第3話

 次の日谷口から昨夜のことを聞かれた、


「デートは上手く行ったのか?」


 と少し真面目な顔で聞いてくる、茶化している様子ではなかった、


「まぁ、他愛ない会話をして食事しただけですよ」

「そうか、真理子さんはまだ三十歳にもならずに上野さんに先立たれた、お前とくっつけばいいと思ったんだがな」

神妙に呟く。

「真理子には俺なんかよりもっとふさわしい相手が見つかりますよ」


 言い終えると、


「ほう、名前で呼ぶ間柄にはなったんだな」


 しまったと思いながらも、いずれバレるだろうし隠す必要もないと思い直した。


「真理子さんはお前に気があると思っておったがお前はどうなんだ」


 俺に気がある?意味がよくわからなかったが悪い気分ではない。


「それは光栄ですが、なぜそう思うんです」


 俺は鈍いのかもしれない、昔からだ。


「真理子さんはお前しか指名しないし、お前が休みの日には俺にも任せず帰って行くんだよ、知らないのも無理ないか」


 やはり俺は鈍かった、確かにここ数年真理子は俺にしか車を触らせない、だが問題はただ人として信頼されているのか、谷口の言うとおり好意を持たれてるのかが引っかかる。


 それ以上の会話はなくなり昼休憩の時間になった、急いで飯を食べ終えると工具箱を持って真理子の駐車場に向かった。

 いたずらはされてないようだ、ここはまだバレてないと思うことにした。助手席側にまわり腰を落とす、銃痕の穴を専用のパテで埋め跡がわからないようにヘラを使い均して終了、今度はフロントにまわりナンバープレートを交換する、最近廃車にした別のベンツのナンバープレートだ、リアのは交換出来ないのだった、車検所で専用の工具を使わないといけないのだ。

 幸い、バックで駐車しているのでわざわざリアまでは見ないだろう、これで別の車と入れ替わった事になる。

 真理子の事務所に入り、社長室と書かれたドアをノックする。


「どうぞ」


 の声と同時にドアを開け入る、弁当を食べ終えたところのようだ、真理子は少し赤面していた。


「直人さんどうしたの?」


 真理子の質問にナンバープレートとパテを見せた。


「これ私の車のプレートだわ、こっちのは何かしら?」


 不思議そうに見ている、普通の人が目にする機会はあまりないだろう、


「これはパテと言って車の修理に使うものなんだ、銃痕の穴を埋めて目立たなくした、それと念のためナンバープレートも交換してあるフロントだけだがな、これでパット見は誰も真理子の車とは気づかないだろう」

「すごいわ、何でも出来るのね何だか安心したわ。直人さんありがとう」


 目をきらきらさせて喜んでいる。


「谷口が真理子は俺に気があるなんて真顔で言ってたぜ、ボケるにはまだ早いな」


 笑いながら言うと真理子は真っ赤になったと思いきや、


「やっぱり気付いてなかったんだ…鈍感ね」


 と照れるような怒ったかのような顔をして呟いた。

 俺は気恥ずかしくなり言葉が出ないので、


「昼休憩が終わってしまう」


 と言ってナンバープレートとパテを回収し去ろうとすると、


「直人さんはどうなの?」


 とうつむいたまま腕を掴んで離さない。真理子も鈍感なようだ。


「その気が無けりゃ、ここまでしないさ」


 と言うと掴んでいた腕をやっと離し、嬉しいと呟いたので俺も。


「ありがとう、昨日の約束は守る」


 と言って事務所を出た。

 昼間の事もあり、午後は仕事に集中出来なかったが何とか定時までには片付いた。


 事務所に入ると昨日のようにまた真理子が谷口と話をしていた、真理子と目が合うとお互い固まってしまったが。


「直人おめでとう、真理子さんから話は聞かせてもらったよ、これからどうするんだ?」


 と、満面の笑みで自分の事のように喜んでいた。


「ありがとうございます、しかしすぐにどうこうしようとは考えてません、暫くこのままですよ」


 谷口は不服そうにしているが、今はそれどころではないのだ、真理子も同じ考えだろうと思う、浮かれている状況ではないのだ。


「真理子送ろうか?」


 歩いても五分とかからないが聞いてみる、


「自転車かスクーターが欲しいの、店まで連れて行って貰えるかしら?」


 少し考えたが。


「チャリにしよう」


 と提案した、スクーターだと追って来る連中に跳ね飛ばされるかもしれないと思ったからだ、本当にまだ追われているのかさえわからないし、追われてるとしてもどんな相手かわからないのだ。


「わかったわ」


 と言って立ち上がった。

 自転車屋はすぐに見つかった、店の外にも中もチャリで埋め尽くされている、店員が飛んできて真理子の希望を聞いている。いくつか候補は絞られたが、真理子は三段ギアの赤いシティサイクルを選んだ。

 俺のチャリの三倍の値段だったが原付きを買うよりはずっと安くついた。

 帰りは俺の車にチャリを入れてマンションまで送った。


「直人さん明日は休みでしょう」


 帰り際に聞いてきた、


「そうだが何故知っている」

「一年前くらいから、谷口モータースのシフト表は貰ってたの、私が直人さんの居ない日は帰るから、谷口さんがファックスをくれるのよ。で今日のお礼にまた食事でもどうかしら」


 即座にオーケーを出した、ただし昼間は用事があることを伝える、


「じゃあ用事が終わったらうちに来て」


 手料理を振る舞ってくれるらしい、わかったと言って車を発進させた。



朝起きて強張った身体をほぐす、毎日の日課だ。

 その場でシャドーボクシングをきっちり五分、学生時代に剣道を習いその後ボクシングを習ったのだが剣道で身についたすり足が抜けないので正式なボクシングの様にステップを踏むのは苦手だったが、これのお陰で喧嘩では負けたことがほとんどない。


 時計を見るとまだ七時、何をするにも中途半端な時間だ。軽く食事を取りながら今日の予定を考える。

 十時まで読書をしてから望月の携帯に電話する。


「この前の車見つけたぜ、悪かったな」

「そうか、木下と言う刑事がうちの所長に会いに来た時にお前の名前が出てたぞ、所長はここ最近来ていないと答えていたが。くれぐれも首を突っ込むなよ、お前は昔っから知らず知らずに突っ込んでいる正確だからな」


 わかったよと言い電話を切った。

 服を着替えジャンパーを羽織って駐車場へ向かい車に乗り込む、十二月に入っていた風が冷たい。


 何故真理子が襲われるのか見当もつかないので、どこから何を調べていいのかもわからなくなっていた、あれ以降木下も来ないし真理子も襲われていない、もしかすると問題はもう終結しているのかもしれない、だとしたら俺の出る幕は無い様に思えてくる。

 とりあえず真理子の身辺調査をしようと考えて真理子のレストランへ向かう事にした。


 バミューダ、市内で一番大きなレストランだった、車を止め店内に入ると平日にも関わらず客は多かった、テーブル席ではなくカウンター席に座るとすかさず水とメニュー表を渡された、サンドイッチとイソラテを注文する、待っている間に店内を見回す、店内の椅子やテーブル等も凝っていた、夜はバーになるからかもしれない。


 ウエイトレスではなく雇われ店長がサンドイッチとイソラテを持って来た。胸に店長西田と書いてあったのですぐにわかった、小太りでいかにも人の良さそうな中年男だった。


「店長、ここには長いのかい?」

「ええ、開店当時から店長させて貰ってますよ」

「先代のオーナー時代からか、それは結構長いな」

「お客様は上野さんをご存知なのですか?」

「いや、今のオーナーの田辺真理子と知り合いなだけさ」

「田辺社長のお知り合いでしたか、サービスさせてもらいますよ」

と満面の笑みで答えた。

「上野さんってどんな感じの人だった」

「先代の上野はお金に執着心を持っていて、人使いも荒いし私は苦手でしたね。あっ、この話は田辺社長には内緒にしておいて下さいね」


 と笑いながら言って別の席へと向かって行った、ここでの収穫はこれが精一杯だろう、食事を終えるイソラテを飲み干した、他の店よりも美味かった。会計を済まし外に出た。行くあてが無くなった、こういう事は俺には向いてないとさえ思った。


 大通りに出て山本興信所へ向かった、事務所に入るとちょうど望月が居た、


「よう、望月暇か」

「見ての通りさ、何の依頼も入って来ない」


 所長の山本を含め四人全員が暇を持て余してる、全員揃っているのは初めて見た。


「ちょっと身辺調査を頼みたいんだが」

「いいぜ、料金は半額でいいぞ」


 と笑いながら望月は楽しそうにしている。


「バミューダの前のオーナーの上野と現オーナーの田辺真理子の事を調査してくれ、もう上野は死んでるがな」

「死んでる人間の調査はやりやすい、引き受けた。でいつまでにだ?」


 俺は少し考え任せるとだけ言った。焦っても仕方ないと考えたからだ、頼んだと言い事務所から出た。


 俺一人でやろうと朝考えていたのよりかなり変更があったため、予定よりも大分早くに用件は終わってしまったので、真理子に電話してみるすぐに繋がった、


「用事が予定より早く終わった、今から向かってもいいか?」


 と聞くと、嬉しそうに早く来てとのことだった。

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