第13話

 一月に入っていた。

 年末に母へ真理子と籍を入れる事を伝えると母は、喜んで涙ぐんでいた。早く孫の顔が見たいと言っていた。

 一月一日の午前中にに真理子と一緒に籍を入れに役所へ行った、役所は正月休みだがこういう手続は受け付けているようだった。

 真理子は年末に母と一緒におせち料理を作っていた。重箱三つ、結構な量だ。

 午後からは母のところへ行き無事に婚姻届を出した事を伝へ三人でおせちと餅をたらふく食べた。

 真理子に約束していた指輪はまだ用意出来ていなかったが、真理子が、


「明日一緒に見に行きたい」


 と言うので、オーケーを出した。

 後は記念のタキシードとウエディングドレスを着て記念写真を取るだけだ。

 次の日、朝から上機嫌な真理子を車に乗せ何軒かジュエリーショップを見て回った。


「直人さんの指は何号?」

「指輪なんて着けたことがないからわからない、真理子は何号なんだ?」

「何号だったかしら? 覚えてないわ」

と答える、どちらにせよ店で測ってもらえばいいことだ。

 五軒目で真理子はやっと気に入ったのを数点挙げていった。

 どれも宝石の付いていないシンプルなデザインだった。しかも思ったほど値段は高くはなかった。


「こんなのでいいのか? 結婚指輪だぞ」


 と言ってみたが真理子は、


「いいのよシンプルな方が好きなの、ダイヤやルビーの付いたのって飽きがこない?」

 と言う、確かにずっと身に付ける事を考えるとその方がいい気もする。


「これなんてどうかしら? シンプルだけど結婚指輪って感じしないかしら」


 俺も同意する、店員を呼んで二人の指輪のサイズを測ってもらい、買うことに決めた。

指輪の微調整がいるから暫く待つように言われたので後で取りにくると言って、先に会計を済ませる。

 真理子から貰ったクレジットカードは使わず、俺の財布から金を出す。

 真理子は満足そうな顔をして、


「直人さんからの贈り物ね、一生大事にするわ」


 と喜んでいた、

 微調整が終わるまで近くの神社へ初詣に行った。二人で賽銭を入れ手を叩いてお参りをする。


「真理子は何かお願いしたのか?」


「直人さんと一生幸せに暮らせますようにって、お祈りしたわ。直人さんは?」

「俺も同じさ」

 と答え笑いあった。

 混んでいたのでなかなか思うように歩けなかったが、ちょうどいい時間だろうと思い、またジュエリーショップに行ってみた。

 指輪はもう出来ていた裏側にメッセージも入れてもらっている。

 その場で指輪をはめてやり、

「真理子を一生幸せにします」

 と言った。

 真理子も。

「一生涯付いていきます」

 といってくれた。店員たちも。

「おめでとうございます」

 と言って皆に祝って貰えた。

 次は記念写真だが、正月に写真屋が空いているのか不安だったが、正月に記念撮影をする人も多いのか開いていた。

 大きな店舗で貸し衣装もしている。

 タキシードは直ぐに見つかったが、真理子のウエディングドレスがなかなか見つからなかった、店員と相談しながら最終的に二点候補が挙がった。

「直人さんどっちがいいかしら?」

 俺は五分ほど悩み、


「こっちがいいな」


 早速準備に入ったが着付けとメイクでかなり時間がかかった。

待ち時間も他のカップルなどが続々と入ってくる。

小一時間ほど待たされて、やっと真理子が出てきた。

凄く似合っていたので素直に褒める。メイクも濃くも薄くもなく真理子の美しさを際立たせている。

カメラを向けられ、立ち位置やポーズを細かく指導され写真を取った。

出来上がるまで何日かかかるだろうと思っていたが、すぐに出来ると言う事なので二枚頼むと言って待たせて貰う事にした。

 二十分程で出来上がり立派なフレームに入れて貰い会計を済ませた。


「どうして二枚も?」


 と不思議そうに真理子が聞いて来るので、

 母が写真を欲しがってた事を伝えると、納得したようだ。


「さあ帰ろうか」

「そうね」


 と言葉を交わし帰路に着いた。

 真理子はこの日一日中指輪を眺めたり写真を眺めたり幸せそうだった。

 俺も上機嫌だった。

 真理子が、


「プロポーズとても嬉しかった」

 と言っている、

 俺も真理子と結婚できた事を喜んでいる事を伝えた。

 三日目は二人でだらだらと過ごした。

 好きな小説を読んだり、二人で映画をレンタルし感想を言い合ったりした。

 真理子の悩みも聞いてやった。

 今の真理子の悩みはホームページが出来て店が繁盛し、客を待たせる事になったらどうしようとの事だった。

 確かに店は大きいが今でさえ繁盛してるのにこれ以上客が増えれば待たせる事になる。 その結果客足が途絶える事もあるかもしれないのだ。

 そうなれば店舗を増やすか、今の店舗を改築し店を広げるしかない。

 しかし、まだどうなるかははっきりわからないのだ、それらの考えをまとめて話す。


「とりあえず、暫くは様子を見よう」


 と、提案した。

 真理子も納得したようだった。

 そして一月四日には二人で坂井フーズへ出勤し、真理子から正式にオーナーを譲渡されて、事務員からも結婚とオーナー就任のお祝いの言葉と花束を貰った。

 そして初仕事として西田の総支配人の辞令の手続きをした。

やることはこれだけだった。

 真理子と一緒に退社し家に帰った。

 晩飯はカルボナーラだった、確か以前バミューダで真理子が西田にレシピを貰っていたはずだ。

 先日俺もバミューダで食べている。


「いただきます」


 と言い、フォークに巻きつけて食べる、確かに店で食べたカルボナーラをそのまま再現してある。しかしどこか違う。


「西田のよりも美味しくないか?」

「直人さんの好きなチーズを増やしてみたのよ」


 なるほど、それだけでこれほど美味しくなるとは。素直に美味しいと伝えてやった。

 真理子も満足そうに食べていた。

第二十六章


 坂井フーズへ出勤した。

 未だにこの坂井フーズと言う響きには慣れなかった、と言うか実感がわかない。

 オーナー用の個室を与えられた、造りは真理子の社長室と同じだったが、デスクや椅子は真理子のより金がかけているのか上等だった。来客用のテーブルとソファーは真理子の部屋のと同じだった。

 誰か来ても商談などは今の俺には出来そうにない。当分は真理子同伴でやるしかないようだ。徐々に慣れていけばいい。殆どの仕事は真理子が片付けている。俺は暇を持て余していた。

 真理子の社長室をノックする、


「どうぞ」

「ちょっと谷口に会って来るよ」

「いいわよ、午後には戻ってきてね」

「ああ、大丈夫だちょっと話をしに行くだけさ」


 事務所を出て徒歩で谷口モータースへ向かう歩いても二分ほどだ。

 以前、真理子の会社に入ったらどうするかの答えをうやむやにしたままだったのだ。

 谷口は事務所ではなく工場の方にいた。

 久々のオイルやガゾリンの匂いを満喫しながら谷口に声をかける。


「直人か、ちょっと待っててくれもう終わりそうだ」


 ただのオイル交換の様だ、オイルを入れてゲージを抜いて量がぴったりなのを確認してタンクのキャップをしっかり閉めてボンネットを閉じる。若い工員はたまにオイルタンクのキャップを閉め忘れて谷口に叱られている、俺は一度もミスをしたことがない、最終確認を三回もするからだった。


「ここはうるさい、事務所で話そう」


 谷口の後に続き事務所へ入る。

 事務員は数人いるが機械音がしない分静かだった。


「直人があっちに行ったらお前のたくさん持っている資格が約に立つな経理関係のなんだっけ」

「簿記と情報処理ですよ」

「そうだそれそれ」

「早速、向こうの経理の人に頼りにされてますよ」

「で、これからどうするんだ?」

「それを相談しようと来たんですよ、初めは暇な時はこっちに手伝いに来るっていいましたが、忙しい時期や時間が被るんですよ」

「なら、うちとしては寂しくなるが、年末に言った通りあっち一本に絞ったらどうだ?」

「いいのですか? 人手が足りなくなりますよ」

「他のやつのノルマを増やせばいい、あいつらノルマが終わればさっさと帰ってしまうだろ、一人二台づつ増やせばいい、そんなにしんどくないはずだ」

「ありがとうございます、一応これ持って来たんですが」

 と、辞表を出した、谷口は受け取り、


「そんな事だろうと思ってこっちも用意はしてある」

「用意って?」

「ちょっと待ってな」


 谷口は金庫をあけて分厚い封筒を出してきてこう言った。


「退職金だ、少ないが何かに使ってくれ」

「頂けませんよ」

「いや、これも会社の決まり事でな渡さないといけない事になってる。受け取らないと俺が困る」

「わかりました、では遠慮なく頂きます」

「直人、おまえ給料はどれくらい貰う予定なんだ?」

「はっきりと聞いた訳じゃないですが、月に百万単位で貰えるみたいです」

「やっぱりな、バミューダは儲かってるし年収一千万以上か真理子さんと合わせると凄い金額になるな、お前も立派になったもんだ」

「まだ全然想像もつきませんよ」

「以前から口を酸っぱくして言ってきたことだが、金があっても博打には手を出すなよ」

「大丈夫です、賭け事には興味ありません」

「それでいい、たまにでいいから顔を見せに来てくれ」

「わかりました」

「それともう一つ例のブツがなくなっているの気付いてますか」

「ああ、鍵が壊れていたしドラム缶も空いてたしな」

「もう事件は全て片付いてますよ、丸く収まりました」

「そうか、よかった。これで俺も一安心だ」

「じゃあ戻ります」


 と言って事務所を後にした、十五年間努めた仕事が終わった。

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