第14話 魔王さまによる最弱が最強を倒す方法
ストラは黒板に向かって歩き出す。
それは、嘲笑の的だった。
コンパンは、友人が公開処刑を受けるような顔で見守っている。
反対にリンチェは、ストラなら大丈夫という信頼感に満ちた視線を送っている。
アルクワートだけが、興味深そうな顔をしている。
「条件は、べーチェロ先生が一人であること。そして、二十人の私が槍を持ち、東西南北に――つまり、四方向を囲んでいる状況であること」
ストラは黒板に△を書き、周りに二十個の○を足していく。
最終的には、『+(プラス)』のような陣形となった。
「そして……」
ふいに、ストラはべーチェロ先生に顔を向ける。
「このような小隊を前にした時、先生はどのような行動をとられますか?」
「ふん、決まってる。正面突破だ。コボルト以下のザコどもに、作戦など要らん」
その答えを聞いたストラは、不敵な笑みを浮かべ、満足そうに頷く。
「そうですか、ありがとうございます。おかげさまで……先生を相打ちにする事が出来ました」
思ってもみない言葉に、べーチェロ先生は面食らう。
だが、バカにされたと感じたのか、敵意丸出しの顔で睨み付けてくる。
「俺と相打ちだと? お前、パティー先生のお気に入りだからってあまり調子に乗るなよ?」
やけに突っ掛かってくる理由は、ただの嫉妬だった。
しかし、今のストラにとってはどうでも良い事だ。
ただただ、自分が正しいことを証明する為に、その経験論を論破する事しか頭にない。
「先生の剣は、約1.3メートル。対して槍は、約3メートル以上が一般的です。正面突破を計った場合、必ず槍が先手を奪い、そして四方向同時の攻撃がなされます。……全てをかわせる自信はおありでしょうか?」
べーチェロ先生は答えない。
だが、それが答えだった。
「一方向に攻撃する度に、三方向から攻撃が来ます。二方向はかわせても、ほぼ確実に一撃は受けるでしょう」
「待て待て。俺が四方向同時に攻撃する手段を持っているとしたら? それどころか、二十人同時に焼き尽くす手段があるなら、お前はどうする?」
先生は「どうだ」と言わんばかりの笑みを浮かべる――が、ストラはすぐさま一蹴する。
「先生は魔法を使える、と。そう仰りたいのですね? 残念ながら、そのようなハッタリは通用しません。無数に刻まれた傷跡が、接近戦の手段しか持たないことを証明しています。加えて、攻撃をかわすのが苦手な事を指し示しているのです」
その指摘に、先生は思わずうめいた。
全てストラの言うとおりだったからだ。
べーチェロ先生は、上級職の『戦場を駆ける者(プリモ・ダルド)』だ。
今は前線を退いたが、かつては敵陣に特攻して活路を切り開くのを役割としており、また得意としていた。
常に零距離で命のやりとりをしてきた所為か、あるいは魔法など臆病者が使うものだと無意識に拒否しているのか、一切使う事が出来ない。
「それがどうした? レベルマイナス1の攻撃などたかが知れている」
「その通りです。ですがそれは、一回の攻撃力のみに限った話です。先生が一人を倒す度に、最低でも必ず一回は刺されます。運が悪ければ、三連続で刺されるでしょう。つまり、先生が半分を倒す頃には、最低でも十~十五回近く槍に刺される事になります」
刺される姿を想像したのか、クラスメイトの数人が気持ち悪そうな声を出した。
「ダメージを受ければ、更に足は鈍ります。二十人を倒しきる頃には、少なくとも三十回以上は刺されるでしょう。先生であれば、生き残れるかも知れません。ですが、再起不能には出来ます」
「ふん、お前はバカか? そうなる前に、逃げるに決まってるだろう?」
「私たちの行く先に、小さな村があったとしても……ですか?」
ストラの言い含めたセリフに、べーチェロ先生は顔を歪めた。
「お前……正気か? 俺が逃げれば、その村を侵略するっていうのか?」
耳を疑うような言葉に、教室内はざわめく。
「おや? これは私が敵だったら……という話なのでは? そういう先生こそ、襲われる事を知っていて逃げるというのですか?」
ストラの問いに、べーチェロ先生は言葉を詰まらせた。
逃げなければ、再起不能。
逃げれば、村は――。
「……それは、さっきの条件には無かったぞ」
「申し訳ありません。言い忘れていました」
やっとの事で返した言葉も、ストラはのらりくらりとかわしていく。
「ふん! バカバカしい! 第一、そんな状況になるわけがない!」
声を荒げ、べーチェロ先生は言い捨てた。
それが事実上の降参である事に、本人は気づいていない。
論破は成功した。
ストラの正しさが証明された。
だが、ストラは続ける。
決定的な一言を。
「いいえ、なります。先生は、そうせざるを得なくなります。そういう状況を作り出すのが……『戦術』というものなのです」
ストラから発せられた言葉はひどく冷たく、教室内の空気を凍り付かせた。
そんなもの、机上の理論だ。
べーチェロ先生は、そう反論する事が出来なかった。
数多の戦場を駆け巡ってきたからこそ分かる。
小さな村やケガした仲間を助ける為に、死ぬまで戦い続けた者は多いという事を。
いとも簡単に、逃げられない状況に陥ってしまう事を。
もしもそういう状況を故意に作り出せるとしたら、それは――。
「……以上が、最弱が最強を倒す方法です」
説明が終わった後に訪れたのは、嘲笑でも、罵声でもなく、耳鳴りがする程の静寂だった。
それは、同級生の言葉には聞こえなかった。
それは、同じ勇者を目指す者とは思えなかった。
それは、それは――。
皆が凍り付いている中で、ただ一人だけが立ち上がる。
金色の髪をなびかせ、恐怖の言葉を吐き続けた張本人を掴み、引きずるようにして廊下に連れて行く。
「素晴らしい説明をどうも。ヘンタイなアンタにしては、立派な戦略だわ」
アルクワートは、誰も居ない廊下で初めてストラを褒めた。
「戦略ではなく戦術だ。褒める為に連れてきたのか? 全く、強引なヤツだな」
「どっちでもいいわよ。だけど、その作戦は絶っっっっ対に成功しないわよ」
「……なんだと? どういう意味だ? どうして失敗すると決めつける?」
完璧な戦術をいきなり否定され、冷静沈着なストラも苛立った口調で問いただした。
「アタシが、助けに入るから」
「……なに?」
「村を必死に守っている人が居たら、アタシが助太刀するって言ってんの! そうでなくても、きっと村から助けが来るわ! 十人も、二十人も!」
「バカな。何を根拠にそんな事を――」
「困っている人が居たら助ける! 頑張っている人が居たら協力する! ……父さんは、いつもそう言ってて、いつもそうやってた。勇者の権限を剥奪されるまで、ずっとずっと」
アルクワートはひどく悲しい顔で、しかし誇らしげに語った。
勇者。
誰しもが一度は夢見る、憧れの存在。
それは絶対的な地位であり、一国の王よりも位が高いと言われている。
アルクワートの父親は、それを失うまで人助けしたのだという。
人間の文化も、社会も、歴史も本で学んでいる。
だがそれでも、ストラには到底理解出来ない行為だった。
「そりゃね、スラムなんて荒んだ環境に居たら、そんな価値観になっちゃうかも知んないけどさ。人は、人を助けてくれるんだよ?」
何故かしゅんとした様子で、アルクワートは申し訳なさそうに言った。
ストラには、どうしてそんな事を言ったのか分からなかった。
「……うん。取りあえず、このまま廊下に立ってて」
「なに? どういう事だ?」
「授業のジャマしたでしょ? 悪いことをしたら、廊下に立ってなきゃ」
そう言って、アルクワートだけが教室に戻っていってしまった。
――全く、人間はおかしなルールばかり作るな。
取り残されたストラは、廊下の壁に背を付け、低い天井を見上げる。
――困っている人が居たら助ける。頑張っている人が居たら協力する……。魔族は、見ず知らずの人を助けはしない。だが人間は、それが当たり前だという。
万の書物を読んでも、そのような文など載っていなかった。
当たり前と言われたその論理など、知りもしなかった。
――だからこそ、論破されてしまったのだな。
ストラは、ハッキリと感じた。
レベル20を倒せるこの戦術は、アルクワートの前では無意味なのだと。
「クッ……クハハ……!」
――下に面白きかな、人間よ。
誰も居ない廊下に、ストラの笑い声だけが響き渡った
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