第36話薫の君1
それから10年の月日が経ちました。薫の君は19歳に、
匂宮は20歳におなりです。
匂宮は兵部卿、薫の君は中将に。ともに次代を担う若手の
貴公子として華やかさを競っておいでです。
どういうわけか薫の君は自然と体内から芳香を放つ方で
誰言うともなく薫の君というようになりました。
それに対抗してやんちゃな匂宮はこれでもかというくらいに
種々の香を炊き込みどこにいても匂宮と言われました。
薫の宮は幼いころ自分はひょっとしたら源氏の子ではないかも
しれないことを耳にします。それからは世の無常や宿業などを
思いやられ仏教へと傾いていかれます。
このころ源氏の弟八の宮は宇治でひっそりと暮らしておられ、北の
方は早くに亡くなられて姫二人を男手ひとつで育てておられました。
八の宮は師の阿闍梨のもとで熱心に仏道に励んでおられました。
この阿闍梨が冷泉院にも時々お見えになるので徐々に薫の君は
親しくなり八の宮のもとも訪れるようになりました。
ある夏の日、初めて3人が合いまみえました。
「ささ、こちらへ、阿闍梨様。薫殿はこちらへ。わび住まいでは
ございますが、ごゆるりと」
作務衣姿の八の宮が阿闍梨を上座に通します。
阿闍梨は直綴を着ています。真ん中に八の宮。ともに高齢です。
若い薫の君は単衣の狩衣で下座に座っています。
蝉しぐれの中、宇治川のせせらぎと心地よい風が渡ってきます。
「して若君、源氏殿は最後になんと申されました?」
八の宮が訊ねます。
「はい、南無法華経、南無法華経じゃ、と申されたそうです」
「ほう、南無法華経とな?」
八の宮が驚いたように答えます。阿闍梨は大きくうなづきながら、
「南無とは梵語なり、ここには帰命という。天台は理の一念三千
極まるところ帰命妙法蓮華経と悟られた。しかし付属なきが故に
また時の未だ至らざるがゆえに、この悟りは流布せなんだ」
二人の弟子は神妙に阿闍梨の説法を聞いています。
薫の君はこのひと時にこそ時を超えた歓びを味わっておられます。
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