲み出すような感動を覚えた。

 アルタリアは『連なりの樹環』を見上げる。その目はどこか遠くを見つめていた。

「それよりも勇者様」

 アルタリアは向き直ると可彦を見つめる。

「勇者様をなんとお呼びすれば宜しいでしょうか?」

「あ、そうか。そうだね、ごめん。僕の名前は志原可彦」

「シハラ・ベクヒコ様……シハラ様とお呼びすればよろしいですか?」

「可彦でいいよ」

「ではベクヒコ様」

 アルタリアは静かに微笑みながらその身体を可彦の正面から脇にずらす。

「どうぞ、こちらへ」

 促されるまま可彦は頭上に輝く樹環の下から歩みだした。

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