議題その3《バーチャルユーチューバー》
★登場人物
大嶽 刹子(おおたけ せつこ)
鬼族の女子 日本妖かしの現状に強い危機感を持っている。
芸人のネタ動画が好き。
鞍馬 次郎坊 (くらま じろうぼう)
烏天狗族の女子 刹子とは幼馴染 ボーイッシュなツッコミ役で胸が大きい。
通称ジロウ
歌ってみたやアイドルの動画が好き。
九頭竜アメ
竜族の女子。見た目は幼女だが、凄まじい神通力を持つ神童。
知らない郷土料理の動画が好き。
ヴァナディース
エルフ族の女子。美人転校生。
アニメ・ゲーム系のネタ動画が好き。
★本編
日本に押し寄せる西洋ファンタジーの潮流!
次世代を担う日本の妖かしたちは、危機感をもっていた!
ここは日本の何処かにある妖かしたちが通う学校。
将来を憂う若い妖かしたちが、日本の怪異の地位向上を目指し日夜、活発な議論を繰り広げていた。
「遅れてごめんなさい」
最後に空き教室に入ってきた刹子は大きなダンボール箱を抱えていた。
「なんだそのでかい箱は?」
授業中は見かけなかったその箱にジロウが首をかしげる。
「ちょっとした荷物よ。気にしないで」
刹子は運んできたダンボール箱を、教室後方の机の上に置く。中身をごそごそを弄ってから、もう一度蓋を閉めると、位置を微妙に調節した。
「さあ、今日の会議を始めるわよ」
三人の箱への問いかけるようなような視線を躱した刹子は黒板の前に立ち、チョークを握る。
「新たなメンバーも加わった記念すべき第三回の議題はこれ!」
刹子の手がリズミカルに踊り、長いカタカナの単語を黒板に書き出す。
「「「バーチャルユーチューバー?」」」
「ってなに?」
重なった三人の声から、アメだけが飛び出す。
「ユーチューバは知ってるわね」
「うん、知ってる。色々と食い散らかして炎上してお金を稼ぐ動画の人だよね」
「偏った印象だけれど……まあ、だいたい正解よ」
「むふー」
アメは得意気に背筋を伸ばし、小さな鼻を鳴らしながら肩を揺する。
「その人間の部分をCGのキャラクターに置き換えたものがバーチャルユーチューバーよ」
「えっ? でもCGはご飯たべられないけど??」
「それができるの」
「た、大変! CGキャラがご飯を食べたら、世界中のご飯がなくなっちゃう! 早くバーチャルユーチューバーを倒さないと!」
よくわからない義憤に燃え、アメが椅子をガタッと倒して立ち上がる。
「その心配はないわ。バーチャルユーチューバーには中の人がいるから」
「中の人?」
「バーチャルなんて御大層な枕詞がついてるけど、所詮はキグルミと一緒、演じている人物がいるの。モーションキャプチャーを使って、CGキャラクターに動きを反映させているだけよ」
「ハイテクだ。昔は人形に糸とか棒をつけて動かしてたのに」
人形浄瑠璃の頃にまで遡って驚くアメに、刹子は「そうね」と言葉を続ける。
「人間の技術の進歩は早いわ。少し前は何十台もカメラを設置して、さらに大型コンピュータが必要な技術だったけれど、今は安価に必要なハードとソフトが揃えられるようになったの」
「ゲームとか凄いですよね。アサシンクリードとか――」
ヴァナディースが具体的なタイトルを指折り数えていた。
「バーチャルユーチューバーの種類も様々、低予算の個人から、企業ぐるみのプロジェクトまで玉石混合よ。去年から流行り始めて、今年は爆発的に増えるわね。だから今のうちに唾つけとくのよ」
恥ずかしげもなく言う刹子に、ジロウが眉をひそめる。
「三回目にして奇をてらいすぎじゃないか。せっかくエルフのヴァナちゃんが委員会に入ってくれたんだから、西洋ファンタジーの話をさ」
「えっと、わたしは別にかまわないですよ。バーチャルユーチューバー好きですから」
ジロウの言葉にヴァナディースは困ったような笑みを浮かべていた。
「ほら、ヴァナの方が分かってるじゃない。今が旬の話題に乗らないでどうするの。今年の裏テーマは流行に敏感になるよ」
「お前の裏テーマを委員会に持ち込むな! 流行なんてあっという間に廃れてくかもしれないだろ、もっと堅実な議題にした方がいいんじゃないか」
「堅実になんて言って世間から目をそらして、流行に鈍い言い訳にしてはダメよ。なんでもチャレンジする精神が必要なの。ダメならダメでまた考える! ブラックマンデーなみに市場が崩壊してからじゃ遅いの!」
刹子に叩かれた黒板から、チョークの粉が落ちる。
その勢いにジロウも思わず頷いてしまう。
「そこまで言うなら……、それで具体的には何をどうするんだ?」
「当然、バーチャルユーチューバーになるのよ」
「ええ……」
ジロウが心底嫌そうに背中の羽をちぢこめる。
「鬼、烏天狗、竜、エルフと幸運なことに見た目だけなら、わたしたちもすでにバーチャルユーチューバーの資格を有しているわ。ちょちょいと映像に手を加えればすぐにネット動画の大海に繰り出せる。目指せ再生数100万回、そしてチャンネル登録者数10万人よ」
「自分たちの動画をアップするのかよ、そういうの恥ずかしいって。バーチャルユーチューバーなんて、人間に勝手にやらせとけって」
高身長、凛々しい顔立ち、艶のある漆黒の翼、そして巨乳と目立つ容姿をしているけれど、他人に見られることが苦手なジロウがあからさまに渋る。
「何を悠長なことを言ってるの! 今はまだアイドル型のバーチャルユーチューバーが主流だけれど、いずれはファンタジーの流れが来る。エルフ、ヴァンパイア、オーク、ゾンビなどなどネタにできそうな西洋モンスターはたくさんいるし、すでにたくさんの3 D モデルが存在しているわ。このまま座視していては、バーチャルユーチューバー界が西洋モンスター娘に席巻される可能性が高い! 日本妖かしの存在感を、狐娘のおじさんにばかり頼ってはいられないわ!」
断言した刹子は、黒板にチョークを走らせる。
「『バーチャルユーチューバー』=『日本妖かしの見た目』という印象を作りあげるのよ!」
「おー壮大!」
「素晴らしいチャレンジです!」
アメとヴァナディースがぱちぱちと手を叩くが、ジロウは懐疑的に首をかしげる。
「簡単な話じゃないよな」
「勝算はあるわ。妖かしという時点ですでにキャラクター性を持っているもの。それにバーチャルユーチューバーが世間にウケた背景には、日本的な問題がつきまとっているのよ」
「いきなり規模のでかい話になったな」
「日本は褒める文化があまりないから、生身の人間が成功すると嫉妬の対象にされやすい。そこにキャラクターを挟むことで、大きく軽減されるの。誰もドラ●もん、ピ●チュウ、ミッ●ーそのものに嫉妬抱いたりしないでしょ?」
「確かにそうだな。日本だと出る杭は打たれるもんだけど、その杭がものすごく可愛かったら叩いてるほうが悪者だもんな」
「誰も悪者にはなりたくないものね。その心の隙間にバーチャルユーチューバーはつけ込むのよ!」
「世界的キャラクターやバーチャルユーチューバーを詐欺師みたいに言うな!」
刹子のいい方には引っかかりを覚えつつも、ジロウも納得したようだ。
「可愛いは正義ですね!」
「ユーチューバーは正義の味方、ワタシやる!」
パンと手を合わせるヴァナディースと拳を握って闘志を燃やすアメ、二人ともやる気になっている。
「 大企業がバックについているわけでも、技術があるわけでもない私たちが、いきなりバーチャルユーチューバーを始めても、宝くじに当たるほどに運が良くなければヒットなんて飛ばせないわ。人気が出るためにできることを考えましょう」
そう言って刹子は教室の後ろに置いたダンボール箱をチラ見してから、ヴァナディースを指差す。
「ヴァナ、さっきユーチューバーが好きって言ってたわね。普段から結構見たりするの?」
「はい、一応四天王って呼ばれてる方々の動画は全部見てます」
「何がそんなに好きなの? ぱっと思いつくバーチャルユーチューバーの特徴って何かしら」
「うーん、そうですね。まずは『可愛い見た目』とか、あとはやっぱり『声』でしょうか」
書記としてチョークを握ったジロウが箇条書きにしていく。
「アメは何かない? ユーチューバー的な人気コンテンツって」
「人気といえば『グルメ』! やっぱり食べ物は最強!」
「グルメは食べるだけじゃなく、作ってみた系も人気があるわね」
「それだったら、歌ってみたとか踊ってみたとかも人気があるな」
刹子とアメに続いて、ジロウが自分の意見も書き加える。
「後はそうね、ベタだけど『ゲーム実況』はどんな動画ジャンルでも安定して人気があるわ」
「はいはい、わたしゲーム実況大好きです! 喜んだり、キレたり、怖がったり、リアクションが面白いですよね」
ヴァナディースがテンション高く手を振り上げると、ジロウも羽尾をピクリと動かす。
「あたしもそれなら見たことある。敵キャラに暴言吐くやつとかSNSでバズってたりしてるよな」
「暴言と言えば内面的な話ね。『毒気』とか『闇』を持ってるほうが話題になったり、親しみやすかったりするわね」
「親しみやすさといえば『挨拶』とか『決め台詞』みたいのがあるといいですよね」
ヴァナディースの発言を合わせて、黒板にはいくつものアイディアが並んでいく。
全員で15個ほど出したところで、会話が動かなくなる。
「後はう~ん」
「あんまり浮かばないですね」
アメとヴァナディースが同じ格好で顎に手を当てる。
「まあこんなところじゃないか。特徴なんだから無理やり絞り出してもしょうがないだろ」
ジロウも浮かばないとチョークを黒板から離す。
「そうそうね、最初は重要な『声』から考えていきましょう」
「地声じゃダメなのか?」
「ダメじゃないけど、人気になる声があるはずよ。同じ人間でも意識的に高くしたり、低くしたりでいい感じになるかもしれないもの」
「でっかくわかりますっ! 普通の声だけじゃなくて、咄嗟に出るだみ声とか変声って可愛かったりしますよね~」
何か思い出してるのかヴァナディースが手を組みうっとりする。
「調べてきた私より詳しそうね」
「はい! わたし、声優さん大好きですから! そうです、例えば喋り方とか声質を声優さんに近づけるなんてどうでしょうか? 声が似てるとそれだけで話題になりますよ!」
自分のアイディアに、ヴァナディース自身が興奮して声が大きくなる。
「ああ、それならあたしも知ってる。FPS が上手いユーチューバーだよな」
対戦ゲーム好きなジロウが声を上げる。
「声優の声マネね。いい視点だわ。でも、自分の声ってわからないものだから、お互いに印象を言いあいましょうか」
「やりましょう!」
刹子の提案にヴァナディースが机をひっくり返さんばかりの勢いで全力同意した。
「トップバッターはジロウね。ちょっと喋ってみて」
「あたしかよ……って、こうやって真剣に聞かれてると、は、恥ずかしいな……」
顔を赤らめたジロウの声がみるみる小さくなってしまう。
「ジロウはそうですね……喜多村英梨さんとかどうでしょうか! 凛々しい役の時の雰囲気があります!」
「そうかしら、ジロウはもっとポンコツ味がないとダメね」
ヴァナディースの評価に、刹子が即座に反応する。
「例えば伊藤静さんが演じるクール系天然キャラみたいな感じよ」
「ええ、そうですか? 刹子は近すぎて、ジロウの良いところが見えづらくなってるんじゃないですか?」
譲らないヴァナディースに、刹子の太めの眉がピクリと動く。
「子供の頃からジロウはね、運動会で毎年リレーのアンカーを任せられるような女の子だけど、全力で走って途中でバトンを持ってないことに気づいて慌てて戻って、それでも1位になっちゃうようなド天然なのよ」
「ば、ばらすなよ! 小学校の頃に3回だけだろ!」
「隔年でやってるじゃない」
刹子の言葉に、これ以上は不利だとジロウは赤くなった顔を伏せる。
「そういうとこは可愛いと思いますけど、声の質感の話なら譲れません」
「これだからオタクは、幼なじみの私が言ってるのに」
やれやれと肩をすくめる刹子と、前のめりになったヴァナディースの視線がぶつかる。 どちらも一歩も引かず、瞬きひとつしない。
「アメさんはどっちだと思いますか?」
「正直に言っていいのよ」
このままでは埒が明かないと、二人が詰め寄る。
「喜多村英梨さんですよね」
「伊藤静さんよ」
「え、え、うーん……ジロウの声は……えっと……」
困ったアメは助けを求めるようにジロウを見る。
「あたしにはよくわからないけど、結局演じたキャラクターの違いなんじゃないか? 本筋から離れてるだろ」
「好みの問題は重要よ」
「そうです、ジロウも真剣になってください!」
意気投合した二人に責められたジロウは好きに言い合ってくれと、指先でチョークをもてあそぶ。
「どっちにしろ、あたしは声の演技なんて絶対にやらないからな」
「そうね、大根なジロウに演技を期待しても無意味な話ね。喋ってればポンコツ感は勝手に伝わるだろうし」
「なんか釈然としないな……」
言ってるそばから、ジロウの手からチョークが落ちてしまい、それを慌てて空中でキャッチした。
「……そ、そうだ、わたしの声はどうですか?」
ヴァナディースは気まずそうに話題を変える。
「金髪英語キャラと言えば東山奈央さんで決まりね。うわずる感じとか似てるんじゃない」
「本当ですか! やったー! きんモザ大好きなんです!」
嬉しがるヴァナディースを横目に、ジロウがじとーっと責めるように刹子を見る。
「決め方雑すぎるだろ」
「本人が喜んでるからいいんじゃない」
刹子はおざなりに言ってさっさとアメに視線を向ける。
「アメの声は特徴的よね。ちょっと私には思いつかないわ」
「わたし心当りがあります! 断然、上田麗奈さんです! ほわほわっとした演技の時の感じが似てます!」
ヴァナディースの激しい推しに、アメは困惑したように目を細める。
「千葉繁がよかった……」
「え、で、でも上田麗奈さん可愛いですよ」
残念そうなアメに、なんでだろうとヴァナディースは首をかしげる。
「渋さとコミカルさが絶妙に混ざり合ったあの声になりたい……」
「なるほど。幼女な見た目に千葉繁ボイス……有りね! 上手くはまれば大人気になれる可能性を感じるわ。やるわね、アメ」
「んふ~♪」
刹子が手強い対戦相手を前にしたボクサーのように目を光らせる。
「いや、裏声とかいうレベルじゃないだろ」
「可能性の話は無駄じゃないわ」
「……とりあえず、最後に節子の声だな。うーん、誰っぽいかな? 可愛い系じゃないし……かといって、かっこいい系ってわけでも……」
「あっ! もしかして」
あーでもないこうでもないとジロウがうなっていると、何かに気づいたヴァナディースが目を見開く。
「刹子、ちょっと低めに声を出してみて下さい」
「あーあー……んんっ、こ、こう? 低くなってる?」
「あとほんの少しだけできませんか?」
「これぐらいが限界」
親指と人差し指で喉を押さえた刹子は、少し恥ずかしそうにしながら声を変える。
「そうです! そのまま『ダーリン好きだっちゃ』って言ってください」
「だ、ダーリン、好きだっちゃ?」
「はぅぅううう、最高です! 電撃で撃たれたみたいに、脳が痺れちゃいます!」
ヴァナディースは自分を抱きしめ、恍惚とした表情で身を震わせる。
「いや、それも鬼娘だけどさ……」
苦笑するジロウ。
「え、どういうこと? ちょっとわからないわ」
意味がわからない刹子の頭の上にははてなマークがいくつも浮かんでいる。
「……クラマで天狗」
別のことに気づいたアメの視線に、ジロウがシーッと人差し指で口元を押さえる。
「私の勉強不足ね。これ以上は出てきそうもないし次は性格面のことを考えましょう。キーワードは『毒』と『闇』ね」
「刹子が一番得意な分野だな」
「当然よ、人間の『闇』から生まれた妖かしだもの」
誇らしそうに胸を張りセーラー服を押し上げた刹子は、どうだと黒髪を払った。
「ワタシも毒は得意!」
「へー、崇め奉られる龍神なのに意外だな」
「確かに、アメみたいな可愛い系がきつい毒を吐いたりするのは王道感があるわね。試しにやってみて」
「おっけー。す~~……ぶはーーー!」
小さな胸に息を溜め込んだアメは、口から最大出力の加湿器みたいに紫色の煙を吐き出した。
「ええええっ?!」
驚く3人の前で、紫色の煙は瞬く間に机を包み込むと、天板から脚の部分まで溶かしてしまった。
「……ある意味アリね」
「いや、なしだろ!」
刹子のグッ!と立てた親指を、ジロウが即座に押さえつける。
「大丈夫です、ここはわたしに任せて下さい」
立ち上がったヴァナディースが、溶けてぐじゅぐじゅと泡立つ机の残骸にスッと手をかざす。
「清浄なる水よ、毒を取り除きたまえ!」
力ある言葉と共にヴァナディースの指先からキラキラとした雫がこぼれ、それに触れた残骸から泡立ちが消え色も元に戻った。
「おー、毒が浄化された。ヴァナちゃんすごいね!」
「回復魔法は得意なんです。アメが毒を吐いてもわたしが治すので安心して下さい」
「いやいや、そういうマッチポンプな問題じゃないから! そもそも備品を壊すな!」
突っ込まれた二人が不思議そうな顔をしている間に、ジロウは残骸を箒とちりとりで集めてゴミ箱に片付けた。
「『好かれる毒』の基本は『自虐』要素を含むことね」
仕切り直した刹子が何事もなかったかのように話を進行する。
「クリスマスに独りぼっちを弄るなら、自分も独りぼっちじゃないとみたいなことですね!」
ヴァナディースの実感のこもった言葉に、刹子がまさしくと頷く。
「さらに、そういう風にネットで呟いておいて、実は恋人と予定があるまでワンセットにすれば『闇』になるわ。自分のキャラクターにあった『毒』を吐いてみましょう」
刹子の言葉に名誉挽回とばかりにアメが真っ先に手を挙げる。
「何か思いついたようね、一発目頼むわよ」
信頼に応えるように眼と眼を合わせたアメが、息を吸い込む。
「深夜アニメみながら度数の高い缶チューハイで酔っ払って寝てるんじゃない、このウワバミが!……とか?」
「素晴らしいわ。毒だけじゃなくて、現代社会の闇を抉っているのも好感度が高いわ。一発合格よ」
「むふー♪」
「合格って、芸人のオーディションか?」
「そういうジロウは何かないの?」
話を振られたジロウは困って視線をさまよわせる。ツッコミとは違い、他人をけなすような言葉がすぐに思いつかなかった。
「あー、えっと、そうだな……。相手を田舎者って馬鹿にするとか? あたしんち、山の中だからさ」
「全然ダメね。インパクトは弱いし、視聴者にわかりづらいし、何より保険をかけて説明したのが駄目」
「し、しかたねえだろ……いきなり言われても……」
終わりに近づくに連れ、ジロウの声は恥ずかしさで消え去りそうなほど小さくなっていった。
「エルフはどうなの、ヴァナ。プライドが高いってことは毒は吐いても、自虐とかしなさそうだけど」
「エルフの自虐は別の意味で酷いですよ。例えばですね、『綺麗な髪ね、わたしなんて普通だから羨ましいわ』とか言われたとします。これ『変な髪の色、エルフ以外の血が混じってるんじゃない』って意味ですからね」
「エルフこええ……」
憤るヴァナディースの言葉に、ジロウが若干引いていた。
「言葉の裏に短刀を忍ばせてるなんて、まるで京都人ね」
「えっ、京都の人ってエルフみたいに意地悪なんですか?!」
鼻息の荒い刹子の暴言に、ヴァナディースが目を丸くして驚く。
「鬼も恐れる極悪な人々が住んでいるのよ」
「そんな……素晴らしいゲームやアニメを生み出している土地だから、穏やかで楽しい人たちが住んでいるんだと思っていました……」
過剰なまでに期待していたヴァナディースはがっくりと肩を落とす。
「いやいや、そんなことないから大丈夫だ。刹子の勝手な私怨だから、ヴァナは気にしないでいいよ」
「はあ……」
「とにかく、い組の鈴鹿って言う性悪女には気をつけなさい」
「は、はい」
刹子に睨まれて念を押されたヴァナディースは、壊れた玩具のようにガクガクと首を縦に振る。
「個人攻撃は炎上のもとだぞ」
「炎上なんて上等よ。煽ってくるバカのアドレスを開示請求して、最終的には法廷で決着をつけてやるわ」
「ワタシも加勢するよ!」
気炎を上げる刹子にアメも小さな炎の息を吐く。
「いざとなったら頼むわ、アメ」
「はいはい、この話はもう終わり! 『毒』も『闇』も十分だ!」
ジロウはパンパンと手を叩いて、無理やり話を打ち切った。
「なら次は親しみやすさね」
「普通、そっちが先じゃないか?」
「妖かしとしての矜持よ。まずは相手をビビらせないと」
刹子の言葉にアメがうんうんと深く頷くけれど、ヴァナディースにはその感覚はよくわからないようだった。
「えっと、親しみやすさなら『挨拶』とか『決め台詞』ですね。声優ラジオとか聞いてるとそういうのがあります」
「本人がクソつまんなくても、一発ネタで売れることなんてよくあるわね」
「また一言多いな。その一発ネタだって、出せって言われると難しいもんだろ。印象に残って、親しまれなくちゃいけないってなると、相当ハードルが高いしな」
ジロウが頭を捻ると、ヴァナディースがあれですねと会話を継ぐ。
「おはこんばんにちは、とかありますよね。日本語を学び始めた時は、なに言ってるのかまったく全然聞き取れませんでした」
「覚えやすさや語感のよさは重要ね」
「はい、いいのがある!」
早速アメが自信満々に手を挙げる。
「さすが委員会の特攻隊長ね、アメ。教えてちょうだい」
刹子に促されたアメは机の天板に立つと、ビシッとポーズをとる。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、妖かしが呼ぶ! 西洋ファンタジーを倒せと、ワタシたちを呼ぶ! 聞け、モンスターども! ワタシたちは日本妖かし地位向上委員会! トゥッ!」
机から宙返りで飛び降りたアメは、見事床に着地しババーンとポーズをとる。
「長過ぎるだろ!」
ジロウのツッコミは短かった。
「ダメ?」
わけがわからないとアメは刹子に問いかける。
「勢いがあって口に出すと気持ちよさそうだけど、内容が重くて使い所が少ないわね」
「そっかー、残念」
納得したアメは椅子にちょこんと座り直す。
「こんにちワンタンメンとかどうでしょうか!」
「と、唐突ね、ヴァナ」
威勢のいい声に驚いた刹子が何事だとヴァナディースを見る。
「昨日、生まれて初めてワンタン麺を食べて、でっかく美味しかったのでギャグにしてみました!」
どうだと言わんばかりのヴァナディースのどや顔に一瞬時が止まる。
「そのセンスは嫌いじゃないけど、日本ではオヤジギャグは諸刃の剣よ。口に出した次の瞬間には飽きられてしまうもの」
「そうですか……」
一転して残念そうな顔になったヴァナディースに、ジロウが慌ててフォローを入れる。
「エルフ語の挨拶を取り入れてみるのはどうだ?」
「いい考えね。当たり前の意見でも、外国人って枕詞をつけるとテレビ番組に出来たりバズ
ったりするもの」
「例えば日本語の『こんにちは』なら、『マエ ゴヴァンネン』、もしくは『ギ スイロン』でしょうか」
「私の感覚だと語感がよくないわね。もっと流れるような感じのはない?」
「そうですね……、格好つけた表現ですけど『エレン シーラ ルーメン オメンティエルヴォ 』というのがあります」
「かっこいい! 必殺技みたい!」
目を輝かせて食いつくアメに、ヴァナディースも嬉しそうだ。
「意味は『わたしたちが出会う時、一つの星が輝く』です」
「世界の命運をかけた大冒険が始まりそうだな」
「音の感じはいいけど、長すぎて挨拶だと気づかれない可能性があるわね」
刹子の言葉にヴァナディースも、そうですねとうなずく。
「あとエルフとしてはすごく古い感じがします。おばあちゃんの、そのまたおばあちゃんが喋ってるみたいな感じです。いま話してる言葉とは発音とかも微妙に違うんです」
「あたしらからすると平安時代の言葉みたいな感じか」
古文に強いジロウが興味深そうに言った。
「ジロウは何か無い?」
「そういうの考えるの苦手だって知ってるだろ」
「何か出しなさい。キャラクター性があって、短い決め挨拶よ」
気恥ずかしそうに拒否するジロウに対して、うっすらと笑みを浮かべた刹子は口調を強めて言った。
「ええ……そんなこと言われても……」
「早く」
「あ、あ、妖かしだから……えっと『妖かしッシュ』とか。あ、全然ダメだよな」
「それ採用」
「かわいいですね!」
「語呂がいいし、美味しそう」
「委員会のユーチューブチャンネルを作ったら、それを挨拶にしましょう」
予想に反して三人が揃って賛成するものだから、ジロウは慌てて手をパタパタと振る。
「ダメダメ! ダサいしさ……やめようって」
「その絶妙にダサいとこがいいの。はい、もう多数決で決定よ、決定!」
意気消沈するジロウを尻目にヴァナディースが素早く手を挙げる。
「あ、そうです、チャンネルを作るならタイトルも、『妖かしッシュチャンネル』としませんか」
「賛成、妖かしッシュ!」
アメがさっそく決め挨拶をつかって、ジロウにとどめを刺す。
「いいわね、ほらジロウ、早く黒板に書きなさい。書記なんだから」
数の暴力で押し切られたジロウは辱めに震えながらも、やけくそ気味の大きさで黒板に『妖かしッシュチャンネル』と書き記した。
「次は肝心の内容、つまりコンテンツパワーよ!」
「はいはい! やっぱり『グルメ』! みんなで美味しいご飯を食べる!」
この機を逃してなるものかとアメが元気よく手を挙げる。
「前回みんなでお団子を食べたから、今回は他のアイディアも欲しいわね」
「みんなで料理は?」
アメはまだ食べることを諦めきれないようだ
「この中で料理できる人はいる?」
刹子の問いかけにジロウだけが手を挙げる。
「簡単なやつならな」
謙遜するジロウだったが、彼女の作る家庭料理が美味しいことを刹子は知っていた。
「ちなみに私はお菓子作りが少しだけ。ポンコツ料理で笑いを取るのも悪くないけど」
刹子の意地悪な視線から、ヴァナディースが逃げるように顔をそらす。
「調理室を借りるには申請しなくちゃいけないし、食材も揃える必要があるからすぐには難しいわね」
「んー、残念」
お腹を押さえたアメは机に突っ伏した。
「料理企画は今度にするとして、チャレンジ系はいいんじゃないか。『踊ってみた』とか『歌ってみた』って人気があるよな」
「音楽はダメよ、権利関係で揉めたらめんどくさいことになるもの」
「そうか、みんなやってるじゃん」
「あれは個別に許可を取っているか、配信サイトが利用契約を結んでいたりするから可能なのよ。100%クリーンにやるなら、フリーの音楽を使うか自分で作詞作曲するしかないわ」
「軽音部の狸囃子さんとか作ってくれないかな」
実家が和太鼓の演奏家で有名な狸囃子をジロウが挙げる。
「まずは自分たちの手でできることからよ」
「だったらゲームなんてどうでしょうか」
ヴァナディースが嬉しそうに手をあげて発言する。
「今はゲーム機本体の機能を使って手軽に配信とか出来ますし、基本的に権利もパッケージ一本で完結してますから」
「ゲーム実況は世界中で大人気ね。ただそのぶん、凡百に埋もれてしまう可能性は十分にありえるわ」
刹子は難しい顔で腕を組む。
「言っとくけど、あたしはゲーム下手だぞ」
「ゲームの腕前なら心配いらないです。超絶プレイを見せるならともかく、ちょっと下手なぐらいが見ていて面白いんですよ」
「そうね、中途半端に上手いぐらいで自尊心を満たすためだけのプレイ動画が一番人気が出ないわ」
「なんか難しそう……」
アメもゲームには自信がないのか及び腰だ。
「配信自体は気軽にやっていいと思うの。その上で視聴者に楽しんでもらいたいなら、配信に向いたタイトルをプレイすればいいわ」
「へー、そんな種類のゲームがあるのか」
ジロウが物珍しそうに声を上げる。
「例えば難易度の高いゲームなら、すぐに穴に落ちたりと失敗するから、笑いが起きやすい。それに、その失敗を乗り越えられれば、見守っていた視聴者も一緒に達成感を得られるの」
「最近だと『Getting Over It』っていう、壺に入った裸のおじさんが、ハンマーで山を登るゲームが流行ってますね」
「新しい蛸壺の妖怪なの?」
ヴァナディースの紹介に、アメが怪訝な表情で首をかしげる。
「オンライン対戦型のFPSも人気ジャンルの一つね。いま特に人気なのは『PUBG』かしら。100人のプレイヤーが無人島に集められて、最後の一人になるまで戦うサバイバルアクションよ」
「あ、昔そういう映画があったな」
「深作欣二監督の遺作ね。当時、原作小説も人気だったわ。内容も面白かったけれど、個人的には表紙のソリッドなデザインが印象に強く残ってる」
刹子は懐かしむように言って、黒板にその表紙を書いてみせた。
「対戦ゲームで人気といえばやはりLOLですね」
「えるおーえる? 舌がこんがらがりそう」
そう言ってアメは小さな舌を突き出した。
「リーグオブレジェンド、世界中で人気のリアルタイムストラテジーです。簡単に言うと5対5のチーム戦で、相手の陣地を破壊し合うゲームなんです。プロになるとメジャーリーガーみたいにたくさんのお金が稼げるらしいですよ」
「すげーな、そのLOLってだけやってれば、配信で人気がでるんじゃないか」
ジロウの短絡的な考えに、刹子はそうじゃないと首を振る。
「LOLはもう一つの分野として確立されているから、新規参入なかなか難しいの」
刹子の言葉にヴァナディースも同意する。
「あとは格闘ゲームも大会配信はでっかく盛り上がってますが、個人配信は知名度か腕前がないとなかなか人が集まりません」
「逆に手軽なのはスマートフォン向けのゲームよ。課金を収益としているゲームの設計上、序盤はキャラクターやアイテムが手に入って状況に大きく変化があるわ。それにガチャの射幸性は手軽にスリルを与えることができて、当たれば視聴者の興味を引けるし、外れても嗜虐心をくすぐれる」
「あー、そういう動画あるよな。ガチャ引いてるだけのやつ。何が面白いのかわかんなかったけど、そういう見方をするんだな」
アイテム課金系のゲームに殆ど興味のなかったジロウがふむふむと頷く。
「そういう短絡的な楽しさはあるけど、やり込みには向かないわね。基本的にやってることがずっと同じだから、よほどトークが面白い配信者じゃないと視聴者が飽きてしまうもの。だから、賢明な配信者はそういうゲームは1、2回プレイしただけで他のゲームに移っていくわ」
「イナゴみたいで……美味しそう」
変な想像をしたアメがじゅるりと舌を湿らす。
「じゃあさ、ドラクエとFFとか大作RPGやればいいんじゃない。ストーリーがあるし、適度にレベルもアップするし、普通に遊んでても飽きないよな」
「わたし、RPGの実況配信には絶対反対です!」
怒ったような声をあげたのは、意外にもヴァナディースだった。
「まずネタバレが許せません! それにクリエーターさんたちが必死の思いで作った物語を赤の他人が勝手に見世物にするのはよくないと思います!」
「お、おう、そっか……」
ヴァナディースの勢いに圧倒されたジロウが後ずさり、黒板にぶつかる。チョークが擦れて、黒いは羽がまだらに白くなってしまう。
「そうね、私もストーリー重視のゲームは配信に向かないと思うわ。物語の大事な部分が配信できないように防止措置がとられているものもあるけれど、ネタバレは基本的に嫌われる。それに何よりエンディングに到達するまでが長い! 視聴者数は下がり続けるから、それに配信者側も心が折れてきて動画の続きが上がらなくなってしまうリスクが高い! RTAとかならまた別だけど、だらだらストーリーを追っていくだけの配信は厳禁ね」
「と、とにかくRPGは配信NGと……」
二人に睨まれたジロウは黒板のRPGという文字に大きくバッテンを重ねる。
「最新ゲームもいいけれど、レトロゲームの配信も盛り上がるわ」
「インベーダーゲームとか? 名古屋撃ちなら得意」
アメが机を1レバー1ボタンのテーブル筐体に見立てて、100円玉を縦に積んでプレイの真似をする。
「そこまで古いのは見たことないけど……、レトロゲームは難易度が高いから一番最初にあげた話にあてはまるわ。それに視聴者側の思い出補正も侮れない」
「最近はレトロゲームがアーカイブスで配信されて、最新ゲーム機で手軽にプレイできたりしますよね」
「そうそうリメイクや十何年ぶりの続編も出たりするし、インディーズシーンでもレトロゲームライクな作品も盛り上がってるわ」
「昔のゲームの感覚を、最新のテクノロジーで体験するは一つのトレンドですね」
「個人的にはシューティングゲームもこの流れに乗って、新作か精神的続編が出て欲しいわね。R-TYPEとか、グラディウスとか、雷電とか」
「わたしはときメモや同級生みたいな、プレイした人の人生を狂わせるような恋愛シミュレーションがまた登場して欲しいですね」
「なんか普通のゲーム談義になってないか?」
盛り上がって完全に脱線した二人の会話をジロウが止める。
「ま、まあ、それだけゲーム配信には人を熱中させる何かがあるってことよ」
「わたし、前の学校で友達がいなかったから、こういう話で盛り上がるのに憧れてました。アニメが現実になったみたいで嬉しくてつい……」
ごまかそうとする刹子に対して、反省したヴァナディースは目元にうっすらと光るものを浮かべていた。
「ヴァナちゃん、友達」
横から伸びたアメの小さな手が、涙を拭ったヴァナディースの右手をぎゅっと握る。
「リアル闇ね。委員長として心強いわ、ヴァナ」
「そ、そうですけど、いまはとにかく、でっかく楽しいです!」
刹子の身も蓋もない言葉に、ヴァナディースは大きく二度瞬きをしてから嬉しそうに笑う。
「いい笑顔だけど、楽しいだけじゃないのが日本妖かし地位向上委員会よ! 三人とも気を引き締めなさい!」
「はい!」
「はい!」
ジロウ以外の二人がビシっと姿勢を正した。
「ここまでの話は既存のバーチャルユーチューバーをなぞっただけ! 人気者になるためには、私たちで新しい価値を提供しなければならないわ! つまり妖かしッシュ精神よ!」
「わけわからんところで、その決め台詞を使うな!」
本気で恥ずかしがってスカートの裾を掴むジロウを尻目に、3人は会議を続ける。
「でも新しい価値なんてそんな簡単に作り出せるのでしょうか?」
「足りないところを補強するだけでも、それは新しいものになるかもしれないわ。それが難しいのだけれど……」
刹子たちが唸っているだけのなか、アメだけがぶつぶつと何か呟いていた。
「ユーチューバーの弱点……炎上……火克金……火が弱点だからユーチューブは金……土生金だから……わかった、土!」
「つ、つち?」
急に立ち上がったアメにヴァナディースが驚く。
「ユーチューバーを生かすには土が必要!」
「五行思想か……でもバーチャル空間に土って無理がないか?」
まるで想像がつかないとジロウが首をひねる。
「待って、土といえば農業、農業といえば参考にすべき人気者たちがいるわ」
「農業……人気者……ま、まさか?!」
「そう、日本でもっとも土気が強いあのアイドルグループよ!」
慄くジロウに代わり、刹子は自らチョークを握るとTから始まるそのグループ名を黒板に書きつけた。
「あっ、日本のツイッターでよく話題を見かけるから、わたしでも知ってます! 無人島に住んでる人たちですよね!」
「ユーチューブの配信で無人島って言うと、別のお笑いコンビになってしまうけど……、とにかくアイドルグループという考え方がいいわね」
刹子の言葉にヴァナディースが、勢いよく立ち上がる。
「ようやく廃校の危機を救う展開ですね!」
「あたしらの学校、もう300年以上続いてるからさすがに潰れないって」
「そうですか……」
ジロウのフォロー気味のつっこみに、ヴァナディースは残念そうに肩を落とす。
「多人数でアイドルという流れは、バーチャルユーチューバーにもきそうね」
「人間のお笑いも落語から漫才、コント、団体芸……どんどん複雑になっていった」
懐かしむようにアメがしみじみと言う。
「そういえば、バーチャルユーチューバー同士も積極的に絡んだりしてますよね。期間限定でユニットとか組んじゃったりするかもしれませんね」
ヴァナディースの言葉に刹子が真剣な表情で頷く。
「大手の芸能事務所が乗り込んできたら、その資金力の前には弱小バーチャルユーチューバーなんてあっという間に制圧されてしまう。先行するバーチャルユーチューバーたちも一大連合を築こうとしているのね。私たち、『妖かしっシュ・フォー』も頑張りましょう」
「ちょっと待て! 『妖かしっシュ・フォー』ってなんだよ!」
さらっと流そうとする刹子を、ジロウが慌てて止める。
「私たちのグループ名に決まってるじゃない」
「恥ずかしいから変えさせてくれ! お願いしますっっ!」
真剣に頭を下げるジロウだったが、刹子はもちろんアメもヴァナディースも首を縦に振らなかった。
「ファンタスティック・フォーとかストラトス・フォーみたいでかっこいい名前ですよ!」
「ぴったし。血で血を洗うバーチャルユーチューバー戦国時代を生き残れそう」
「うぐぐ……」
刹子と違い純粋に褒めるヴァナディースとアメを前に、ジロウは反対の言葉をグッと飲みこんだ。
「さて、グループ名も決まったことだし、そろそろまとめに入りましょう」
1、『妖かしっシュ・フォー』としてバーチャルユーチューバー活動を行う。
2、声を人気声優に寄せる。
3、内容は『学校の調理室を借りて料理』『ゲーム実況』『農業』などなど
「改めてまとめると大した内容でもないな。こんな漠然とした感じで、配信が成立するのか?」
「ふふふっ、すでにバーチャルユーチューバー計画は実行に移されているのよ!」
含みのある笑み浮かべた刹子は教室の後方に歩いて行く。
三人が不審げに見守るなかで、置きっぱなしにしていたダンボール箱をカッターで切り開く。
そこには二台のカメラとセンサーが繋がったノートPCが入っていた。
「嫌な予感がするけど……なんだそれ?」
「パソコン部の夜行さんに作ってもらった撮影機器よ! 今回の会議風景は、すでに動画素材として録画されていたの!」
「素材じゃねえ! 完全に盗撮だ! まさに炎上するパターンだよ!」
「別にいいじゃない、ネットのおもしろコラ素材にされるぐらい。ある意味人気者の証よ」
悪びれない刹子にジロウはこいつの説得は無駄だと、ヴァナディースとアメを振り返る。
「ネットにこんな雑談動画をあげられるなんて嫌だよな?」
「わたしは構いませんよ。皆さんとお話ししてるの面白いですから、きっと視聴者の方にも楽しんでもらえますよ」
「いやそういうことじゃなくて……恥ずかしいよなアメ」
「なんで? お祭りで崇められるのと変わらないけど?」
龍神として、そういうことに慣れているアメには照れも衒いもまるでなかった。
「というわけで、最後にお決まりのアレをやるわよ」
刹子は三人を集めると、コショコショと耳打ちをした。
「台詞は覚えたわね? いくわよ」
ジロウ、刹子、ヴァナディース、アメの順番でカメラに向かって横一列に並ぶ。
「あ、妖かしっシュチャンネル」
「最後までご視聴ありがとうございました」
「また次回」
「会いましょー」
四人は呼吸でタイミングを取る。
「「「「是非チャンネル登録、お願いしまーす!」」」」
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