第34話 魔王さまとモンスターたちの復讐


 教室の中では、未だに収拾の付かないパニックが巻き起こっている。


 倒される机に椅子。

 もう終わりだと泣き叫ぶ女子生徒。

 どうにかしろと怒鳴り散らす男子生徒。

 そして、迫り来る現実を見まいとしているのか、頭を擦りつけるように地に伏している生徒たち。


 何とか落ち着かせようとするアルクワートやリンチェ、そしてコンパンと何人かの生徒。

 しかし、絶望という最も深い闇の前では、それらを照らしきる事など出来なかった。


「どうしてみんな、自分で解決しようとしないの……!?」


 アルクワートは悲痛な声で叫んだ。

 勇者になろうとしている者たちが、絶望を前に、誰かに頼ろうとしているその姿が情けなくて情けなくて仕方がなかった。

 だがしかし、この事態を収拾できない自分もまた、この人たちと何ら変わりないのだろうと不甲斐なさを噛み締めていた。


「おい、何だありゃ……!?」


 男子生徒の戦慄した声に、全員が注目した。

 そして、同じように戦慄した。


 モンスターたちが、脱走している。

 しかも魔族たち同様、この校舎を目指して行軍している。


「何だこれ!? 何なんだよこれ!?」


 別の男子生徒が、頭を掻きむしりながら半狂乱になって叫ぶ。

 皆同じ気持ちだった。

 何一つとしてこの状況を理解していないのに、まるでバケツをひっくり返したかのように次から次へと異常事態が降りかかってくるのだから。


 そして皮肉にも、魔族、モンスター、そして人間がこの学校を中心に出揃ってしまったようだ。


「なぁ、やっぱりアイツらは魔族の仲間なのか? コロシアムでこき使ってた、復讐をしに来たのか!?」


 壊れた蛇口のように、疑心暗鬼を垂れ流す。

 それは教室の隅々にまで流れていき、生徒たちの足下から濡らしていく。


 誰もが止めて欲しいと思った。

 だが、誰にも止められなかった。

 それを、誰も否定出来なかったから。


――アイツはどこに行ったの!? どうして肝心な時に居ないのよ!!


 アルクワートは教室を見渡すが、やはり居ない。

 外に出て探し回りたいが、今この教室は絶望という冷たい水で満たされている。

 扉を開けたが最後、まるでせきを切ったように流れ出すだろう。

 それだけは避けたい事態だ。


「わああぁぁ! 嫌だ! モンスターがすぐそこに居る!」


 遠方から来る魔族とは違い、コロシアムの地下から現れたモンスターたちは、あと一分と掛からない距離にまで来ていた。


 生徒たちは窓辺に集まり、まるで自分たちの最後を客観的に見届けるかのように、近づいてくるモンスターたちを見下ろしている。


 だが、あと数歩近づけば校舎に触れられるような距離で、モンスターたちは急に立ち止まった。

 思わぬ事態に、生徒たちは更に混乱する。

 いったい、これから何をするつもりなんだ、と。


 一匹のモンスターが、生徒たちを見上げながら前に出てくる。

 それは、アルクワートが戦ったことがあるドリアードだった。


「ワタシ、宣言します!」


 生徒たちは声を上げて驚いた。

 モンスターが、自分たちにも分かる言葉で叫んだのだから。


「ワタシたちは、魔族と戦う。この数で、このレベルで。戦わないとダメな理由があるから。人間、感謝しろ。ワタシたちが、守ってやる」


 守ってやる。

 思わぬ言葉に、生徒たちは喜んだ。

 罠かも知れないと、疑う余裕すらもう彼らにはなかった。


「敵に、格下だと思うワタシたちに守られろ。数も、レベルも高い人間は何もせず、私たちに守られろ。何もせず、意味もなく喋る小鳥のように、ただただその檻の中に居ろ! 人間! モンスターに劣る人間よ!」


 最初は覚束ない様子だったというのに、今では彼ら以上に流暢に言葉を操っている。


「意味もなく高いプライドに、何もせずモンスターに救われたという一生の傷を残してやる! 例え勇者になれたとしても、その傷は一生付いてまわるだろう! これが、お前たちに対する復讐だ!!」


 それに呼応するかのように、コボルトたちは武器を掲げ、咆えるように言葉を叫ぶ。

 意味は分からなかったが、馬鹿にしていることだけは伝わってきた。


 呆気にとられていた生徒たちだったが、思わぬ人物の登場に、教室内は更に騒然となる。


「……え? おい、まさかアレって!?」


 その人物は悠々と歩き、前に立つ。

 すると、モンスターたちは途端に静まりかえり、恭しく頭を垂れた。

 まるで、王を迎えるかのように。


「どうして……どうしてそこにアンタが居るの!? 答えなさい! ストラァァァーーー!!」


 飛び降りようとするアルクワートを、慌ててリンチェが止めた。


「ダメです! 下にはモンスターたちが居るんですよ!?」

「アンタはこっち側でしょ!? 意味不明なことをやって、早くクラスをまとめなさいよ!!」


 アルクワートの悲痛な叫びを受けてもなお、ストラは涼しい顔でそれを流し見、まるで何事もなかったかのような顔でモンスターたちに向けて手を掲げた。


 それが合図だったのだろう。

 モンスターたちは立ち上がり、森の中に駆けていく。

 そしてストラもまた、ドリアードとワーウルフを両脇に従え、同じように森の中に消えていった。


「助かった……のか……?」


 半信半疑のまま、生徒たちは安堵のため息を漏らす。


「くそったれめ! やっぱり俺様が正しかったじゃねぇーか!」


 唐突にショッコが怒りだし、机を蹴飛ばした。


「今の見ただろ!? 俺様が言った通りだっただろ!? アイツは、サバイバル訓練の時もああやって従えてやがったんだよ!!」


 ショッコは、あの日見たことを忘れてはいなかった。

 アイツはこんなヤツだったんだと、『見たままの事実』をクラスメイトに喋っていた。


 結果、誰も信じてはくれなかった。

 調子にノっているストラを陥れる為の、根も葉もないウソだと皆が思っていたのだ。

 だが今は、乾いた地面に水を注ぐように、それが真実であると簡単に染み渡っていく。


「全員騙されてたんだよ! アイツは、腹の中でせせら笑っていたに違いない! 何が同じ生徒だ! 何が勇者だ! アイツは……アイツの正体は――!!」

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