第13話パンで平和

 次の日の朝の登校中、ここ最近のこともあって伊勢はすこぶる機嫌が悪い。

心なしか地面を踏む音が大きいがする。

ガニ股でドスン、ドスン、更には肩で風を切って目付きも悪い、まるでチンピラのようだ。

 どうしよう、話しかけたら急に噛まれたりしないかな? 

僕は恐る恐る、伊勢に宥なだめるように話しかけてみる。

「なぁ、機嫌直せよ。もう諦めたらいいじゃん」

「あぁん?」

 女性が出せるとは思えないほどドスのきいた声と人類ができるとは思えない程の眼力溢れるメンチに、僕の身体がすくむ。

完全にチンピラの親分クラスだ。

「誰が、何を、どこで、いつ、どっちに、どのようにして諦めるって? あぁん?」

「良かった、5W1H使うぐらいの冷静さは残ってたか。あと流石にどっちは無理があるぞ」

 伊勢は僕を横目で見ると、溜息か鼻息か区別がつかない息を勢いよく吐く。

「あんたは見てるだけで、私の味方はしてくれないの」

 別に伊勢が入ってくると、部室がうるさくなって読書の邪魔なんて思ってないんだからね!

 なので、僕は本心からの言葉で伊勢をごまかしておく。

「ゴメンネ。ブチョウニハサカラエナイノ」

「そう、死ね」

 伊勢は軽く息を吐く。

今度ははっきりとわかる溜息だ。

全く本当に溜息をつきたいのは誰だと思っているんだ。


 さて、四限の鈴原先生の退屈な割に意外と頭に入ってくる物理が終わり、昼休み。

 昼休みに何をするかといえば、昼ご飯を食べることである。

 食事とは、色々な制限が掛かっている学生にとって数少ない楽しみの一つである。

 その食事に僕は、バリエーションと驚きを重視している。

中でも昨今、コンビニメーカーが他のライバル企業と少しでも差をつけるために、様々な創意工夫を凝らしてオリジナリティー溢れる菓子パンを作っていて、それらを食していくのが好きだったりする。

 つまり、僕の今日の昼飯も菓子パンである。

今日は某大手コンビニ店の今週でたばかりの新作パン『アンチーズバタージャム三色パン』である。

 どうやら、国民的幼児向け某ヒーローアニメの愛と勇気しか友達のいないヒーローの家族の名前を全ていれてみた、というコンセプトのようだ。

商品名から考えてどう考えても四種類の具が入ってるのに、三色パンとは怪しさプンプンに逆に惹かれてしまった。また具はアンコ、チーズ、ジャム、バター、どう考えてもこれらはバラバラで合いそうなイメージを持たない。

 だからこそ、そこに食べてみる価値がある!

 モフッとした食感のすぐ後に中の具の味が広がる。

 こっ、これは‼ 

口の中に果物独特の酸味が広がっていく、ジャムだ。

しかしタダのジャムじゃない。

ざく切りにされた苺の切り身をふんだんに残している。

これは程よい食感と酸味を残していることでベースになるジャムの甘味と素晴らしくマッチする。

例えるなら、そうアップルパイのようだ。

いや、これはストロベリーパイといってもいいのかもしれない。

 三色パンの三つを均等に食べ勧めたかったのだが、かなりの旨さに気付けばジャムの部分を半分近く食べ勧めていた。

そこで味が変化してきたことに変化に気付いた。

 甘さに飽きの来る中盤部分でそれを程よく抑えつつも、そこにさらなる甘じょぱさと粘りが加わる。

 三色パンは本来、三つの小さなパンの部分にそれぞれの具が入っていて、食べている人にお好みで食べ合わせるもので、基本的には具同士は不可侵のはずだ。しかし、今現実には何かが加わっている、僕はその正体を確かめるべく三色パンの断面を除く。

 こっ、これは‼ 

薄黄色の粘り気のあるそれはチーズだ。

しかし、おかしいチーズとはもっと臭みがあって、何より甘さなどとは無縁の後から染み渡る系統の味だったはずだ。

それなのに、このチーズはよくジャムと合う。

僕はパンの生地を少しちぎり、チーズの部分だけにつけて食べてみる。

 こっ、これは‼ 

ただのナチュラルチーズではない。

おそらくプロセスチーズ、最近いろいろな種類が増えてきているクリームチーズだ。

なるほど、これなら合点が言った。

 クリームチーズの中にはチョコ味やオレンジ味などがあって、その中にはストロベリー味などもある。

ストロベリーがあるなら苺ジャムと合わないはずがない。………………よく考えてやがる。

もう僕は我慢ができず、三色パンの他の二つをちぎり中を覗く。

 こっ、これは‼ 

残りの二つには餡子とバターが入っているが、それとは別にチーズが入っている。

それも先ほどの一つ目を含め、全て何となく色合いが違う。

まさか、それぞれの三種類の具に合わせたチーズを使っているのか!?

 これは油断していると命を落としかねないぜ。

 僕は決意を新たに三色パンの二つ目を口に運ぼうとした時、どこからか熱い視線を感じた。

どこからかというより真横から感じた。

 真横というのは、つまり隣の席、隣の席というのはつまり伊万里さん。

「それ、おいしい?」

 両手を組んで顎の前において、完全に司令官スタイル(もしくは碇ゲンドウスタイル)でこちらを見ている。

 伊万里さんの視線のそれは、完全に興味津々といった具合だ。

もしかして、伊万里さんも菓子パンが好きなんだろうか?

「伊万里さんも菓子パン好きなの?」

 伊万里さんはハッとした顔をすると、慌てた様子でブンブンと両手を振る。

「あっ、いや、そういうわけじゃないんだけど」

 口ではそう言われても、目が僕の菓子パンから全く離れないのはどうしてだろう?

 僕の疑問の目に気付いたのか、またも、ごまかそうと顔の前で手を振る。

手の振り方が犬のしっぽみたいだ。

「とっ、とにかく味の感想が聞きたいんだけど」

 そんなに味の感想が聞きたいのなら、僕もやぶさかではない。

僕も発掘したばかりの財宝しんしょうひんの自慢がしたい気持ちも多少ある。(ちなみに伊勢に語っても「ふーん」と「あっ、そう」の二パターンの感想しか聞けない)

「とにかく、うまいの一言に尽きるね。

いや上手いと旨いの二重の意味で、パッケージからはハズレ臭がすごかったけど中身の工夫がすごい。 きっとパッケージの工夫次第では今後のコンビニの主戦力になるかもしれないね。

そもそも、菓子パンのような限られた大きさのものは、あまり色々詰め込み過ぎると味の崩壊につながりかねないけれど、このパンは餡子、バター、ジャム、チーズが見事に調和を保っている。

最初は、勇気と愛だけが友達のヒーローの家族を全部入れたってネタのみの勝負かと思ったけど、三色それぞれに合ったチーズを入れるなんて発想力は秀逸。

製作者の強いこだわりが見て取れる。

これが百六十二円なんてコスパサイコーだぜと言わざるを得ないね」

 あまりのも熱く語りすぎてしまって、チラッと伊万里さんの方を見ると完全にぽかんとした顔をしている。

「………嬉しい」

 伊万里さんは、顔をうっすらと赤くして小声でぼそっと呟く。

「えっ? なんだって?」

 僕は思わず聞き間違いではないかと、難聴系主人公様が多用するようなセリフを言ってしまった。(僕にもハーレム形成の才能があるかもしれない)

だって常識的に考えて、隣の席のやつにちょっと食べているものの味の感想を聞いたら、鬱陶しいほど熱く語られて嬉しいなんてどういう趣味、趣向の人だ? そんな謎の趣味、思考を持っているかもしれない当の伊万里さんは、人差し指同士を合わせてもじもじしている。

「あのね、実は……それ考えたの私なんだ」

「えっ? なんだって?」

 あっ、また使っちゃった。

おいおい、ついに僕にも難聴系主人公になる資格が舞い降りてきたか? 

……ふざけるのはこの辺にして、真面目に考えてみよう。

高校生の身分で、某大手コンビニチェーンの商品に口が出せる人間なんて限られてくる。

 わかったぞ、じっちゃんの名はいつも一つ‼

「つまり、伊万里さんは某大手コンビニチェーンの社長令嬢というわけかな?」

「えっ? あぁ、全然違うよ。言い方が変だったかな? その袋のタイトルの上の方に小さく『みんなの考えたアイディアパン最優秀作品‼』って書いてあるでしょ。私それに応募して選ばれたの」

 そう言われて、僕は菓子パンの袋をよく目を凝らしてみてみると、確かにに書いてある。

僕も大した探偵さんだ。

「それにしても、凄いよ。伊万里さんお菓子づくりとか好きなんだね」

 伊万里さんは、照れ隠しなのか短めの前髪をいじりだす。

「いや、そういうわけじゃないんだ。私の両親がね、小さいパン屋さんをやってるんだ。小さい頃からたまに手伝いとかやってて、コンビニでこの企画の応募のポスター見つけてやってみようかなーって思ったんだ」

「えっ、普通にすごいね、それに家の手伝いとか偉いね」

 実家のパン屋の手伝いをやっている娘さん。

この単語だけでご飯が三合はいける。

 明るいスポーツ少女、自覚のない巨乳、高いコミュニケーション力を持つ情報屋、健気にお手伝いをするパン屋の娘、伊万里さんのポテンシャルは計り知れないものがあるな。

 この子で一本ラノベが書けそうだ。

「いやー、別に手伝いとかも結構嫌々やってる時もあるんだけどね」

「それでも立派だよ」

 僕なんて家で皿洗いすらしないけどな。

「ただ、色んなパンを考えて作るのは好きなんだけどね。本当は今回選ばれたパンも、もっとこだわりたいところがあったんだけどね。やっぱりコンビニのパンじゃ予算の都合もあるからね。本当はチーズにノルウェーの珍味グブランスダールオストを使いたかったんだー」

 だんだん、伊万里さんの言葉にも熱が入ってきた。 やっぱり好きなことを語ってる時は、みんな目が輝いてくるな。

僕は、そんな伊万里さんを微笑ましい目で見ていると、我に帰ったのか、急に恥ずかしそうに声が尻すぼみになっていく。

「もう、私ばっかり熱く語っちゃって恥ずかしいな。笹箱君は、何か好きなこととかないの?」

「……うーん、そう言われても何にもないな」

 何でもない質問に僕は真っ先に浮かんだものがあったが、それを何となく伏せてしまった。

自分でも意識しすぎかなと嫌になってしまう。

「そう? じゃあ、何か興味があることが見つかったら、私に真っ先に教えてよね」

 伊万里さんは、右手の小指を立てて指切りのジェスチャーをして笑いかけてきた。

やばい天使過ぎる。

「うん……本当に見つかったら、真っ先に言うよ」

 このあと、伊万里さんが持ってきていた試作品菓子パンを分けてもらい、入学以来の最高の昼休みを僕は送りましたとさ。

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