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淡谷桃水
その青春は人生の終わり
「ここか……」
朝から続くこの暗澹たる気持ちはもはや心地良く、新品の上履きの底と、年季の入った廊下とが奏でる音はどこかうわずっている。
どんな気持ちなのだろうか、自分でもよくわからない。落ちかけた太陽が辺りに朱を入れて、俺の思考を遮った。
気が付けば「音楽室」と教室札のある扉の前に来ていた。いや、気が付いたら来ていたわけじゃなくて、自分から来たわけなんだけど。そう表現できるくらい、今の俺は何も考えていなかった。
とりあえず、この扉を開く前にもう一度手にしている「コレ」を確認してみる。
『放課後、音楽室に来てください。 待ってます』
「コレ」には綺麗だが、どこか可愛らしさのある文字でそう書いてあった。差出人の名前はどこにも書いてなかった。ただ一行、この一行だけ。
少し、いや、非常に怪しい「コレ」は大体「アレ」だと相場は決まっている。なにせ舞台は幾多の青春が繰り広げられる場所、高等学校なのだから。かつての偉い人も、こう言ったのだ。
『もし私が神だったら、私は青春を人生の終わりにおいただろう』と。
だがしかし――。
いや、ちょっと落ち着いて考えてみてくれ。舞台は整っている、小道具も完璧だ。だけど、役者は? 役者が足りないのだ。俺は主人公にふさわしくないし、相手も誰だかわからない。まして動機もよくわからない。
俺は一年生、入学してまだ二週間も経たない新入りに用のある人間なんているのだろうか? 一目惚れ? そんなものは一時の気の迷いだ、きっぱりと断って、いや、まぁ友達からならいいかな……。なにせ友達は大事だからな……。
って、全然落ち着けてないじゃないか。兎にも角にも、この扉を開いてみなければ何も始まらない。ええい、ままよ――。
俺は勢いよく扉を開く。
余計な思考を振り払うかのように。
そして、一歩前へ進む。
人生の終わりに向かって。
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