第4回 模写してみる

 さて、ここまで色々と書いてきましたが、小説の書き方うんぬんについての核心はまだ突いていなかった様に思います。「何言ってんだこいつ」と思いながら三話まで読んで下さった方も多いでしょう。なのでここで一つ、とんでもないことを書きます。


 題して、小説の書き方は他の本から盗め!


 ……今度こそ、何言ってんだこのトンチンカンはと思いましたね? それで大丈夫です。実際トンチンカンです。この作品は基本的にトンチンカンの戯言だと思って読んでください。わかってるかも知れませんが。


実はこれ、小説の書き方を学ぶ上で一番手っ取り早い方法なんです。文章力と小説の書き方は厳密に言えば別ですが、意外と文章力の向上にも繋がります。整った文がどんなものか分かりますからね。


ざっくりと概要を説明すると、頭の中の物語を小説へと表現する方法を他の作品から学ぼうということです。こうして書いてみると、案外普通の事の様に思えるのではないでしょうか。


 作品のクオリティによりけりですが、基本的に書籍は何百ページもの「プロの文章」と「プロの書き方」を千円かからずに手に入れられる超お得な教科書です。好きな作品、文章が優れていると思う作品を選りすぐって、何ページか書き写してみて下さい。どういう感じで小説を書けばいいか一発で分かります。最初はライトノベル、次に文学といった具合に、文の柔らかさ順に書いていくとやりやすいです。


 あとはその書き方に沿って、一度書きたい話を全部その書き方っぽく書いてみて下さい。次に「ここは自分ならこう書くかな」と思ったところを手直ししたりアレンジしたりして下さい。そうしてアレンジを加え終わって完成した作品は、読み直してみると意外と自分の書きたいようになっています。


 こう言ったことを聞くと「人の文章と同じ様に書くとオリジナリティが……」と抵抗を感じてしまう人も多いかと思います。しかしオリジナリティを体現する為にはまず、決まった書き方ができる様になることが肝心なのです。内容を盗むんじゃなくて書き方を盗むんですよ、そこは間違えないでくださいね。


 守破離しゅはりという言葉をご存じでしょうか。茶道や武道における作法や型の習得、ひいては物事の学習過程に関する言葉です。具体的に解説しますと、


・守…物事の一番初めのところ。伝統的な型や作法を決まった形式通りにできるようになるまで練習する。いわゆる基礎の部分。

・破…形式通りにできるようになれば、次に形式の中に自分なりのアレンジを加えて手直ししていく。ここが一番長い。

・離…自分なりの形式、要はオリジナリティのあるものを完成させ、一人前。


という感じです。つまり第1回で書いたように、基礎ができていなければオリジナリティはいくらあっても体現されないのです。個性は誰にでもあると思います。しかしその個性を「個性的」にまで磨き上げるためには、やはり小説の書き方が身についているのが前提なのです。


 先に言った「小説の模写」は「守」にあたり、模写へのアレンジは「破」にあたります。そしてアレンジを加えて、誰のものでもない自分だけの色の作品が出来て初めてオリジナリティのあるものが書ける人間、つまり「離」の段に入るのです。


 決められた型を破るのを型破りと言います。所謂個性的なものですね。しかし型破りが作品として完成するのはあくまでも「型をきちんとこなせる人」がした場合のみで、形式通りにできない、つまり基礎のできていない人がすればそれは「形無かたなし」になってします。非常に格好が悪いです。


 初めのうちは目立ちたくて、ついつい形式から外れたがってしまうものですが、それはとても危険です。下手をするとずっと基礎ができないまま……なんてことも有り得ます。


基礎ができないと書けるジャンルやパターンも限られてしまい、何だか同じ様な文と展開ばかりが続いてしまいます。自由度が極端に狭められてしまうので、次第に創作活動も愉しくなくなります。折角の趣味でそうなってしまうのは何とも勿体ないです。


 しかし文章力や書き方と言うものは独学だけで身に着けようとすると、途方もない時間がかかります。何しろ膨大な数の単語や技法があるのですから、たった一人で適切なものを逐一選んでいくとなると死ぬほど面倒臭いです。そこで先人の力を(勝手に)借ります。ハウツー系でこんなことを書くのは気が引けますが、それが早道です。


適切な書き方が分からずうんうん唸って悩んでいると、それだけで貴重な時間を浪費してしまいます。既に適切な書き方なんて幾らでも先に出ているんですから、さっさと参考にしてしまって後で好きなようにいじった方が、時間的にもメンタル的にも楽だったりします。


これを読んでいる皆さんが普段何気なく読んでいる小説は、見方を変えればこれ以上ない教本です。模写をせずとも恐らくは、幾つか影響を受けたことのある書き方がそこかしこにあると思います。どうかその「影響」を大切にしてください。今まで読んだ本もこれから読む本も、全てあなたの糧になります。


さて、少々脱線しましたが、気を取り直して守破離の説明を続けようと思います。


この回の主題である「小説の模写」は、守破離でいえば「守」です。先人の書いた小説のとおりに書いてみて、基本的な書き方を探るのが狙いです。


絵でもたまに模写を嫌がる人がいますが、模写は決して悪いものばかりではありません。と言うか模写を一度もしたことのない人なんていないと思います。


まず、絵でいうと構図や光の当て方などにあたる「魅せ方」は模写が一番分かりやすいです。小説でいうと雰囲気の出し方や倒置した表現ですね(※次回詳しく解説します)。


次に模写することで、元になるものを書いた人の技術をある程度吸収できます。わざわざ講座を受けなくてもこれだけで技術が習得できます。


最後に、技術を習得すると書くことが楽しくなります。技術を吸収して上達してくると書くことが本当に楽しくなります。そしてその楽しさがさらに上達する為のモチベーションへと繋がるのです。


しかし模写も完璧な手段というわけではありません。漫画やイラストを描いたことのある方なら分かると思いますが、好きな絵だけ模写していると模写しているものしか描けなくなるんです。キャラ絵ばかり描いている人に「背景描いて」と言えば当然描けません。これは小説でも同じです。


なのでどんなパートも満遍なく書けるよう、一定水準の文章力が付いている必要があります。これが無いと模写の次にあるアレンジの段でもつまずきます。前回挙げた英語で思考することや第二回の文章の書き方などがそれに当たりますね。後に紹介する方法も文章力を付けるのに良いかと思います。


つまり基礎の書き方を学びとり、それをゆっくりと自分の作品へ昇華させるのです。やり方は違えど、実力で成功した人は必ずこの手順を踏んでいると思います。いくら才能があってもまともな文が書けなければ非才と大差ないですからね。


 抵抗うんぬんのあたりにまで話を戻しましょう。結論を言えば実のところ、抵抗を感じる必要は皆無です。


 内容を丸ごと写せば著作権の侵害となりますが、書き方を真似るだけなら誰もあなたを咎めません。そもそも書き方が被るのが駄目なら小説がここまで世に出回ることなどなかったでしょう。私も今頃檻の中です。


 この「小説の模写」を何度か繰り返すと、普段読書をしている時にもピンときた書き方が頭に残る様になります。「この書き方面白いなぁ。私の作品にも取り入れてやろう」という貪欲な姿勢が、やがて肥沃な作品を生みます。


 セリフの書き方が分からない人は、小説よりも戯曲を模写してみると良いでしょう。気の利いたセリフがどんなものかが分かりますし、感情を言葉で表現している為小説にはもってこいです。短いセリフは漫画を参考にするのがおすすめです。


 それでもやっぱり抵抗がある……という人は、まずは特定のシーンの書き方だけでも参考にしてみると良いです。戦闘シーンでもキスシーンでも食事シーンでも構いません。描写が難しいなと思ったシーンがあれば、遠慮なく他の作品を頼って下さい。


 どの道書いていると星の数ほどある小説のうちのどれかとは必ず被るんです。よほど尖った表現を参考にでもしない限り読者側も読んでて分からないので気兼ねなく参考にしましょう。


シェヘラザードよろしく毎晩毎晩面白い話をポンポン小分けにして出してこれるなら話は別ですが、作品を本当に面白くしたいなら、自分の考えだけを頼りにするのはいささかナンセンスで非効率的です。


真似をしながらプロの作品をしっかりと「見て」「考えて」「学ぶ」ことが肝要です。ただ写すだけでは効果は薄いので注意してください。


何度も言いますが丸写しのままはマズいので、内容自体は自分のもので書いて下さい。面影が残る程度になるまで自分の言葉でいじって全体が整っていれば御の字です。


 模写の他にも、声に出しながら書くという手があります。「書こう」と考えると変に力んでしまい、不自然な言葉や長い一文が続くことがあります。しかし小声でいいのでストーリーを話しながら、それを書いてみて下さい。


 第二回で書いた様に不自然なものは読みにくいので、最初に口に出しながら書くとそう言った読みにくい言葉は自然と削れていきます。話す言葉は基本的に無理をしていない等身大のものなので、変に繕ったものも減ります。そして書き終わったあとに、そのシーンに相応しい表現になるよう手直しするのです。


 ここで書いた、等身大の言葉で書いたものを手直しする……というのも、文章力を上げる一つの手だと私は考えています。何も難しい言葉を並べるばかりが文章力ではありません。誰が読んでも分かるような文を書けることが文章力です。そしてこの「誰が読んでも分かるもの」というのは、小説や口語は大抵当てはまるのではないでしょうか。


 ここで大事なことを一つ言いますが、使う言葉からは基本的に若者言葉や一過性の流行語は除いて下さい。何年かして読む人がいると確実に混乱します。「マジ」や「ヤバい」くらい定着した言葉なら大丈夫かとは思いますが、やはり地の文で使うのは若干不適切な感じがするのでセリフに使う程度で留めましょう。


 しかし小説である以上、先の二つもあまり使うことはおすすめしません。特に「ヤバい」はかなり抽象的な言葉なので、読んでいる側からすると「だからそのヤバいが何なのか知りたいんだよ!」となるわけです。


 例えば「辺り一面に赤い花が咲いていてヤバかった」という文があったとします。その「ヤバい」がどういう意味で使われたのか全く分かりません。美しかった、おびただしい血の様だった、心を動かされた……などなど表現する言葉は幾らでもあります。文で状況を説明する以上、抽象的な言葉はやはり避けるべきですね。そこをどう表現するかに「個性」の欠片は出てくるんじゃないかと私は思います。



 さて、随分とぶっ飛んだことを言いましたが、次からは今回くどい程言ってきた、そこに加える「アレンジ」について詳しく解説しようと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る