第7章 一緒に暮らそう

「先回りだ。待ち伏せすんだよ」

「分かってるって」

 黙ってろっつーの、と少年は連れの子をにらんで自分も黙り込んだが、ずいと手を動かしたかと思ったら、すぐにその頭ががくっと下がった。

「くっそお! 体半分のってたのに!」

 大騒ぎしながら、おやじからビニールに入れた小赤を二匹ずつ受け取っている。なぜかほっとした。

 少年たちが立ち去った後、引き寄せられるようにプラ舟に近づいた健司は、その場にしゃがみこんだ。

「ちょっと、見せてくれ」

 おやじが言ったとおり、プラ舟の中にほとんど金魚は残っていなかった。二十匹ほどの小赤と黒でめきんが一匹だ。

 小赤たちは比較的元気に見える。だが、でめきんの衰弱ぶりはひどかった。今は斜めに傾いて、沈みかけた状態で動かない。死んでいるのではないかとさっきの少年が思ったのも当然だ。

 金魚すくいの金魚はほとんどが小赤だが、商品の彩り兼“紙破り”役として、少し大きい姉金や黒でめきんなどが数匹交ぜられる。

 赤ばかりの中で少数の黒は目立つ。それが目玉の飛び出した愛嬌のある姿ならなおさらだ。さらに小赤に比べるとでめきんは泳ぎが遅いので、ひょっとするとと期待する大人から単に面白がって大物を捕まえようとする子どもまで、手を伸ばす客が多い。つまり、その分追われ役を一手に引き受けることになる。

 かわいそうに。ずっと追いかけ回されて疲れたろうな。

 いたたまれない思いで見つめていると、でめきんが奥の方に流され始めた。途中少し顔を持ち上げて水面近くに目玉を出した、と思ったらまたすぐに沈んでしまった。

“その子を助けてあげて”

 再び声が聞こえた。

“健ちゃんも元気になって”

「あのさ」

 顔を上げると、おやじが煙草を地面に落とし、踏み消すのが見えた。

「やんねえならどいてくんねえかな」

「あの、やります!」

 健司の背後で美春が叫んだ。

「お金、払います」

 同意の印にうなずいておいて、もう一度でめきんに目を移すと健司は呼びかけた。

「おい」

 でめきんが浮かび上がってきた。よろよろと健司の方に目玉を向ける。

「俺のうちに来るか?」

 反応はない。見ていたら、とぷんと頭が沈んだ。

「よう、大丈夫かよ? この人」

 おやじがひそひそ声で言うのが聞こえた。美春に言っているらしい。

「えっと、ちょっと変だけど」

 危険人物じゃあないです、と美春が答えている間、健司はポケットから硬貨を取り出した。おやじは薄気味悪そうな顔で金を受け取ると、体をねじって背後からポイを一本取り健司に寄越した。紙の張り具合を確認する。

「これ、5号だな」

 健司の指摘に、おやじが“文句あんのか”と“あんた何もんだ?”を掛け合わせたような顔をした。

「7号があるなら、替えてくれ」

 とたんに鼻で笑われた。

「サービスのつもりだったのによ。あんた、分かってて言ってんのか?」

「もちろんだ」

 こっちにはハンデが必要なのだから。

「彼女、相当弱ってる。5号ですくっても真剣勝負したことにならない」

『え、これメスなの?』

 おやじと美春が同時に声を上げた。

「たぶんな」

 直感だが。後で調べれば分かることだし、雌雄の別などどうでもいい。

 おやじは完全にこちらを変人だと思ったようだ。今度は面白そうな様子で7号を寄越してきた。当然だろう。弱りきった大物の金魚を、飼う前提で、しかもわざわざ一番破れやすいポイで取ろうなんて“金魚すくいの非常識・オンパレード”に違いない。

 健司は尻をついて座ると、手近の椀を左手に取り、ポイを水に漬けて湿らせた。

 さっきの声はきっと“彼”だ。

 ありがとう、でめ太。

 でめきんの頭近くにポイを寄せて静止し、念じながらじっと待つ。

“おいで。一緒に暮らそう”

 どのくらいそうしていただろうか。でめきんがゆらりと両の胸びれを動かした。そのまま流れるように寄って来た頭の手前に、さっとポイを差し入れる。

 すくい上げ、紙に穴があくのとほぼ同時に、椀が金魚の体を受け止めた。

 その瞬間、上空で巨大な何かが弾け散った。鮮やかな光のシャワーに続いて、衝撃音が腹を打つ。

 誰かが叫んだ。

「か~ぎや~!」

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