第38話 魔王さまとアルクワートの戦い
グラード軍の多くが二の足を踏んでいる中、恐れることなく突き進んでいく者が居る。
≪くそっ、ダメだ! 突破された!≫
スライムが落下してくるよりも早く、犬の姿をした魔族――カンニェスコは四足歩行で駆けていく。
≪この……似たような姿をしてるクセに!≫
足下を担当していたコボルトが、一か八かで立ち塞がる。
≪よせ! 作戦を忘れたのか!?≫
頭上からの声を無視し、迫ってくる魔族に向けて木づちを構える。
腕の一本は覚悟していたが、カンニェスコはコボルトを軽々と跳び越し、そのまま去って行った。
反撃すらしないのは、目的が別にあったからだ。
――グラード様がこの森を選んだのは、恐らく拠点潰しの『イフリート』対策の為だろう。しかし……逆にそれが仇となってしまったか。炎で一気に焼き払いたい所だが、のろしを上げるような真似事だけはするな、とグラード様からキツく言われているからな。それならば、戦場を変えるのみ。
森で待ち伏せされているのなら、森を迂回できるようにすれば良いだけの話。
そう、彼の目的は、入口を増やすこと。
つまり、森以外の結界を消すことにあった。
結界は学校の教員にしか解除出来ないが、加護を受けた学校そのものに大きなダメージを与えてしまえば同じように効力が消えてしまう。
降り注ぐスライムをかいくぐり、カンニェスコは、ついに森を抜け出る。
そこに、人間の姿は見当たらない。
周囲を警戒しながらグラウンドの中央に立ち、辺りをうかがってみるが、気配すら感じられない。
鼻で探そうともしたが、周囲に群生しているハーブの所為で嗅ぎ取ることが出来なかった。
――なるほど、これがアイツらの作戦か。足止めして、人間だけを逃がすとはな。フンッ、骨の髄まで飼い慣らされたか。
カンニェスコは、ケヒッ、ケヒッ、と引きつったような笑い声を上げる。
そう遠くには行っていないハズだから、追い掛けて噛み殺そう。
小賢しい作戦が失敗だったことを、思い知らせてやろう。
人間は魔族様に勝てないことを、死をもって分からせてやろう。
――まずは、結界を消すのが先だな。
校舎に近寄り、中に誰も居ない事を確かめてから、開いている窓に飛び入った。
何の、警戒もなく。
「みんな、今よ!」
凛とした声が、誰も居ないはずの教室に響き渡る。
床に敷いてあった布から、十数本にも上る針が――槍が飛び出し、カンニェスコを串刺しにした。
「ぐがァッ!? な、何故貴様らがここに居る!?」
うつぶせになり、天高く槍を突き立てているの生徒たちが眼下に見えた。
布の上に散りばめていた、バジル、カモミールが転げ落ちていく。
「貴様らァ!! どこまで小賢しい真似をする気だッ!! 低レベルの分際でェ!!」
カンニェスコはあらん限りの声で吼え、血反吐を撒き散らす。
何人かの生徒が怯み、突き立てていた槍のバランスが僅かに崩れる。
その隙を付き、身をよじり、強引に脱出した。
「おのれおのれェ! 喰い、殺す!! かじり、殺す!!」
怒り狂ったカンニェスコは、結界の事も忘れ、一番近くに居た女子生徒を睨み付ける。
「ひっ!?」
初めて浴びる魔族の殺気に、女子生徒は悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んでしまった。
「や、槍構え! 前へ!」
生徒たちは慌てて女子生徒の前に飛び出し、バリケードのように槍衾を作り上げる。
だが、カンニェスコは驚異的なジャンプ力で天井スレスレにまで飛び、それを簡単に跳び越してしまった。
カンニェスコと女子生徒を隔てるものは、もう何もない。
「いや……来ないで……! 助けて!!」
ケヒッ、ケヒッ、と怒り笑い、天井を蹴って勢いを付け、血を撒き散らしながら跳びかかっていく。
「全く、しつけがなってないワンコロね!」
だが、憎悪に満ちた目は、割って入った白銀の剣によって反射され、己の醜悪な姿を映し出していた。
落下の勢いを利用した、腹への強烈な一太刀。
カンニェスコは力無く地面に降り立ち、よろよろと歩いた後、先程の勢いがウソのように静かにパタリと倒れた。
生徒たちは急いでカンニェスコを円状に囲み、槍を構える。
等間隔に並ぶそれは、巨大な車輪を彷彿させた。
「本当に動いてない? 息は?」
「大丈夫。ピクリともしてない」
「…………ヨォシッ!!」
使い慣れていない槍を手放し、記念すべき初勝利に両手を上げて喜ぶ。
アルクワートはそれを、感慨深そうに見ていた。
アルクワートとリンチェの勇気に感化されたのだろう。
あるいは、コケにされて悔しかった者も居たのだろう。
彼女らの後を追うように一人、また一人と増えていき、やがては学年全体が一丸となっていた。
自分たちの力で、学校を守ろうと。
頑張っている人が居たら、協力する。
逆に言えばそれは、自分が率先して頑張れば、他の人はきっと協力してくれる。
今と、同じように。
「凄いよ、アルクワート! 貴方の作戦通りじゃない!」
クラスメイトの一人が褒め称えた。
すると今度はアルクワートを円状に囲み、絶え間ない称賛を浴びせ続ける。
そう、これらはアルクワートが立案した作戦だった。
アルクワートは笑顔でそれを受け取るが、心の中では申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
本当なら、これはストラが受け取るべきなのに、と。
あの夜、ストラがアルクワートに教えたこと。
それは『戦術論』であり、人間が最も得意とする――『籠城戦』についてだった。
ハーブを散りばめた布の下に隠れたのも、誘い込むように窓を開けていたのも、全てストラから教わった事だった。
まるで、こうなるのを分かっていたかのように。
そして最後に、ストラはこう言った。
決して私の名前は出すな、と。
この作戦は、生徒の中で最も勇者に近いお前だからこそ実行出来るのだ、と。
――こんなに凄い事をしたのに、誰も褒めてくれないなんて寂しいよね。だからせめて、アタシぐらいは褒めて上げるわよ。……少しだけ、ね。
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