第20話
私は藤原の姫に頼んで、もう一度、東三条殿への入室を許可して貰った。
問題の井戸から水を汲み、その他の容器の準備をしていると、藤原の姫が不思議そうに此方を見てくる。
「何を始めるの?」
「実験ですよ」
私はにこりと笑って、作業へ向き直る。
藤原の姫は、少し膨れた顔をして、私の横で一連の行動を眺めていた。
初めて彼女に会った印象とは打って変わって、彼女はすっかり私に気を許したらしい。言葉も砕けたものになっていた。
一方、業平は縁側に座って、日向ぼっこをしている。
まず、井戸からすくった水を、調理場へ運んだ。
予め譲って貰っていた、使わなくなった窯にその水を少量注ぎ、火を起こす。
電気が無い分、火起こしが大変。
私が何度も挑戦しては失敗するのを見越して、藤原の姫が女房を呼びに行ってくれた。
有り難い。
暫く火を通していると、水が蒸発し始めた。
なんだか、小学生の頃、初めて塩水から塩を取り出す実験をした時のことを思い出す。あの時に比べて、格段にめんどうな工程を踏んでいるが、それでもやはりワクワクは変わらない。
暫くして、じゅくじゅくになった固形物が現れた。
これが動かぬ証拠。
「水の中にこんな物が入っているの?」
藤原の姫が、驚いた顔を見せた。
私は、彼女の反応が嬉しくて、少しくすっと笑ってしまった。
「これが、赤鬼の正体です」
今度はそれを太陽の元に持っていき、粉になるまで自然乾燥させる。
乾いた粉は箸で丁寧に掻き集めて、陶磁器へ入れ、風で飛ばないように蓋をした。
まさか、こんな時代で、理科の実験をするなんて思ってもみなかった。
「貴方、面白いのね。こんなことをする殿方、初めて見たわ」
そりゃそうだ。
この時代には、科学なんて学問は日本にない。
ましてや文系が出世する時代。
そんな中、一連の動作を目を輝かせて見ていた姫。
どうやら彼女は他の人間と少し違うらしい。
「こういうこと、好きですか?」
私は彼女に問い返す。
「ええ、とっても。刺激的だもの」
奇遇だ。
私も、化学は好き。
彼女と私は、どうやらウマが合うらしい。
出会い方は最悪だったけれど。
平安の世に来て、ずっと気を張っていた私。
ここで始めて、自分を見てくれる人に出逢えた気がした。
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