こうむてんのはなし
高杢匠
第1話 ようするにクビってことですか?
「それって、ようするにクビってことですか?」
みんなが現場に出払ったタイミングで、打ち合わせブースにあたしを呼び出した所長に言った。
「そうは言ってないだろう?ただ、ウチの事務所も新陳代謝を図る時期で、新たな体制に移行しなきゃいけない時期なんだ。ほら、コロナも落ち着いてきたし、受注が増えるかもしれないしさ。」
「今だったら、本来なら出ないはずの退職金も出すし、なんだったらやめるまでの1か月間休んでもらってから退職ということにしてもいいよ。有給扱いにして、その分のお給料も出すからさ。」
労働基準法まるで無視&至極あたりまえのことを恩着せがましく言う所長の言葉を聞きながら、「考えさせてください」とだけ答えて、あたしは作業中だった中目黒に新築予定の住宅の模型作りに戻った。
カッターの先端をへし折って新たな刃を3㎜のスチレンボードに立てる。
スチレンボードは常に新しい刃を使わないと、紙に挟まれたスチロール部分がたわんで、きれいな切り口にならないし、出来の良し悪しを左右するから、ぜいたくに使う。
模型は、あくまで施主に対する建物のボリューム感を確認してもらうのが目的。
スチロールの表面に紙を貼った「スチレンボード」でつくった真っ白なものだが、図面だけではなく、立体で「自分の家」が立ち上がるのはかなりインパクトがあり、この模型の出来で他社との競合物件が決まってしまうこともあるので、丁寧な仕上がりにする必要がある。
最近は3Dプリンターで製作する事務所もあるそうだが、かかるコストと入力する機器の手間、設備投資を考えると、一般的な設計事務所ではまだまだスチレンボードでの製作が一般的だ。
この模型は、崩したり復旧したりも容易なため、プランの検討に使うことも多く、結構重要な作業ではあるが、苦手な人は多く、得意な者は重宝される。
設計事務所に入ったからと言って、いきなり設計やプレゼンを任されることはなく、数年はこういった模型作りやプレゼンボードの資料づくりを行うことが仕事になる。
最近では、外注でつくるところもあるようだが、設計者がプラン検討のため、直感でこわしたり直したりもすることもあるので、事務所内で作れる者は重宝される。
建築とはまるっきり無縁の4年制大学の文学部卒のあたし。
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