第6話 魔王さまとクラス分け
――カラーン、カラーン。
清んだ鐘の音が学校中に響き渡る。
数は六つ。つまり、朝六時――生徒たちの起床時間を知らせていた。
一つ目の鐘で起きたストラは、背もたれに寄りかかり、背筋を伸ばして眠気を覚ます。
六つ目の鐘が鳴り終わっても、アルクワートは「うにゅん」という奇妙なうめき声を漏らすだけで、起きる気配がまるでない。
コンコン、と扉がノックされたので、ストラは「どうぞ」と促す。
入ってきたのは、パティー先生だった。
「あら、ストラ君。おはよう。寝起きは良い方みたいね。アルクワートさんは……まだ夢の中を散歩中かしら?」
パティー先生は、クスッと笑いながら言った。
「さて、これから新しい学校生活が始まります。まずは七つ目の鐘が鳴る前に、制服に着替えて身だしなみを整えてね。カゴの中に、二人分の制服を入れてあるから」
昨夜は気づかなかったが、部屋の隅に白い布を被ったカゴがポツンと置いてあった。
ストラは布を持ち上げ、中身を確かめる。
「……二つとも、女子生徒用みたいですが?」
赤いリボンにスカート。どう見ても女子用の制服だった。
「あら、ごめんなさい。取り替えるのを忘れていたわ。……でも、ストラ君には似合いそうね」
「はは、ご冗談を」
割と本気な眼を、ストラはさらりとスルーした。
「次に、この寮を出て学校に向かいます。入り口前にクラス分け表が貼ってあるから、それに従って教室に入ってね。それが、この学校での一歩目になります。アルクワートさんにも、伝えておいてくださいね? それから……」
バスケットからサンドイッチを取り出し、ストラに手渡す。
「本当は朝も食堂で食べるんだけど、一年生はまだ使えないの。だから、これで我慢してね。コックが作ったから、昨日より美味しいはずよ?」
パティー先生が言うように、昨日より彩り豊かなサンドイッチだ。
「食べ物の匂いがする……」
スンスンと鼻を鳴らしながら、アルクワートがむくりと起き上がる。
同時に、音も無く軽やかに跳躍し、ストラの掌からあっという間にサンドイッチを奪い去って行った。
まるで狩りをする野生の動物のようだ。
「……苦労しそうね、ストラ君……」
同情しているのか、大きめのサンドイッチをストラに手渡す。
パティー先生は扉を閉め、次の部屋へと向かっていった。
「うー……まだまだ空きっ腹だなぁ」
あっという間に食べ終えたアルクワートは、まだまだ足りないとぼやく。
「半分で良ければ、私のをやろうか?」
ストラは食が細いワケではないが、食べるのが好きというワケでもない。
身体の線が細い原因の一つだ。
差し出されたサンドイッチを見て、アルクワートは花咲くように笑う。
だが、その花は悩ましげな表情を浮かべ、ついにはそっぽを向いてしまった。
「ヘ、ヘンタイからの施しなんて要らないわよ!」
断固として拒否するアルクワート。
ストラは「分かった」と素っ気なく答えた後、遠慮なくサンドイッチを頬張り始める。
七代まで祟ってやると言わんばかりに恨めしそうな視線を無視しながら。
※
制服に着替えた二人は、指示された通りに学校の入り口へ向かう。
掲示板の場所は、人だかりですぐに分かった。
A、B、C、Dという記号が書かれており、その下には生徒の名前がびっしりと並んでいた。
ざっと見て、百人ぐらいは居るようだ。
ストラはDクラス。アルクワートは……同じDクラスだった。
※
『1-D』と書かれた教室に入ると、既にほとんどの席が埋まっていた。
男子用の制服を待っていたせいで、随分と出遅れてしまったようだ。
まるで四角いドーナツのように、何故か真ん中辺りだけポッカリと穴が空いている。
ストラは、ためらうことなく真ん中に座った。
アルクワートは、その後ろに陣取った。
ヘンタイを監視するため、という意味不明な理由で。
「ヨッ、お隣さん」
隣に座っていた男が気さくに話しかけてきた。
オールバック気味の髪と、三白眼(白目部分が多い)が特徴的だ。
「俺はコンパン=ニョーネ。これからヨロシクな」
軽い自己紹介と共に、握手を求める手を差し出してきた。
ストラはためらうことなくそれを握り返す。
「ああ、私はストラ=ティーゴ。共に競い合い、お互いを高め合おうぞ」
「固ッ! 三日間放置したパンよりも固ッ! 同い年だろ? 敬語は止めてくれよ」
コンパンは顔をしかめて言った。
「むっ、スマン。性分でな」
「おいおい、頼むぜ。……で、後ろの君は何て名前なのかな?」
コンパンは自然な流れで、さり気なくアルクワートにも話しかけた。
明らかに格好良い顔を作って。
「えっ、あ、アタシ? アルクワートよ」
「うんうん、アルちゃんね。改めて言うけど、俺はコンパン。どーぞヨロシクね」
差し出された手を、アルクワートは反射的に握り返す。
コンパンはその感触を噛み締めるように、至福の笑みを浮かべていた。
――なるほど、目的はそれか。
自分はダシにされたのだと、ようやく気が付く。しかしストラは、怒るどころか感心していた。
自分には無い、巧みな話術だと。
温もりを充分に味わったコンパンは、怪しまれる前に手を離し、ストラに視線を戻す。
「そういや、お二人とも昨日は顔を見なかったな。いろいろと目立つのに。……もしかして、遅れてきた二人って?」
「ああ、その通りだ。お陰で相部屋にさせられてしまったがな」
相部屋。
禁断の単語が、コンパンを凍り付かせる。
やがてそれはさざ波のように広がっていき、教室中の視線がストラたちに集まっていく。
「バ、バカ! なんでバラしちゃうのよ!? このバカ!!」
「ほんの数時間後にはバレる嘘を、何故付かねばならん?」
「それでも隠すの! 隠さないとダメなの!!」
理不尽だ。ストラはそう思ったが、口には出さなかった。
なぜなら、大声に勝る主張など存在しないのだから。
アルクワートの反応で疑惑は確信に変わり、教室のざわめきは更に強くなっていく。
「ちくしょー! オレも遅れてくれば良かったー!! 何でだ!? 何で俺は、そんな美味しいイベントを逃したんだ……!?」
コンパンは号泣しながら本気で嘆いていた。
周りの男子も、賛同するように机を叩いて悔しがっている。
「ど、どうしたの!? これは何の騒ぎ!?」
騒ぎを聞き付けたパティー先生が、慌てた様子で教室に入ってきた。
「理由は後で聞くとして……と、とにかく静かにしてくださーい! 先生からお話がありまーす!」
声を大にして言うが、教室のざわめきは遥かにそれを上回っていた。
「お願いだから静かにしてーーー!! じゃないと、じゃないと……先生も実力行使に出ますよ!?」
半べそのパティー先生が手を掲げると、手元の空間がぐにゃりと歪んだ。
本能的にヤバイと悟った生徒たちは、一瞬にして静まりかえり、ピシッと姿勢を正す。
「はぁー、良かったー。みんな良い生徒で、先生安心したわ」
力で黙らせる。なるほど、これが学校のやり方か。
魔族らしい指導方法に、ストラは感心する。
「それでは、改めてお話を始めます」
パティー先生は教卓の前に立ち、深々と一礼をする。
「もう皆さんはご存じかも知れませんが、私はパティー=メント。このクラスの担当になりました。これから一年間、どうぞよろしくお願いしますね」
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