日本妖かし地位向上委員会

高橋右手

議題その1《エルフ》

 日本に押し寄せる西洋ファンタジーの潮流!

 次世代を担う日本の妖かしたちは、危機感をもっていた!

 ここは日本の何処かにある妖かしたちが通う学校。

 将来を憂う若い妖かしたちが、日本の怪異の地位向上を目指し、活発な議論を繰り広げる。


 放課後の空き教室、セーラー服の裾を翻し颯爽とドアから登場した女生徒が教壇に立つ。

 身長は165センチと高いわけでは無いけれど、額の生え際から突き出た二本の角が、彼女の圧を増している。

 腰まである長い髪が、極上の黒絹のように美しい鬼族の女の子だった。

「第一回、日本妖かし地位向上委員会の全体会議を始めます。議長は2年ろ組、大嶽刹子(おおたけ せつこ)が務めます」

 意志の強そうな黒の瞳が教室を睥睨する。


「ここに集まったのは、選ばれし妖かしたち」

「選ばれしって、たったの3人だろ」

「細かい事は気にしない!」

 最前列の席で吹き出した女生徒を、刹子はジトッと睨みつける。

 鞍馬次郎坊、黒い翼を背負った烏天狗族の女の子だ。その名前とショートカットから、小さい頃はよく男の子に間違われたけれど、(主に胸回りが)十分に育った今は男女両方からモテている。

 刹子の幼馴染で同じクラス、種族は違うけれど腐れ縁の親友だ。


「あと何でトイレに行くふりして、一度教室から出て入り直した?」

「う、うるさいな! こういうのは形が重要なの! ヒーローだってわざわざ敵の前で変身するでしょ、あれと一緒!」

 赤くなった頬を誤魔化すように、刹子は長い黒髪を振って否定した。


「変身ヒーロー……なの?」

 今まで黙っていた緑髪の小さな影が声を上げる。

「えっと、九頭竜アメさん」

「アメでいいよ」

 今年から同じクラスになったばかりで、刹子もジロウもこれまで話す仲ではなかったが、色々と噂話は聞いている。

 見た目はただの幼女だけれど、入学試験で主席となって、それから一度も学年トップを譲ったことのない『神童』だ。

 緑髪からちょこんと覗く平たい二つの角は竜族の証、文字通り神に列する女の子だ。


「私のことも刹子でいいし、こっちもジロウって呼んで」

「分かった。それで刹子たちは、これから悪い西洋妖かしと戦うん?」

「えっと……そういうことじゃなくて、日本の妖かしの立場を向上させるために、何が出来るかを話し合うために集まってもらったの」


「アメはなんでこんな変な委員会に参加しようと思ったんだ?」

 自分のことを棚に上げたジロウが、アメに尋ねる。

「面白そうだから」

「面白そうか?」

 ジロウが即座に首を傾げる。

「そういうジロウは何でいるのよ。わ、私は別に誘ってないし……」

「そりゃ、『刹子』が面白いから」

「なっ! 私はジロウを楽しませる玩具じゃないんだからね!」

「そうやっていちいち反応するとこが面白いの」

 憤然とする刹子を見て、ジロウはからかうようにケラケラと笑った。

 無駄に反応してもこのお調子者を喜ばせるだけだと、刹子は前のめりになっていた身体を起こし、呼吸を整える。


「今はたった3人の小さな活動だけれど、いずれは日本中を巻き込んだ一大ムーブメントになっていくのよ」

「ま、志がでかいのはいいことだな」

「そう! 胸に大志を抱き、偉業を成し遂げる!」

「偉業……うん、まだよくわからないけど、ワタシも手伝う!」

 目を輝かせたアメも立ち上がり、握りこぶしを作る。

「茶化すだけの誰かさんと違って心強いわ、アメ」

 盛り上がる二人にジロウがなんとも言えない表情で「こいつ、昔っから先走るんだよな」と呟いた。


「さて、記念すべき第一回の議論はこれ!」

 刹子の手にしたチョークがカツカツと黒板を鳴らす。

「《エルフ》よ!」

 砕けたチョークの粉が前髪にかかったことも気づかないまま刹子は、ドンと黒板を叩く。

「「エルフ?」」

 ピンと来ていないジロウとアメが揃って疑問の声を漏らす。


「エルフこそ、西洋ファンタジーによる日本侵攻の巨魁! 諸悪の根源よ!」

「いやいや、なに言ってんだ。エルフ族は争いを好まない種族だろ。戦争どころか、観光だって日本にはほとんど来てないし」

 ジロウの反応に、刹子はやれやれと肩をすくめる。

「なにも知らないのね、ジロウ。このプリントを見なさい」

 刹子は用意していた100枚から、2枚だけとってジロウとアメに渡す。


「『アニメ・マンガ・ラノベにおける人間以外のメインヒロイン比率 (大嶽刹子調べ)?』」

 プリントには手書きの円グラフが描かれ、%と項目の一覧が載っていた。

「一番比率を占めているのがわかるわね」

「たしかにほとんどエルフだな」

 円グラフの73%がエルフで圧倒的。その後に吸血鬼、魔王が2位、3位と続き、日本妖かしはまとめてもたったの5%だった。

「エルフの侵略はここまで進んでいるの。これを戦争と呼ばずしてどうするの!」

「いや、アニメとかの話だろ」

 ジロウの冷めた反応に、刹子は人差し指をチッチッチッと振る。


「創作物は人間の集合的無意識のあらわれ。私たち妖かしはその影響を受けているんだから、放置できない由々しき事態よ」

「エルフは危険……」

 プリントを見つめるアメの目がギラリと剣呑な輝きを見せる。

「そう危険な存在よ」

「アメを強引に丸め込もうとするな。だいたいメインヒロインなんて恣意的な統計だろこれ。人間の描いたものなら、ほとんどのヒロインは人間だし」

「わかってないわね。いい、メインヒロインというのはつまり憧れの対象よ」

「そこまで深く考えてんのか? 商業作品なんだし、エルフ出しとけば売れると人間が思ってるだけだろ」

「例えそうだとしても、ここは日本なんだから、私たち日本の妖かしがそのトップに立つべきなのよ! こんな十把一からげの『その他』で収まってちゃダメ! 外来種に駆逐される悲しい動物じゃないの!」

「いや、そこまで壮大な話じゃなくて、日本人が金髪好きってだけの問題じゃ……」

 迫力に圧倒されながらも、ジロウは一応反論する。


「そう金髪よ!」

 刹子は教卓をドンと叩く。

「おまけに美形、伸びた耳、魔法と弓の使い手、そしてお高く止まってる! このイメージを作り上げたのが、あのトールキンの指輪物語ことロード・オブ・ザ・リング!」

「その言い換え必要か?」

「悔しいけれど、鬼族の私が読んでもスペクタクル大冒険の物語は素晴らしかったわ」

「なんで上から目線!」


「面白いがゆえに、全世界で売れ過ぎたのがいけなかったのよ……」

 刹子は悲しそうに目を伏せる。

「言いがかりも甚だしいな」

「とにかく、こいつとあの小説さえなければ、日本の妖かしとエルフの力関係は逆転していたはず!」

「そんなタラレバ話で、世界の名作に喧嘩を売るな!」

「しかも、最近はあの大手映像配信サイトで連続ドラマ化の話も……非常に危険な事態よ」

「だから全方位に拳を振り上げるなって!」


「そこで、イメージ戦略で対抗して行きましょう。芸能人の不祥事でCMがお蔵入りするように、ネガティブキャンペーンでドラマ化を潰すのよ!」

 あまりにも後ろ向きな作戦にジロウは深いため息をつく。

「姑息すぎるだろ……で、どうやってイメージを落とすんだ?」

「エルフに新しいイメージを植え付けるのよ。例えばこう……太ってて、不潔で……腰が曲がってる……みたいな感じで……」

 黒板にエルフ(新)を描こうとするが、絵心のない刹子では芋虫に手足が生えたような哀れな生物になってしまう。

「ほら、貸してみ」

 見かねたジロウは刹子のところにやってくると、チョークを握って黒板に走らせる。

「あ、ありがと」

「意気込むのはいいけど、一人で全部やろうとしなくてもいいんじゃない、委員長。3人いるんだからさ」

「うん、ワタシも協力する」

 ジロウの言葉にアメも力強く頷く。

「わかった。私が委員長なら、あなたを書記に指名するわ」

「別にいいけど」

 こちらを見ないけれど、ジロウはまんざらでもない様子だ。

「ワタシは?」

「アメはそうね……裏の権力者、会計に任命するわ」

「ガンバル!」

 任されたアメの目が闘志に燃える。


「絵はこんなもんでいいか?」

「上出来よ」

 黒板にはエルフ(新)が描き上がっていた。刹子がイメージしていた通りの姿だ。さすが幼馴染だけあって、妖怪サトリのように以心伝心できていた。

「さあ、このエルフにマイナスイメージをさらに付け加えていくわよ。アメもなにか無い?」

「……お腹が弱い」

「なるほど、つねに下痢だとエルフの高貴なイメージを粉砕するわね。その調子でもっと出して」

「あとは……えっと、食べる時にクチャクチャするっ!」

「それよっ! クチャラーは大減点ポイントになるわ。やるわね、アメ」

「たいしたことない」

 アメは得意げに小さな鼻を鳴らす。

「ジロウ、忘れないようにちゃんと書いといてね」

 刹子に言われたジロウは、心底嫌そうな表情でエルフ(新)の横に『下痢』『クチャラー』と書き加える。


「これじゃ、飲み会が続いたメタボリックなおっさんだぞ」

「文句ばかり言ってないで、あなたもエルフのイメージを悪くするアイディアを出してよ?」

「えっと、じゃあ……ゾンビみたいに腐ってるとか?」

「腐ってるはゾンビのアイデンティだからダメでしょ。それをエルフ(新)に与えちゃうと、ゾンビエルフになって別の意味で西洋ファンタジー感が出ちゃうもの」

「お前の納得する基準がわっかんねーよ!」

「そうね、くさいぐらいにしておきましょう」

 非難の声を上げるジロウに、刹子は早く書くように促す。

「あと金に汚い!」

「いい線よアメ、割り勘の時に財布を出すのを渋るとか、セコくてエルフ(新)には相応しいわね」

 刹子とアメの二人でアイディアを出し続け、黒板にはさらに『すぐにシモネタを言う』や『部屋に汚れた靴下が放置されてる』等々のマイナスイメージが付け加えられた。


「ここまでやれば、エルフのイメージは地に落ちるわね」

「いや、もうエルフ的な要素が尖った耳しかないぞ……」

「北欧神話から伝播して、英国の伝承に出てくるエルフは小人だし、ドイツの伝承だと悪霊扱いよ。この悪いイメージが人口に膾炙すれば、いずれは真実になる」

「それを言い出したら、あたしたちだってイメージのバリエーションは色々あるだろ。鬼族の刹子なんかトラのパンツで乳まる出しだな」

 散々意見を無視された仕返しとばかりに、ジロウがおっぱい丸出しの鬼の絵を黒板に雑に描く。

「ち、乳って……ふんっ、烏天狗はいいわね。基本かっこいいし、元々の修行僧のイメージからブレないもの。竜族のアメも勇ましい姿か可愛いのどっちかだし……」

「ワタシはこんな感じだよ」

 立ち上がったアメの角がググッと伸び、放たれる霊力が衝撃波として感じるほどに跳ね上がる。

「おわっ!」

 ジロウは反射的に背中の羽を広げ、刹子を守るように包み込む。

「ちょっと! 竜化しないの! 学校が壊れちゃうからっ!」

「あ、そうだった」

 刹子の言葉にアメはしまったと口を開け、ストンと椅子に座り直す。


「そ、それでこのイメージをどうやって流布するつもりなんだ?」

「もちろんインターネットよ!」

「具体的には?」

「各種WIKIを書き換えて、この醜いエルフ(新)の姿を真実だと刷り込むの」

「不正な改竄は絶対ダメだ!」

「じゃあ、このエルフ(新)を主人公に、それっぽいあるあるマンガをSNSに投稿してバズらせて」

「この気持ち悪い化物がバズるわけないだろ!」

「そこはまとめサイトを利用して炎上でもさせれば」

「やり方が汚すぎる! 日本妖かしのイメージの方が下がるから!」

「バレなければ問題なしよ」

 開き直る刹子の言葉に、アメもウンウンと頷く。


「あのなー……、エルフのイメージだけ下げても、あたしらの地位が上がらないだろ。相手の人気がわかってるなら、それを学んだほうが建設的じゃないか」

「たしかに、ジロウの言うことも一理あるわね。その方向性も探ってみましょう」

 刹子は髪の毛を一房撫でながら考える。

「エルフの人気の理由はさっきも言及したとおり『金髪』ね。まずはこれを取り入れましょう」

「髪でも染めてみるか?」

「校則違反よ」

「なんでそこ真面目なんだ」

 呆れるジロウに刹子は怪訝な表情を向ける。


「そうね、金色の髪を持ってる日本の妖かしをエルフの代わりに猛プッシュするとかどうかしら」

「金髪の妖かしか……妖狐とか?」

「光のあたり具合によっては金色に見えなくもないけど、本人が狐色にこだわりがあるみたいだからダメね」

「じゃあ、金色夜叉とか?」

 真面目な顔で言うるジロウに、刹子はやれやれと首を振る。

「金色夜叉なんて妖かしはいないから」

「えっ?! そうなの……てっきり夜空に輝くかっこいい奴がいるのかと思ってた」

「尾崎紅葉の小説のタイトルよ。そもそも夜叉は鬼神の総称、そういう意味では私だって夜叉と言えなくもないもの」

「あれ? でもさ、三年の先輩に夜叉いるよね? あのバインボインな妖かし」

 そう言って、ジロウは両手を使って豊満な胸と突き出たお尻を表現する。

「ヤクシニーさん。インドからの留学生よ」

「あ、そうなんだ」

 ちなみにヤクシニー先輩は会話をしてると唐突に踊りだすことが有名だ。


 3人は他の日本の妖かしを挙げてみたけれど、しっくり来る名前はなかった。

「日本の妖かしたるもの金髪に頼るのはよくない! 外面を取り繕うよりも、内面をどうにかしましょう!」

「いまさら、それを言う?! これまでの議論で十分内面の浅ましさが出てたような気が……」

「細かいことは気にしない! 金髪のエルフといえばツンデレ!」

「ツンデレって言い方自体がもう古くないか?」

「温故知新!」

「物は言い方だな」

「ベタは古びないってこと」

「ベタって意外と難しいよな。ベタから程遠い刹子には無理なんじゃないか……」

 ジロウの懐疑的な視線に刹子がムッっと眉間に皺を寄せる。

「あれでしょ、一発殴ってから抱きしめればいいんでしょ?」

「雑すぎ! それツンデレじゃなくて、昭和スポ根のノリだから!」

 シャドーボクシングの真似で拳を唸らす刹子に、危機感を持ったジロウは身を遠ざける。


「じゃあジロウが見本をみせてよ。あなたにも出来ないと思うけど」

「わかった! そこまで言うなら見てろよ!」

 言い放ったジロウは動揺を抑えるように深呼吸をする。

 騒がしかった教室に突如沈黙が訪れる。

「ジー……」

 刹子とアメの視線が緊張した様子のジロウに注がれる。

「い、行くぞ」

「いつでも来なさい」

「刹子のことなんか……だ、だい……」

 言葉を詰まらせたジロウの顔がみるみると赤くなっていく。

「だい?」

「だいき、ら……やっ! やっぱり無し! 嘘でもこういう言霊はよくないからな!」

 一人で勝手に納得したジロウは背中の羽をパタパタと動かし、顔を冷まそうとする。

「なるほど、そういう演技ね……ジロウ、あなた意外とやるじゃない」

「別に演技じゃないし……」

 感心する刹子からぷいっと視線を逸してジロウが呟く。


「次はアメもやってみて」

「わかった。ツンデレるのは得意」

 自信満々に言ってアメは顎を少し上げると、視線を遠くに向ける。

 それを刹子とジロウが固唾を呑んで見守った。

「……」

「…………」

「…………アメ?」

 痺れを切らしたジロウが話しかけるが、アメは心ここにあらずといった雰囲気のまま、虚空を見つめ続けていた。

「放置プレイ的なツンデレかしら?」

 刹子の声も届いていないのか、アメは瞬き一つしない。

 アメの静寂を後押しするかのように、教室が暗くなる。窓から見える空が黒い雲に覆われていた。

 直後、窓の外を光が塗りつぶし轟音が鳴り響く。

「きゃっ! な、なに?」

 驚いた刹子は思わずジロウの腕に飛びついてしまう。

「校庭の木に雷が落ちたみたいだ!」

 言い終わらないうちに、さらに二度目、三度目の雷がすぐ近くに落ちた。

 雷と共に猛烈な雨が校舎を襲い、校庭には竜巻まで発生してしまっていた。

「いきなり……」

「なんで暴風が……」

 ハッとして刹子とジロウは同時に振り返りアメを見る。

 少し遅れて視線に気づいたアメが、無表情のまま右手でVサインを作る。

「嵐を起こして、川を反乱させて、祀ってもらって、守り神になる」

「天変地異でツンデレるの禁止!」

「ダメなの?」

 刹子が両手で大きくバッテンをつくると、アメが大きく首を傾げる。

「とにかくストップしてくれ!」

 ジロウにも止められたアメは少々不満そうにしながらも、肩の力を抜く。

 すると、暴風と豪雨が止み、空を覆っていた黒雲は瞬く間に消え、青空が戻った。

「なんとか大事にならずにすんだわね」

 刹子とジロウが一息つこうとしていると、校内放送を知らせるチャイムが聞こえてきた。

『無闇な神通力の使用は禁止です!』

『用事のない生徒は速やかに帰宅しなさい!』

 学年主任で3人の担任でもある二口先生の怒り声が二つ同時に聞こえる。焦って前と後ろ両方の口で放送してしまったようだ。

 二口先生はお説教の時も小言が二倍になるので、生徒たちに恐れられている。

「きょ、今日の会議はここまでね。まとめましょう」


 1、エルフのネガティブキャンペーンを行って、イメージを悪くする。

 2、日本妖かしに金髪は無理なので、内面的なイメージアップを行う。

 3、天変地異は禁止。


 黒板に書かれた成果を見て満足げな刹子とアメ。

 それを見たジロウは頭を抱えて唸っていた。


 ■□■□■□


 翌日、2年ろ組のホームルーム。

「今日は新しい転校生が」

「クラスに加わります」

 二口先生の紹介に教室の生徒たちがざわつく。

「さあ」

「入ってきて」

 扉の開く音に喧騒がピタリと止む。

 ろ組の生徒たちは太陽が教室に入ってきたのかと思った。


 宝石が輝くように美しい女子生徒だった。

 目鼻立ちのはっきりした美人で『青い目』をしている。そのせいで、あまり特徴のないセーラー服が酷く浮いていた。

 教室の扉から黒板の前までのわずか数メートルを歩くだけでも、風にそよぐ麦穂のように長い『金髪』が揺れていた。

 身長は170センチぐらいだろうか、小柄な二口先生の横に立つと背の高さが際立った。


 そして、正面を向くとはっきりと分かる。

 彼女の『ツンと尖った長い耳』が。

「アルフヘイムから来ました。ヴァナディースです。憧れの日本に来られてでっかく嬉しいです」

 流暢な日本語を話すエルフだった。

「ついに直接乗り込んできたわね、侵略者!」

 立ち上がった刹子がビシっと指を突きつける。

「えっ? し、しんりゃくしゃ?」

 当然、理由がわからないヴァナディースは目を丸くして戸惑う。

「アメ、いきなさい!」

「わかった。敵、倒す!」

 立ち上がったアメの目が危険な輝きを放つ。

「やめろバカども!」

 不穏な動きに反応したジロウの即座の物理的ツッコミが刹子とアメの出鼻を挫く。

「うべっ!」

「はぅ~」


「まったく……、倒幕派を前にした新撰組でももうちょっと堪え性があるぞ」

「新撰組! 侍! 学校にいるんですか!」

 食いついたのは意外にもヴァナディースだった。ズンズン近づくとジロウの手をとって、キラキラとした目で覗き込む。

「え、いや……もと侍みたいな妖かしはいるような、いないような……」

 予想外の反応にジロウもたじたじだ。

「侍、忍者、アニメとマンガに憧れていました! 大好きです!」

 ヴァナディースのピュアなキラキラオーラに教室が包まれる。

 しかし、たった一人だけそれに対抗する人物がいた。

「くっ! よくある日本びいきの外人属性まで……どこまで恐ろしいのエルフは!」

 刹子が危機感を持つ中、ヴァナディースは穏便に2年ろ組へと迎え入れられた。

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